17.お友達二号……のはずが、
『ルイスのお友達候補二人目:ブロウ・ガスリーの場合』
「ハァ? 脱退したら即殺される、だぁ? そんなもん、どうとでもなるだろ」
「へっ……?」
ルイスは思わず目を丸くした。
陽光の下、賑やかな露天街のテラス席で冷えた茶を嗜む。
ルイスが二人目のお友達候補、兼「人生の相談相手」として選んだのは、少し年上の美丈夫ブロウ・ガスリーだった。
華やかな立ち姿はまるで舞台役者のようだが、その実、暗殺者ギルドでも一目置かれる腕利きだ。
「そりゃあ、掟の上ではそうなってはいるが、やりようはいくらでもある。たとえばそうだな……国外へ逃亡しちまう、とかな」
「ああ、まあ……確かに」
ルイスはズズズと茶を啜りながら、なるほどと頷いた。
実のところ、ルイスにもこの帝都に対する深い執着も未練もない。
間違えてやってきてしまっただけの、異邦人だ。ここ何日かで顔見知りは幾人かできたものの、自分が明日突然消えたところで、枕を濡らして悲しんでくれる者などいないだろう。それはそれで少し寂しい気もするが、今はその気楽さが救いだった。
「まあ、俺もこんな物騒な街に骨を埋める気はねえよ。いざとなったら、しれっとオサラバするさ!」
ブロウはさらりと絹のような金髪を揺らし、眩しい笑顔を浮かべた。
「そういえばブロウ先輩、以前は王都で『冒険者』をやっていたんですよね? なんでまた帝都で……その……このお仕事に?」
「単純に、こっちの方が実入りが良かったからさ。それに……冒険者ギルドってのも、中に入ってみりゃあ人間関係のシガラミだらけでな。すっかり嫌気がさしたんだよ」
「ええっ! そうなんですか……!?」
魂を灼かれるほど「冒険者」という響きに憧れていたルイスにとって、それはあまりにほろ苦い現実の一端だった。
(まあ……そりゃそうか。現実は甘くないよなぁ……)
胸の中で小さく溜息をつくルイスに、ブロウはニカッと白い歯をこぼしてみせる。
「次はそうだな、東大陸にでも渡ろうかと考えてんだ。なんならお前もどうだ? 向こうにも『大迷宮』と呼ばれるダンジョンがあるらしくてな。お前とならパーティーを組んで、もう一度冒険者に復帰してもいいぜ?」
「ほ、本当ですかッ!?」
ルイスは勢い余って身を乗り出した。
「ああ。だからお前も、変に気負わずに“その日”のためにしっかり稼いでおけよ」
「は、はいっ!」
ルイスの顔に満面の笑みが弾けた。
なんと、危険極まりない暗殺者稼業から足を洗い、なおかつ夢にまで見た冒険者へと転身する道筋が、一石二鳥の形で提示されたのだ。
頼もしすぎる先輩の言葉に、未来は一気に薔薇色へと変わる。
(なんだ〜! 心配して損しちゃったなぁ。……それにしても、東大陸へ船旅かぁ〜!)
ルイスの脳裏に、幼少期に読み耽った海賊たちの冒険譚が蘇る。未開の航路、荒れ狂う波間に現れる巨大魔獣との激闘、そして果てしなき海の果てに眠る財宝——。
オタク気質と少年のロマンが凄まじい速度で加速していく。
(船かぁ〜、のってみたかったんだ〜。あっ! なんなら、あの湾曲した剣……シミターとか買っちゃおうかな〜!)
「まあ、そういうわけだ。ここは俺が払っとくぜ」
ブロウは懐から手慣れた仕草で銅貨を二枚取り出すと、カチャンとテーブルの上に滑らせた。
「うーわっ……カッコいい……しびれるぅ〜……! 一生ついていきます、先輩っ!!」
「ハッハッハ! お前、本当に面白い奴だな。じゃ、またな!」
軽やかな足取りで去っていく背中に深く頭を下げ、ルイスはルンルン気分で宿屋への帰り道をスキップした。
(こんなに最高な気分の日は、リリィちゃんにお高めのボトルでも注文しちゃおうかな〜)
看板娘の可愛らしい笑顔を思い浮かべ、ルイスは流れる雲を見上げた。
自分の未来はどこまでも明るい。そう確信していた。
——だが、そんな天にも昇るような心地良さは、わずか一日と少ししか持たなかった。
「……久しぶりに、脱退者が出た。抹消対象者は——ブロウ・ガスリー」
しんと静まり返った夜の暗殺者ギルド。
マスターのヴィクター・アダムスが吐き捨てたその名を聞いた瞬間、カウンターでロックバードのソテーを頬張っていたルイスの動きが完全に止まった。
目と口をまん丸に開き、顔面からサーッと血の気が引いていく。全身の毛穴という毛穴から冷や汗が吹き出した。
(なんで……なんでぇ!? ええっ!? なんでぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?)
絶叫が心の中で激しくこだまする。
ヴィクターは苛立ちを隠そうともせず、パイプの煙を紫煙とともに苦々しく吐き出すと、氷のように冷たい声で宣告した。
「……粛清依頼だ。裏切り者を始末した者には、特別報酬を支払う」




