22.奪う者の祈り
廃教会の屋根付近。割れたステンドグラス――その幾何学模様の隙間に差し込む光の中、高々と渡された梁の上に屈んでいたのは、ルイスだった。
「えっ……? うそ、マジで……!? 当たっちゃったよ! 全部、命中じゃん! 届くとは思ってたけど、どんだけだよコレっ!?」
握りしめた最新鋭のクロスボウに向け、ルイスは喉を鳴らして驚愕の声を漏らした。
この廃教会を狙撃地点に選んだのは、標的に対してゆるやかな角度で「撃ち下ろせる」からだ。風の影響を最小限に抑え、重力を加速装置として味方につけることで、遠距離であっても威力を減衰させない――故郷の山で学んだ、傾斜地における典型的な「獣狩り」の知恵である。
だが、この最新鋭殺傷兵器の精度と破壊力は、ルイスが知る木製の弓矢の比ではなかった。
さらに恐ろしいのは、その滑らかな連射機構だ。
特注品の矢は割と高価で、まだ量産はできないと闇の武器商人ユーリーから聞かされていたため、用意したは四本。
(まあ、運良く一本でも引っかかれば儲けものかな~)
くらいの軽いノリで引き金を引いた結果が、まさかの全矢的中。
肥え太った変態議員を、あっけなく血の海へと沈めてしまったのだった。
遠く、いまだ狂乱の渦中にある建築現場へ向け、ルイスは目を細める。
やがて、肉の塊と化した死体に憲兵たちの手でシートが被せられるのが見えた。
「ま、筋金入りの変態さんではあったんだろうけど……。来世では改心して、まともな善人に生まれ変わりますように~」
胸元で手を組み、形ばかりの祈りを捧げる。
どれほど性根が腐りきった悪党だろうと、命は命。それを奪った者としての最低限の供養――それは山で生きるための食材として獣を狩り、解体したときに行う儀礼と何ら変わりない。
ルイスがギルドからの暗殺依頼を「ヤりますヤります!」と二つ返事で引き受けたのも、実にシンプルな理由だった。
あの議員が筋金入りの"小児性愛者"であり、裏では見るに耐えない凄惨な悪趣味に手を染めていたと、暗殺者ギルドのマスター・ヴィクターから聞かされたからだ。
ゆえに、厳格な祖父から叩き込まれた家訓――『悪・即・殺』。
罪悪感などという余計な感情は、速攻で宇宙の彼方へ、ファーラウェイ! である。
「よっしゃぁ! 新兵器の実験、大成功~っ!」
まるで新しい玩具を買ってもらった子供のように、ルンルン気分でミッション完了の喜びに浸る。
「さーてと! 足がつく前にバラして退散しますかぁ」
熟練した手つきでクロスボウのブレードを外し、各パーツを手際よく黒革の鞄へ収めていく。
「ふ~ん♪ ふふ~ん♪」
気がつけば、ご機嫌な鼻歌まで漏れ出していた。
つい先日まで、先輩の惨死と暗殺者ギルドの鉄の掟の恐ろしさに膝をガクガク震わせ、縮こまっていた男と同一人物とは思えない。
興味の対象が別の方向へ逸れた瞬間、過去のトラウマなど綺麗さっぱり忘却の彼方へ放り投げてしまう。
超・楽観主義の猪突猛進――それこそが、ルイスという男の本質だった。
「これでまた~♪ 金貨がたんまりもらえるぞ~♪ グフッ、グフフッ!」
そして何より、欲望にどこまでも忠実である。
「あっ! そうだ! 報酬が入ったら、リリィちゃんに最高級の包丁でもプレゼントしようかな~」
脳裏に浮かぶのは、看板娘の可憐な笑顔。
「んん~? ユーリーさんの店に、お洒落なペティナイフとか置いてないかなぁ……?」
危険極まりない闇の武器商人のアジトを、完全に街の金物屋か何かと勘違いしている始末である。
「まあ『いつでも遊びにおいで』って言ってくれたし、帰りにちょっとお邪魔して聞いてみよっと!」
クロスボウの全パーツを収め終えると、鞄の金属バックルをパチンと心地よい音で噛み合わせた。
「よしっ! いい仕事した後は気分がいいぞ~! ついでに〜お腹もペコペコだぁ〜♪」
即興で作ったデタラメな歌詞の歌を口ずさみながら、しゃっと腰を上げる。
そして、音もなく梁から跳躍した。
ルイスが去った廃教会は、再び静寂の底へと沈んでいく。
舞い散る埃が、ステンドグラスを透過した七色の光を受けてキラキラと粒子を輝かせていた。
誰もいなくなったその空間で、打ち捨てられ、横たわる薄汚れた女神像の微笑みだけが、ルイスの無邪気にして無慈悲な凶行のすべてを見届けていた。




