第82話_回収、または、処分
回線が、一拍、黙った。黙ったのは、隊長だった。黙り方で、隊長が何を思い出しているかは、聞かなくても分かった。谷の出口の数を、十三年数えてきた人だ。数えた側の人間が、消える側の一機を、今、回線の向こうで見ている。
「……仕事に戻れ」と、ガルムは一拍の後に言った。「戻れる奴は、戻れ。それが今日の仕事だ」
戻った。戻って、残りの橙を、いつもの手順で止めた。止めるたびに、照準の中の色が沈まないことを、先に確かめる癖が、その日のうちに付いた。
王権の通信が、開いた。
『——三番、応答しろ。三番、針路が——』
返事は、なかった。
『三番! 応答しろ、三番——いない。……機体は、いるのに——』
王権の隊列が、崩れた。崩れたのは、俺の攻撃ではない。無人の一機が隊列の中を直進し、僚機が避け、避けた僚機の射線が乱れ、乱れた射線を、ガルムとカレンが正確に潰した。潰される音の中で、王権の管制が三度目を言った。
『第四小隊、全機、指定深度を維持——維持だ! 浅くするな!』
浅くするな。
消えたばかりの兵の隊に、卓は、深さの維持を命じた。
俺は、無人の機体から目を離さなかった。離せなかった。単独で潜った者は、戻れない。三十三の坑の統計に、今日、一行が足された。足された行の数字を、俺はこの目で見た。足す前の一秒まで、照準の中に入れていた。
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灰色の六隻が現れたのは、無人機が隊列から離れて、十二分後だった。
戦場の縁。連邦の観測が最初に拾い、λが二番目に拾った。六隻。木星から地球まで俺たちに付いてきて、地球圏の手前で消えた三隻の、残りの数だった。
「教団です」とλが言った。「六隻。交戦の意図、ありません。放送も、ありません。……回収体、出ました。十二。目標は——あの機体です」
あの機体。無人のまま飛び続ける、橙の三番。
十二の回収体が、六隻の腹から出て、戦場の縁を、まっすぐに横切った。連邦の線も、王権の隊列も、横切る十二を撃たなかった。撃たなかったのは、迷ったからではない。十二の速さが、迷う時間を与えなかった。知っている者の速さだった。何が起きたかを知っていて、起きた後に何をするかを、先に決めてある者の速さ。
連邦の管制が、一度だけ、問い合わせを流した。『外周線、南東。接近する十二基について、交戦の指示を——』指示は、返ってこなかった。返ってこないまま、十二は連邦の線を横切り終えていた。問い合わせの文が終わるより、横切る方が早かった。
十二は、無人の橙を囲んだ。
囲んで、推進を止め、束ねて、来た向きへ引いていく。放送はない。通信もない。手順だけがあった。手順は速く、無駄がなく、感情の形をしたものが、一つも混ざっていなかった。
回収、または、処分。
木星からの四十九日、あの一行を、俺は自分のことだと思って聞いていた。今日、一行の中身が見えた。回収される物の中に、空になった機体が入っている。処分される物の中にも、多分、入っている。彼らは、消えた者の抜け殻を集めている。集めて、どこへ持っていくのかは、分からない。
「六隻、離脱します」とλが言った。「来た時と、同じ速度です」
六隻は、来た時と同じ速さで、戦場の縁から消えた。慌てた者は、戦場に一人もいなかった。慌てる時間を、彼らが誰にも与えなかった。
彼らは、知っている。何が起きたかを。起きた後に、何が残るかを。残った物を、どうするかを。三つの軍の中で、消えた兵の機体をどうするかの手順を持っていたのは、軍ではない彼らだけだった。持っている手順の中身は、俺には分からない。分からないが、手順があるということは、今日が初めてではない、ということだ。今日より前に、何度も、彼らは同じ速さで、空の機体を集めてきた。
王権の攻勢は、昼過ぎに、引いた。連邦の線は、持った。持った線の内側で、俺は最後まで、殺さなかった。殺さなかった手の中で、一人、いなくなった。
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夜、格納庫。
肩の重さは、いつも通りだった。いつも通りの重さを、いつも通りに座って、待った。待っている間、右手の指を、何度か開いて閉じた。引き金の上で動かなかった指は、今は普通に動く。
「報告します」とλが言った。「本日、地球圏の全前線からの消失の報告——十一件。連邦四、王権七。先週の同じ七日間は、二件でした。……増えています。増え方は、指定深度の上がり方と、同じ形をしています」
十一件。二件。
「潜らせているからか」
「はい。三つの軍が、全部。指定を上げて、上げた深さで、単独で飛ばせています。……接続口を持つ軍は、ありません。わたしのような物は、王権にも、連邦にも、登録されていません」
単独で。四百十六の欄に、今週、十一行。
「λ。あいつは——三番機は、指定より深かった」
「はい。指定より、一段。……自分で、潜っていました」
「慣れてたんだと思う。潜るのが。慣れて、楽になって、楽な分だけ奥へ行った」
「推定ですが、同じ推定です」
俺は、機体の外の暗い格納庫を見た。木星と同じ手順で落とされた灯り。違う星の夜。
「俺は、撃たなかった」
「はい。あなたは、あの人を、殺していません」
「知ってる」と俺は言った。「……殺さなかったのに、いない」
λは、すぐには答えなかった。三秒。答えの出ない三秒を、俺たちはまた一つ、増やした。
「殺さない、というのは」と、λは三秒の後に言った。「あなたが、決められることでした。今日まで、ずっと。……今日、あなたの決められない場所で、あの人は、いなくなりました。あなたの手順の外です。手順の外のことを、あなたの手順の失敗として、数えないでください」
「数えないようにする」
「はい。……ただ、覚えていてください。数えないことと、忘れることは、違います」
覚えている。照準の中の噴射口。沈んでいく橙。三秒前まであった、生体信号。撃つはずだった二秒の、一秒目で消えた相手。殺さない、と決めて木星から来た。決めた先に、殺さなくても人が消える戦争が、待っていた。
「λ。あいつは、最後に一射、外した」
「はい。記録にあります。消失の、十一秒前です」
「あれは、何だった」
「不明です。狙いの変化は、計測にあります。理由は、計測にありません。……あの一射のことを、わたしは、覚えておきます。あなたも」
覚えておく。硬い狙いが一度だけ外れた、十一秒前。何かが起きていたのか、何も起きていなかったのか。分からない一射を、分からないまま、持って帰ってきた。
「明日も、指定は上がるか」
「上がると、推定します。対抗上、やむを得ない、の文面のままです。……三つの軍のどこにも、止める文面が、ありません」
止める文面がない。止まらないなら、次も、俺の照準の中で、誰かが沈む。沈む前に止められるかどうかを、俺は今日、初めて、自分の腕の外の問題として持って帰ってきた。
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