16.お友達一号
解体の手際も無駄に一流のルイスの手によって、丸々と肥えたロックバードはあっという間に羽をむしられ、実に流麗に血抜き解体され、艷やかな丸鶏の肉へと姿を変えた。
それを大きな青葉で手際よく包むと、宿の看板娘であるリリィの元へと持ち込む。
「リリィちゃん、どうぞこれ! 新鮮なお肉、お裾分け!」
ドスンと差し出された巨大な肉塊に、リリィの引きつった笑みが固まる。
彼女は小刻みに頬を震わせ、戸惑いながらもそれを受け取ってくれた。
やがて、いつものように滋味あふれる夕食を貪り食い、街に紫紺の夕闇が立ち込め始める頃。ルイスは足取りも軽やかに暗殺者ギルドの重い扉をくぐった。
ルイスの思いつきによる『お友達をつくろう作戦』の幕開けである。
魔導光と、頽廃的な酒の匂いが満ちる店内。
見渡せば、陰鬱な笑みを交わしながらテーブルを囲むグループもいれば、壁際の陰でしっぽりと自分の世界に沈み込んでいる者もいる。
今回のターゲットから女性は除外だ。
下心が透けて見えるような軟派なアプローチだけは避けたい。男たるもの、常に硬派でありたいと願うのがルイスの矜持であった。
(となると、できあがっているグループに割り込むのは難易度が高いな……)
狙い目として定めたのは、隅の席でひとり静かにグラスを傾けている男。
早速、作戦開始である。
『ルイスのお友達候補一人目:スレンダー・エッヂの場合』
「ゲゲゲ……噂は聞いてるぜ? 将来有望な『新星』が現れたってな……」
「えー、そうなんすかぁ?! いや〜、それほどでもないっていうか、照れちゃうなぁ!」
挨拶代わりに投げられた不気味な牽制を、ルイスは快活な笑顔で真正面から受け止めた。出だしは上々である。
だが、二人のやり取りを遠巻きに見守っていた比較的「常識的」な暗殺者たちの顔色は、見る見るうちに蒼白へと変わっていた。
(お、おい……あのスレンダー・エッヂがギルマス以外の奴とまともに話してるの、初めて見たぞ……)
(うわぁ、類は友を呼ぶってマジかよ……)
(確定だな。あの笑顔の新入り、筋金入りの快楽殺人者だ……)
「ん?」
後方に違和感を覚えてルイスが振り返ると、つい先刻まで聞こえていた酒場の喧騒はどこへやら、静まり返った室内で全員が不自然に目をそらした。
(気のせいか……)
頭を小さく振ると、気を取り直して目の前の先輩へと向き直る。
「スレンダー先輩は、この業界のキャリアって長いんですか?」
「ああ、かれこれ三十年は浸かってる。最初にヤったのは、まだ俺のケツが青いガキの頃よ! ゲゲゲっ!」
「うわ〜、パネェっす! 超大先輩じゃないですか!」
ルイスは目を輝かせ、全力でヨイショの言葉を並べ立てた。
目の前に座るスレンダー・エッヂという男。
見上げるほどの高身長でありながら、病的と言っていいほどに骨ばって痩せこけている。落ち窪んだ頬の上にギラつく双眸、そして毒蛇の群れを思わせる乱雑なダークブラウンの髪。
一見すれば誰もが関わりを拒む凶相であったが、懐に飛び込んでみれば案外悪くない。
むしろスレンダーの方も、ルイスという存在に興味津々の様子だった。
「にしても、良い趣味をしてるぜ、お前の得物……ゲゲッ! 俺もなぁ、ナイフには目がねぇんだ……」
スレンダーは酒臭い息を満足気に吐き出し、ルイスの手元に目をやった。
「本当ですかっ! うわぁ〜、まさか同じ趣味の人に出会えるなんて!」
「ああ……スルリと皮を剥ぎ取る時の、あの吸い付くような感触……」
「うんうん!」
(わかる! 獣を解体する時の、あの手応えですよね!)
「逆手に握り直し、バターのように滑らかに……ゆっくりと首元へ刺し入れる時のゾクゾク感ときたら……」
「うんうん!」
(あっ、やっぱり! 完璧な血抜きの技術のことだ! そうか、スレンダーさんも狩りをするのかぁ)
「そして冷たい刃を舐めた時に広がる……あの鉄の味……」
「うんうんっ! ……ん?」
(うーむ……それはちょっと分からないぞ〜? もしかして、ツウな人なら美味しく感じるのかな? 今度自分も試してみよう!)
会話は完全に噛み合っていた。
しかしその実、致命的なまでにすれ違い、誤解が重なっていく。それでも二人の間には、どこか穏やかですらある親密な空気が流れていた。
ひとしきり酒を酌み交わし、交友を深める二人。
ルイスにとっては同業の友人ができただけでなく、マニアックな刃物談義ができる貴重な趣味友達までゲットできた快挙である。
さらには、スレンダーが贔屓にしているという隠れ家的な刃物屋へ一緒に出かけようという約束まで取り付けた。
ルイスの底抜けな超楽観主義が、最悪の形で極めて優秀なコミュニケーション能力へと変換された瞬間であった。
酒にあまり強くないらしいスレンダーは、グラスを空けるとゆっくりと立ち上がった。
「そんじゃあな、俺はお先に失礼するぜ。またな、相棒! ゲーゲッゲッ!」
「はいっ! お疲れ様でしたー!」
ギルドの重厚なドアの向こうへ消えていく大先輩の背中に、ルイスは無邪気な笑顔でいつまでも手を振り続けた。
一人残されたテーブル。
(うんうん。さい先がいいぞ! ちょっと、変わった笑い方をする人だけど! いい人で良かった〜)
ルイスは余韻に浸りながら、先ほど自慢し合った愛用のナイフを、鞘から、引き抜く。
そして、目の前にかかげた白銀の刃へ、おもむろに自らの舌を這わせてみた。
しかし、
(うへぇ……おいじぐないっっ……!)
鉄の味と砥石の残り香に、ルイスは途端に顔をしかめた。
その一連の動作——返り血を舐め取る狂気の儀式のように見える光景を、息を殺してチラチラと伺っていた周囲の暗殺者たちはというと。
(ひっ……)
(う、うわぁぁ……本物だ……本物の狂人だ……)
全身に鳥肌を立て、深淵をのぞき込んだような絶望の表情でドン引きしていた。
「はぁ……僕も、まだまだってことか……」
そう呟くルイスを、カウンターの向こう側から、ヴィクター・アダムスが極めて無表情で見ていた。




