1. 騎士たちの愁い
「おいおい、これで何体目だ? いったい何人死んでりゃ気が済むんだよ、ったく……」
黒煙の臭気が残る焼け跡で、トーマス・ホフナーは心底うんざりしたように吐き捨てた。
崩れ落ちた焦げ丸太を退かすたび、顔を出す黒焦げの肉塊。
すでに十数名の死亡が確認されていたが、瓦礫の奥にはまだ多くの「それ」が眠っているだろう。嫌な確信があった。
「隊長、こちらにも転がっていますよ」
静かな声に振り返れば、ロザーナ・ベルトランが八百屋で熟した果物でも吟味するように、黒い球体をまじまじと見つめていた。
「おいバカ、やめろ……気味の悪い真似すんじゃねえ」
「失礼いたしました」
言われたロザーナは悪びれもせず、ボトリと足元にそれを落とした。
「はぁ……。こりゃあ、今日中にはとても終わりそうにないな」
トーマスは重いため息をつき、かつて貴族の贅を尽くしたであろう別邸を見渡した。
いまやそこには、漆黒の骨組みと炭、そして漂う死臭しかない。
「間違いありませんね。プエルト商会の残党たちでしょう。内部抗争か何かで揉め、殺し合いに発展した……といったところでしょうか」
妙にきっぱりとした口調で、ロザーナが自説を披露する。
「じゃあ、あっちの『大物』はどう説明するんだ?」
トーマスが親指で示した先。
瓦礫の山の中央に鎮座するのは、巨大な魔獣と思われる異形の肉塊だった。それもまた、原形をとどめぬほど丸焦げになっている。
「……皆で、焼いて召し上がろうとした、とか?」
「待て。なんだその説は。コイツら全員で仲良く魔獣の丸焼きパーティーを始めて、途中で喧嘩になって殺し合いの末に全焼させたって言いたいのか?」
「……まあ、筋は通っているかと」
「お前、本気でそれを報告書に書く気か? 上から『猟犬はバカの集まりか』って笑われるぞ」
「上が、報告書をまともに読んでいるかも疑問ですがね」
「けっ……残念ながら、そこだけは同意せざるを得んがな」
憲兵騎士団が誇る『猟犬』の二人は、まだ燻る焼け跡から慎重に歩を進め、生ぬるい風の吹く芝生へと立った。
「ま、連中がプエルト商会ってのは確定だ。わざわざこんな悪趣味なヒントを残してくれてる」
トーマスが指先で摘み上げたのは、煤に汚れた金色のリング。内側を覗き込めば、『プエルト商会に永遠の栄光を』と刻まれていた。
「確かに、悪趣味ですね……」
「だろ? ちなみにこれ、持ち主もわからない転がってた『右手首』の指からはずしたものだ。……どうだ? 欲しいならやるぞ」
半ば冗談のつもりだったが、ロザーナは眉ひとつ動かさずに微笑んだ。
「お気持ちだけ。永遠の栄光より、永遠の愛を誓ってくれる男性から贈られたいものですねぇ」
「けっ、言うようになったじゃないか……」
トーマスは呆れたように鼻で笑い、リングを懐へ放り込んだ。一応、本部へ提出する証拠品だ。もっとも、これがどう捜査に活用され、どう保管され、最後はどうなるのか……知ったことではないし知る必要もなかった。
「まあ、これでプエルト商会も完全におしまいでしょう。また一つ、巨悪が滅びたのです」
「……なんか、お前、嬉しそうだな?」
「えっ? そうですか? 至って普通ですが……」
不自然なほどの素っ気なさに、トーマスはそれ以上の追及を諦めた。
「とにかく……もう日が暮れる。明日また大勢連れて徹底的にやるしかないな。……おいロザーナ、今日は日報を手伝え。さっきお前が言ったバカげた『線』で話をまとめてやっから」
「隊長、申し訳ありません」
ロザーナはすっと背筋を伸ばし、淡々と言い放った。
「私は定時ですので、これで失礼いたします。お疲れ様でした……」
そう言って、彼女は一切の躊躇なく茜色の空の下へと歩き出した。
「おいおい、珍しく遅刻してきたくせに、帰る時だけちゃっかり定時かよ……」
トーマスは咎める気力もなく、届かない程度の文句を夕闇に呟いた。
再び、惨憺たる火災現場に視線を戻す。
こんな現場に張り付いていた日に、食欲など湧くはずもない。本部に戻り、鬱陶しい書類仕事を片付けた後は、家に帰り、クタクタになった身体に安酒を流し込んで寝るだけだ。
憂鬱な夜の予定を思い浮かべながら、小さくなっていくロザーナの背中を見つめる。
「あいつ……本当に、変わったな」
沈みゆく夕日に照らされる彼女の影を見送りながら、トーマスはぽつりと呟いた。




