↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うっかり最強暗殺者の生存戦略 ~冒険者になりたかっただけなのに、なぜか裏社会の伝説になりました〜  作者: ヤマザキゴウ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/30

20.新たな依頼

「ああ、ブロウ・ガスリー。元は王国の冒険者だったが、随分"派手に遊び回った"あげく、ここへ流れてきたらしい……」


「……へっ!?」


 カウンターの奥、大きめの寸胴鍋の中身をレードルでゆったりと混ぜながら、事も無げにヴィクターが放った言葉に、ルイスは目を丸くした。


「絵に描いたようなクズだったようだぞ。経験の浅い新人冒険者に言葉巧みに近づき、パーティーを組んでダンジョンへ潜ろうと誘い出す……」


「く、クズっ……!?」


 ルイスの脳裏に、あの爽やかで柔和なブロウの笑顔が浮かぶ。とてもそんな悪名に彩られた人物とは思えなかったが、ヴィクターの淡々とした口調は続く。


「ああ。相手が男なら背後から突き刺して装備や武器を奪い取る。女なら……まあ、言わずとも、分かるだろう?」


 ごくり、とルイスの喉が重く鳴った。


 「で……で、どうなったんですか?」


 先を促す声が震える。

 結末なら、先ほど南門の広場でその惨烈すぎる姿を目撃してきたばかりだ。だが、どのような経緯であの「肉塊」へと成り果てたのか、聞かずにはいられなかった。


「悪行が明るみに出ると、王国のギルドと騎士団が彼を捕縛しようと動いた。だが、妙に勘の鋭い奴でね。包囲網が完成する頃には、まんまと国境線を越えていたのさ」


「で、でもっ! なんで今度はこの暗殺者ギルドを抜けようとしたんですか!? よりにもよって、こんなに急に……」


 ルイスの至極当然な疑問に、ヴィクターは魔導コンロの青い炎を消し、真っ赤に熱した火箸の先端をパイプの煙草葉へ押し当てた。紫煙をゆるりと吐き出す。


「奴は、標的ターゲットに対して『暗殺ギルドに依頼が出されている』ことを密かにリークし、高額で逃走を手助けする『逃がし屋』を兼業していたのだよ」


「逃がし屋っ!?」


「ふぅー……。最近、特定の依頼達成率がわずかに低下していてね。違和感を覚えて内部調査を進めていたんだ。奴は持ち前の悪知恵でそれを察知し、再び国外への逃亡を企てた……というわけだ」


 ルイスはもう、魂が口から抜け出たような心地で事の顛末を聞いていた。


 ふと見上げた天井では、魔導灯の淡い光の中に揺らめく煙が、儚く溶けて消えていく。


(……爺ちゃん。僕、すっかり忘れていたみたい。けど、爺ちゃんの言っていたこと、全部正しかったよ……!)


 故郷の村で、今も健やかに薪でも割っているであろう育ての親の顔が浮かぶ。

 あれは――いつのことだったか……。


『ルイス——いいか? 世の中にはな、息を吐くように嘘をつき、人を平然と騙す奴がいる。そういう奴に限って、絹のように耳ざわりの良い言葉と、飼い犬のように馴れ馴れしい笑顔で近づいてくるものだ……』


(……えっ!? 待って、僕、めちゃくちゃ危なかったんじゃないッ!?!?)


 脳裏に鮮明に浮かび上がる、ダンジョンの奥深くの階層、闇の中、放置され、風化していく、自分の、白骨化死体……。


「うがぁぁぁぁぁぁっ!?」


 悔しさと恐怖、そして自分の単純さに対するやり切れなさが爆発し、ルイスは頭を抱えて叫び声を上げた。


 静かに酒を傾けていた店内の同業者たちが、一斉にビクッと肩を跳ね上がらせる。


(や、ヤバいぞ……! 急に叫び出した……! 殺人衝動が抑えられなくなったのか!?)


(やっぱり狂ってやがる……! 笑顔の裏に凶暴性を隠した、筋金入りの精神異常者だ……!)


 ひそひそと殺気立った戦慄の囁きが飛び交う中、当のギルドマスターはといえば。


「クックック……。手柄を横取りされて悔しい気持ちはわかるがね。君にはすでに、別の新たな依頼があるだろう?」


 面白そうに口元を歪めるヴィクター。致命的なまでに何かを勘違いしているようだが、ルイスの意識は別の混乱へと向けられた。


「……ン? 依頼、ですか……?」


 ヴィクターは煙管の吸い口を、指揮棒のようにルイスの胸元へ向けた。


「その懐にある、依頼書だよ」


 ルイスは慌てて胸元を探り、一通の封書を取り出す。黒い蝋で封された、あの羊皮紙だ。


「…………ぇ」


 思考が氷結する。


「その依頼の難易度も最高峰——“ハード・ターゲット”だ。大いに期待しているよ、ルイス君」


 ニヤリと浮かべられたマスターの笑みに、ルイスの額からだらだらと嫌な汗が噴き出した。


(しまっ……たぁぁぁぁぁぁっ! 内容も確認しないまま、流れで受け取っちゃったぁぁぁぁぁぁっ……!)


 冷や汗で服が背中に貼りつくのを感じながら、ルイスは何とかキャンセルできないかと口を開く。


「あ、あのぅ〜……この依頼って、その……」


「すでに依頼人へも、受注の旨を伝えておいたぞ。大変喜んでおられたよ。……当ギルド、期待の新人が引き受けてくれた、とな」


 過剰な発汗による脱水症状で、ルイスの顔面は一瞬にして土気色へと変わった。


 その時——ポンッ! と背後から重々しく肩を叩く感触があった。


「ゲーゲッゲッ! よう兄弟、どうした? えらい青い顔をして」


 振り返れば、そこにいたのはスレンダー・エッヂだった。病的な蒼白さという意味では人のことを言えないはずの男だが、今のルイスの青ざめようは明らかにそれを上回っていた。


「あ……ども、スレンダー先輩……」


 ギギギ、と首を軋ませて振り返るルイスに、スレンダーは満足げに細い顎を鳴らした。


「不調の時こそ肉を食え、肉を! ああそうだ、ここは俺が奢ってやるぜ! マスター、この新入りに精のつく一番の、特製料理を出してやってくれ!」


「い、いえ、そんな悪いですよ……」


 青ざめたまま固辞しようとするルイスに、スレンダーはギョロリとした目を細めて胸を張った。


「心配すんな! この俺が! ブロウ・ガスリーの居場所を真っ先に見つけ出して、美しく切り刻んでやったからな! 粛清報酬が手元にたんまりあるんだよ! ゲッゲっ!」


 ——ビシッ!!


 ルイスは完全に石化した。


 まさか。


 仲良くなったと思っていた先輩が。


 仲良くなったと思っていたもう一人の先輩を。


 バラバラに解体していたとは——。


 その完璧すぎる絶望のタイミングで。


「さあルイス君。私の自信作、新鮮な牛のレバーと心臓、そして第二胃袋をじっくり煮込んだ『特製トマト煮込み』だ。味わいたまえ!」


 ヴィクターがいつもよりどこか滑らかな手つきで、一皿の料理をルイスの前に差し出した。


 ルイスの視線が、ゆっくりと皿へ落ちる。


 ドロッと赤く波打つ濃密なトマトソース。

 その深みの中にゴロゴロと沈む、異形なる臓物の数々——。


 瞬時に、昼間の南門広場に広げられていた「前衛芸術」のような光景が鮮烈にフラッシュバックした。


「うっ……っぶっ!?」


 ルイスは口元を固く手で押さえると、弾かれたように奥のトイレへ向かって激走していった。


 その後ろ姿を見送りながら、スレンダー・エッヂがぽつりと首を傾げる。


「なんだアイツ……? 酒の飲み過ぎか?」


 ヴィクター・アダムスは、トントンとパイプの灰を落とすと、静かに、そして淡々と告げた。


「いや……今日、彼はまだ水しか口にしていないよ」


 確かに、残されたカウンターの上には、真っ赤な臓物の煮込み皿の隣で、透明なグラスの水だけが寂しげに揺れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。