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λ:ASTRA 〜星の共鳴者〜  作者: Pemo


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第87話_全部の色

――Thyella(テュエラ)


「——割り込みます」


夜明けの二時間前だった。収容まで、あと二日。三日でも七日でもなく、二日目の、まだ暗い時刻に、λの声が張った。


「傍受記録、更新。王権軍、旗艦。共鳴調整区画。……実施、開始です。三分前」


三分前。七日以内、の内側の、一番早い方だった。


俺は寝袋から出て、機体に乗った。乗る前に、格納庫の東の壁の、高い所にある窓を見た。外縁の空。決戦の光が散った、あの高い場所。まだ夜で、星と、王権の星の夜の色しか、無いはずの空だった。


藍が、立った。


星の間に、一本。細い、まっすぐな、藍。木星で見た色だった。揺れず、乱れず、静かで古い色。あの色が、夜の空に、縦に一本、立っていた。立ち方が、静かだった。静かすぎて、最初の数秒、綺麗だと思った。思ってから、あれが何かを思い出した。


藍は、太くなった。


太くなりながら、藍でなくなっていった。


見たことのない変化だった。木星の藍は、沈んだ。光量が減った。今日の藍は、減らない。増える。増えて、増えた分だけ、他の色が混ざる。橙が混ざり、青白が混ざり、金が混ざり、名前のない色が、次々と混ざっていく。混ざった色は、混ざり切ると、一つの色になった。全部の色を足した色。


読めなかった。


教団の無色は、読めない。何も無いからだ。周りの波を押し退けた穴として、輪郭だけを追える。今、空に立っているものは、逆だった。全部ある。全部あるものは、どれとしても読めない。無いから読めない色と、全部あるから読めない色。俺の目は、今夜、読めない色を二つ、知った。


「共鳴の嵐、と呼びます」とλが言った。「呼び名は、複製の記録の中の、古い語です。錨無しで、上限の外へ潜った者が、外から観測される時の、形です。……半径、拡大中。現在、旗艦を中心に、四十キロ。速度、毎分二キロ」


四十キロ。毎分二キロ。数字は読めた。読めた数字の意味は、王権の残存艦隊が、旗艦の周りにいた、ということだ。


王権の通信が、開いた。傍受記録の共有回線を、λが開いたまま流している。


『——旗艦、応答しろ。旗艦、こちら第二戦隊、何が——』


返事は、無かった。


『共鳴者、全員、離脱しろ! 深度を上げるな、切れ、繋ぎを切れ——』


『隊長——隊長機の、反応が、無い。旗艦の共鳴反応が、全部、一つに——』


三つで、王権の声は途切れた。途切れた先で、嵐の半径は、毎分二キロで広がり続けていた。


「呑まれています」とλが言った。「嵐の内側の、王権の共鳴者。近い順に、共鳴が、嵐の色に同期して、個の反応が、消えます。機体は、残ります。……三番機の日と、同じ形です。同じ形が、今、十七機です」


十七。数える間に、十八になった。


連邦の観測が、距離を取り始めた。管理区の管制が、外縁に残った艦隊に、後退を命じている。後退の速度と、嵐の広がる速度を、λが並べた。今は、後退の方が速い。今は。


空の三分の一が、読めない色になっていた。


---


承認番号は、夜明けと同時に来た。


〇八六。


「読みます」とλが言った。声が、少しだけ低かった。「対象、投入。目標、共鳴の嵐。任務、嵐の中心への到達と、発生源の無力化。……同等の相手には、同等の対象を。以上です」


行けば、番号の外だ。二日前の夜、そう思った。番号の外へ出る手順を、二日間、俺は考えていた。考えていた手順は、今朝、要らなくなった。番号が、先に来た。檻が、俺を、嵐へ投げる。投げる書式を、檻は最初から持っていた。同等の相手に、同等の対象を。連邦の卓で聞いた一行が、そのまま、俺の任務になった。


「上書きだ」とガルムが言った。


格納庫に、全員がいた。ガルムは端末の番号を一度だけ読み、煙草を出さずに言った。


「二日前に、行く理由を探してた。探してたのを、俺は見てた。……理由が、向こうから来た。向こうの理由で、こっちの行きたい所へ行く。割の悪さは、いつも通りだ。いつも通りなら、うちの仕事だ」


