19.凄惨な謎
二人組が人目を避けるように路地裏へ滑り込むのを目敏く捉え、ルイスは細心の注意を払いながら音もなくその背中を追った。
身軽な体躯と無駄に洗練された足さばきが、路地に完璧に溶け込む。
薄暗い細路地の角に身を潜め、壁にぴったりと張り付いて耳をそばだてた。
「……手配犯、ですか?」
静寂を突いたのは、凛とした女性の声だ。
「ああ。騎士団の正式な手配書ではないが……間違いない」
低い男の声が重々しく応じる。
ルイスはそっと、湿った石壁から片目だけを出して視界を覗かせた。
(やっぱり……あの時、宿屋の食堂で見かけた騎士さん二人だ……)
「どういうことですか、隊長?」
「これを見ろ」
男が懐から取り出したのは、一枚の古びた羊皮紙だった。渡されたそれを覗き込んだ女性騎士が、驚きに眉をひそめる。
「冒険者ギルドの、指名手配……?」
「ああ。王国側のギルドが発行したものだ」
「なぜ、そんなものがここに? 帝国と王国は冷戦状態にあり、国交など存在しないはずですが」
質問に対し、隊長と呼ばれた男は不機嫌そうに肩をすくめた。
「まあ、いろいろと『伝手』があるんだよ。……Aランク冒険者、ブロウ・ガスリー。あの無残な死体が、そうだ」
「間違いないのですか? 人相書きと髪の色が異なりますが」
「特殊な薬液で髪の色を抜いていたようだな。追手から逃れるための変装だ」
女性騎士は息を呑み、声を一段と潜めた。
「隊長……まさか、この一件も、例の『怪物』の仕業だと?」
「いや。あくまで俺の勘だが……違うな。今回のは明らかに、人間を"生きたまま"解体することを楽しんでいる。……まるで、悪趣味な前衛芸術のように」
「……本部には、なんと報告を?」
「そりゃあ 、いつも通りさ。『何もかもさっぱり分かりませーん』という内容を、小難しくそれっぽく捏造して提出するしかないだろ?」
男は諦めきった溜息とともに、ぐっと背伸びをした。
密談を終えた二人が足翻し、再び賑やかな広場の方へと戻ってこようとする。
(ヤベッ!!)
ルイスは咄嗟に身を引いた。
逃げ場のない狭い路地。
二人が暗がりから表通りへ出ようとしたその瞬間、ルイスは無音で跳躍すると。壁と壁のわずかな隙間に両手足を突っ張りへばりついた。プルプルと身体を震わせながら、二人の頭が自らの股下を通過するのを待った。
そして、
「よっ、と!」
トサッ、と軽やかな音を立てて着地し、衣類についたホコリをパンパンと払った。
「なるほど……あの二人、騎士団は騎士団でも、こういう事件の捜査を担当する人たちなのか……」
収集した情報を頭の中で整理し、ルイスは納得の頷きを漏らす。
そして次の瞬間、彼の悪癖——幼少期から泥沼のようにハマってきた膨大な読書体験が、凄まじい速度で妄想の扉を開き放った。
ルイスは両拳をギュッと握りしめ、目を輝かせる。
「まさか……つまりこれって……——推理小説の開幕じゃないか!!」
現場に残されたわずかな証拠から手掛かりを発見し、目撃者から聞き取りを行い、綿密な状況証拠を積み上げていく。
『この中に犯人がいる!』の決めゼリフ。
錯綜する証言の矛盾。
張り巡らされた壮大な伏線。
不可解な密室トリックに、読者を欺く叙述トリック……!
点と線が結んだ先にある、壮絶な真実とはっ!
胸を打つ数々のカタルシスが脳裏を駆け巡り、ルイスのボルテージは最高潮に達した。
——が。
「……いやいやいやいやっ!」
ルイスは激しく首を横に振った。
いくらなんでも自分でも分かる、自分がバカすぎる、自分で自分を呆れるしかない……。
あの広場に転がっている惨絶な死体は、優しく接してくれた「先輩」だ。
そして何より、犯人は間違いなく暗殺者ギルドに所属する誰か——つまりルイスの「同僚」である。
どう考えても、自分は探偵側ではなく完全に犯人グループ側の人間だ。
事実の重みに耐えかね、ルイスはガックシと肩を落とした。
気を取り直し、もう一度広場に集まる群衆の隙間から現場を覗き込もうと、背伸びをしてみる。
……タイミングが悪すぎた。
規制線の向こう、騎士の一人が……断末魔の叫びの形相をそのままに留めた、目を見開いたままの、ブロウの頭部を持ち上げた瞬間だった。
「うっっっぶっ!?!?!?」
猛烈な悪寒と吐き気が一気に喉元まで駆け上がってくる。
ルイスはよろよろと壁に歩み寄り、片手を突いて激しく俯いた。
「ハァ……ハァ……! 獣の解体は平気だけど……人は……人間はちょっと無理……ウゲッ!」
それが、ほんの一時でも心を通わせた相手ならなおさらだ。
ルイスは暗殺者ギルドの冷酷無比な掟の下では、いかなる「例外」も絶対に存在しないという恐ろしい現実を、骨の髄まで思い知らされるのだった。




