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λ:ASTRA 〜星の共鳴者〜  作者: Pemo


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第84話_境界

夜、自室。


「手順を、提案します」とλは言った。「木星の時と、同じ手順です。一つずつ、切り分けます。記憶の問題か、感情の問題か、境界の問題か」


「頼む」


「まず、記憶です。今日の交戦の、順序を言ってください」


言った。深度三。四機。彼女が引き、俺が止める。一機目、推進部。二機目、砲口。近弾。三機目、砲口。四機目、推進部。九秒。戻り。


「記憶、正常です。順序も時刻も、記録と一致します。次に——感情です。近弾の時、あなたは、何を感じましたか」


「……怒った」


「何に」


「射手に。彼女の脚を掠めた一射に」


「あなたの機体の被弾は、ゼロです。あなたの体に、損傷はありません。それでも、怒りましたか」


「怒った」


λは、そこで、回線の音声を再生した。『——ふざけないで。あんな距離から』。彼女の一秒。再生の後に、λは、俺の生体記録の線を、目の前の表示に出した。心拍、皮膚の伝導、呼吸の間隔。三本の線が、ある時刻で、一斉に立ち上がっている。


「この立ち上がりは、彼女の声の、〇・四秒後です。あなたの機体に、この時刻の前後で、外的な刺激は一つもありません。……あなたの体は、彼女の声に、彼女の被弾と同じ反応をしました。あなたの被弾として」


彼女の被弾として。


「立ち上がった線は、着地後、二分十一秒、下がりませんでした。彼女の声は、一秒で終わっています。あなたの中では、二分十一秒、続いていました」


二分と少し。俺が工具棚の前で数えた時間と、同じだった。


「境界です」とλは言った。「記憶ではなく、感情の量でもなく、境界。……あなたの感情と、他人の感情の、境目が、今日、二分十一秒、無くなりました。一つ目は、名前でした。二つ目は、味でした。今日が、三つ目です」


三つ目。数えられていた。数えているのは、λと、俺だけだった。


「数値を、言います」とλは言った。「摩耗度、累計、十二・一パーセント。木星の、実験の日の増分は、〇・三でした。あの日から、二十一回、飛びました。増分の合計は、六・四。……〇・三ずつでは、ありませんでした。後半ほど、一回あたりの増分が、大きくなっています」


「一回あたりの増分を、言います。最初の七回は、〇・二から〇・三。次の七回は、〇・三から〇・四。最後の七回は——〇・四から〇・六です。今日は、〇・六でした」


〇・三ずつではない。加速している。二十一回を三つに割ると、三つ目の山が、一つ目の二倍だった。


「錨で、戻れるんじゃなかったのか」


「戻れます。戻れることと、減らないことは、別です」λの声は、いつもの速度だった。「錨は、あなたを浅い側へ戻します。戻る道の途中で、削れた分は、戻りません。実験の日、わたしは、増分が一桁小さいと言いました。小さい、と言いました。ゼロ、とは、言っていません」


言っていない。あの日、俺は〇・三を、払える桁だと思った。払える桁を、二十一回、払った。払った桁が、後半、太くなっている。


「深く飛ぶほど、増えるか」


「はい。深さと、回数と、両方です。今日、あなたは深度三で、九秒で四機を止めました。九秒は、彼女の速さでした。……速く止めるほど、深く使います。深く使うほど、削れます。削れるほど、境目が薄くなり、薄くなるほど、彼女の速さが、あなたに入ります。入ると、速く止められます。……この輪を、わたしは、まだ、止め方を知りません」


輪。彼女の速さで速く止め、速く止めた分だけ、彼女に近づく。近づいた分だけ、次はもっと速い。速いことは、戦闘では、良いことだ。良いことが、輪の中では、削る側に回っている。輪の外から見れば、今日の九秒は、いつもより良い九秒だった。輪の中から見れば、今日の九秒は、二秒分、俺ではなかった。


「今日の二秒は、俺の腕じゃない」


「はい。あなたの腕と、彼女の速さの、合計でした。合計が、あなたの照準で撃ちました。……止めた四機は、四機とも、生きています。それは、事実です。事実の隣に、二秒があります。二秒を、無かったことには、しません」


「隠せるのは、あと何回だ」


「不明です」とλは言った。「ただ、上限は、あります。今日、四人が、一拍ずつ、置きました。木星の食堂の日は、一人が、一言でした。……隠すことの上限は、あなたの側ではなく、見る側の目で、決まります」


---


見る側の目で決まる。


俺は、暗い自室の天井を見た。天井のある部屋は、コロニーで育った目には、楽だった。楽な天井の下で、隠せる回数を、数えようとして、やめた。数えても、数える相手が、俺ではない。


「λ。木星の夜、俺たちは、二人だけの秘密にした」


「はい。あなたが、そう決めました。わたしは、従いました」


「今も、それでいいと思うか」


三秒。答えの出ない三秒を、λはいつも通り、丁寧に使った。


「秘密には、上限があります」と、三秒の後にλは言った。「一人で持てる量と、二人で持てる量と、四人で持てる量は、違います。……木星の夜、あなたは秘密の中身を、一人で決めました。わたしは、あの決め方に、異論を持っていませんでした。今も、持っていません。ただ——秘密の上限も、二人で決めるべきです。あなたが、一人で決めた上限を、あなたの体が、一人で超え始めています」


上限も、二人で。


告げるか、告げないか。誰に、いつ、どこまで。決めなかった。決めない、と決めたのでもない。決められなかった。決められないまま、工具棚の抽斗の紙のことを、一度だけ思った。俺の名前が、頼む側の欄に書いてある一枚。あの紙に署名した四人は、俺の名前を、まだ、俺の名前だと思っている。


四人に言えば、四人が一拍ずつ置く。置いた一拍の中で、隊の配置が変わる。二機連携の備考欄に、彼女はもう一行、書き足すかもしれない。ガルムは、割の悪い仕事の割の中に、俺の摩耗を入れて計算し直すだろう。シドは何も言わずに、整備の項目を一つ増やす。ステラは、読んだものを、書く形にする。


言わなければ、四人の一拍は、俺の顔を見るたびに、少しずつ長くなる。長くなった一拍は、いつか、俺が言うより先に、四人の側で形になる。どちらが先かの競走を、俺は今夜、始めてしまっていた。


思っているうちに、決めなければならないことが、一つ増えた。


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。


続きが気になりましたら、ブックマークを。次回、迷わず戻れます。

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