「私設護衛は」


「護衛対象が行く所へ、行く。紙に、そう書いてある。行き先の指定は、無い」


シドが、俺の機体の脚部を、拳で一度叩いた。


「増やした項目は、済ませてある。何を増やしたかは、帰ってから言う」


カレンは、端末の備考欄を、閉じていた。閉じた画面を、こちらへ向けた。二機連携、継続。木星より短い一行の下に、もう一行、増えていた。深度三以上での連携、可。


「書いておいた。あなたの深さに、私が付いていく。付いていけない所は、あなたが行く。……そこは、書かなかった」


出撃まで、十二分。


十二分の中で、俺は、二日前に数えた二つのうちの、一つを、使った。


「一つ、言っておくことがあります」


四人が、俺を見た。


「摩耗の、三つ目が出てる。他人の感情が、自分のものとして入ってきて、数分、戻らない。……累計で、十二・一。木星の実験の日から、加速してる。λと二人で、隠してた。隠す上限を、二人で決めるべきだと、λに言われた。……上限が、今日だと思う」


一拍。四人分の、一拍。


ガルムは、何も言わなかった。言わずに、頷いた。シドは、工具を持ったまま、俺の機体の脚部を、もう一度叩いた。カレンは、端末を胸に抱えて、俺を見て、それから、自分の機体を見た。備考欄の、書かなかった所を見ているのだと分かった。


「知ってから、動く」と、ステラが言った。「……知ったわ。動きましょう」


彼女は、飛行服を着ていた。連邦の監査役の服ではなく、《灰狼》の予備の一着。袖が、少し長かった。


「私も行く」


「機体は」


「無いわ。乗せてもらう」ステラは、ガルムの機体を指した。「後ろの席。監査で乗った時と、同じ席よ。……私が行かないと、届かない。理屈は、言えない。言えないけど、分かってる。あの色の真ん中にいるのが、誰かは」


ガルムは、彼女を三秒見て、それから、自分の機体のハッチを、後席側から開けた。


「割の悪い仕事に、乗客だ。……乗れ」


五人で、出た。


---


外縁までの進路の途中に、灰色があった。


六隻。回収体が、数え切れない。六隻の腹から、次々と出て、全部が、同じ方向へ向かっている。嵐の方向だった。


「教団です」とλが言った。「全戦力と、推定します。地球圏に残っていた分、全部。……針路、嵐の縁。速度、こちらより速いです」


彼らは、嵐へ向かっていた。俺たちも、嵐へ向かっていた。二つの針路が、外縁の手前で、一度、交差する。


「彼らは、あなたを、今日は、回収しません」とλが言った。「もっと大きいものを、回収しに来ています。……嵐の内側には、今、二十六機の、空の機体があります。増えています」


空の機体。三番機が消えた日、彼らが十二の回収体で集めに来たものが、今、二十六。彼らの手順は、今日のために出来ていた。今日という日が来ることを、彼らは、百五十年、知っていた。


交差点に、着いた。


灰色の機体が、進路を横切っていく。横切りながら、こちらを撃たない。撃たないまま、俺たちの前を、まっすぐに通り過ぎていく。通り過ぎる速さが、木星の十二と同じだった。目的地に来ている者の、速さ。


一機だけ、撃ってきた。


進路が、正確に重なった一機。重なった瞬間だけ、灰色の機体は、砲口をこちらへ向けた。向けて、撃った。狙いは正確で、正確さの分だけ、読みやすかった。半秒。カレンの機体が、俺の前に出て、射線を岩で遮った。遮った岩の向こうで、俺は、灰色の推進部を撃った。


一機、止まった。


止まった一機を、他の灰色は、顧みなかった。顧みずに、進んだ。二機目が、進路を重ねた。重なった瞬間、撃ってきた。シドの長距離射撃が、二機目の砲口を、先に潰した。三機目。ガルムが、後席を庇う位置で、機体を半回転させ、三機目の推進部を、正面から抜いた。四機目。俺が、撃った。


四機。止めた四機は、四機とも、機体の形を残したまま、漂った。漂う四機を、灰色の隊列は、そのまま置いて、嵐へ向かった。彼らは、俺たちを狙っていなかった。進路が重なった所でだけ、手順の通りに、撃ってきた。手順の外では、俺たちは、存在していなかった。


「交差、終了です」とλが言った。「教団の全隊、嵐の縁に、到達。……止まりました」


止まった。


灰色の全隊が、嵐の縁の、外側で止まっていた。縁に沿って、円を組んでいる。木星で見た円と、同じ組み方。中に入らない。入らずに、縁で待つ。縁から出てくる空の機体を、待って、集める。


「百五十年の、悪夢の実現形、と、複製の記録は書いています」とλが言った。「彼らは、これを、止めに来たのでは、ありません。……起きた後を、集めに来ています」


彼らは、慌てなかった。慌てる代わりに、円を組んだ。組んだ円の内側で、嵐は、毎分二キロで、広がり続けていた。


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