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λ:ASTRA 〜星の共鳴者〜  作者: Pemo


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第80話_十四回目

八分二十三秒。四本の弾体から、推進の値が消えた。火が消えたのではない。火が、点かなかった。弾体は運動だけを残し、対象の機体の横を通過した。通過の記録は、四つとも、ただの質量の軌跡だった。


一・二秒。


四門の発射から、四つの質量が通過するまで。彼女はその一・二秒を、十四回目も、一コマずつ止めて見た。対象の機体は、躱していない。躱す動作の記録が無い。躱さないまま、四本の射線の全部を、通過させている。


九分五秒。対象の機体が、隊長機から視線を外した。


視線、という言葉は計測の語彙ではない。記録にあるのは、機体の正面軸の向きと、共鳴波の指向の変化だ。両方が、隊長機から、次の目標へ、同時に移った。移った時刻から、隊長機への干渉は一度も無かった。兵装にも、推進器にも、何一つ。


彼女は、この二秒間も、一コマずつ見た。隊長機の全系統が正常に稼働し、四門が装填を終え、いつでも撃てる状態で、次の目標へ向く対象の機体を、正面に捉えたまま静止している記録。静止している理由の欄は、記録の書式に無い。無いから、書かれていない。


隊員の一人の音声が、記録の中で言う。『隊長、これは——計測外です。数値が、意味を——』


計測外の数値は、記録の書式では、上限値と同じ表示になる。上限値の行が、九分から十一分まで、途切れずに続いている。二分間、隊長機の計測器は、上限より上を測れずに、上限だけを書き続けた。


再生を終えて、彼女は書式を開いた。三つの欄。


計測の欄。上限値の連続、百二十秒。四射の失火、一・二秒。隊長機への干渉、ゼロ。


推定の欄。彼女は、そこに一行を書くのに、二十秒を使った。書いた行は、短かった。


——到達不能(現行機材・現行手順)。


現行機材。第一精鋭隊の機体と、隊長機の計測器と、整列の手順。現行手順。王権の共鳴者運用の、全ての規定。その全部を足しても、上限値の上には届かない。届かないという推定を、彼女は今夜、初めて、欄に書いた。十三回の再生では、推定の欄に「継続解析」と書いてきた。十四回目で、解析は継続の対象ではなくなった。


感想の欄。


空欄のまま、閉じた。二枚目だった。


---


二十三時三十八分。彼女は、規定集の棚から、書式を一枚、呼び出した。


王権軍共鳴者運用規定、付則。深層共鳴・単独接続試験申請。


書式の見出しは、その一行だけだった。付則の書式は、本則の書式より短い。使われる頻度が低いほど、書式は簡素になる。この書式の記入例は、規定集の中に一つも無かった。記入例の無い書式は、記入されたことが無い書式だ。


申請者。階級、氏名、所属。彼女は、いつもの順序で埋めた。


申請区分。単独接続。


書式には、区分が二つ用意されていた。接続口併用と、単独。接続口の欄に、王権の現有機材の型式を入れる場所がある。入れる場所はあるが、現有の型式は、一つも登録されていない。登録欄が空のまま印刷されている書式だった。だから、区分は一つしか選べない。


申請理由。


彼女は、推定の欄に書いた文を、そのまま写した。到達不能(現行機材・現行手順)。それから、一行を足した。現行の外の手順による到達の可否を、試験する。


実施予定日。


本国の承認から、七日以内。書式の指定が、そうなっていた。彼女は、指定の通りに書いた。


使用機体。隊長機。実施場所。艦内、共鳴調整区画。試験時の随伴。


随伴の欄は、記入が任意だった。任意の欄を、彼女は空けなかった。無し、と書いた。単独接続の試験に随伴を置けば、随伴は接続の外側で、記録を採るだけの役になる。記録を採るだけの役は、計測器で足りる。人を、計測器の代わりに置く理由が無かった。


目標深度。


数値を入れる欄だった。彼女は、再生記録の上限値の行を見て、上限値と同じ数字を書いた。上限より上を測れない計測器の、上限。そこに届けば、少なくとも、計測器が測れる場所までは並ぶ。並んだ先は、現行の計測器には書けない。書けない先の数字を、この書式は求めていなかった。


想定リスク。


書式の中で、いちばん広い欄だった。広い欄には、広い分だけ、事実を書く。彼女は、王権の運用記録の参照番号を三つ引いて、参照から読める事実だけを、順に書いた。


——単独接続の記録、王権保有分、四件。全件、接続後の帰還記録なし。

——帰還記録の無い四件の共鳴者は、全員、運用記録から抹消。抹消理由の欄は、四件とも「消失」。

——本申請の帰還の可否は、既知の記録からは推定できない。


書いてから、読み返した。嘘は一行もなく、隠した行もなかった。隠す行があれば、申請は通りやすくなる。通りやすくするために、事実を減らす手順は、彼女の規律の中に無かった。


承認経路。


隊長申請の場合、艦隊司令の副署を経て、本国運用局。副署の欄に、提督の役職名が印字されている。提督が副署するかどうかは、提督の判断で、彼女の判断ではない。判断でない欄は、埋めない。


備考。


一行、空いていた。彼女は、その行を、しばらく見た。三十秒だった。見て、何も書かずに、備考の欄を閉じた。備考は、感想の欄ではない。書く義務のある欄でも、空欄が見落としになる欄でもない。


全欄、埋まった。埋まった書式の末尾に、記入完了の時刻が自動で入った。〇時十二分。


---


送信は、〇時十五分に行った。


送信先、艦隊司令室。副署待ちの書式は、司令室の棚に入り、朝の決裁に回る。回った先で、提督が副署するか、留めるか。留めれば申請はそこで止まり、副署すれば本国に上がる。上がった先の判断も、彼女のものではない。


送信の控えを、規定の棚に入れた。控えの書式は、今夜の三枚の書式の隣に並んだ。報告書、再生記録、申請書。三枚のうち二枚は、感想の欄が空欄のままで、一枚は、備考の欄が空欄のままだった。並んだ空欄を、彼女は、確かめなかった。確かめる手順が無いからだ。


副署の判断は、早ければ朝の決裁で出る。出れば、本国への往復に最短で四時間。四時間は、木星で一度、数えた長さだった。あの時は、四時間を待たずに動いた。今回は、待つ。待つ手順が書式に書いてある以上、書いてある通りに待つ。


それから、明朝の訓練計画を開いた。


第一精鋭隊、稼働七名。整列の訓練。〇六時、発艦。八日前と同じ内容を、同じ順序で入力した。順序を変えないのは、変えた日に見落とした数字が、いつか自分を殺すと知っているからだった。訓練計画の末尾に、隊長機の参加の欄がある。木星以来、この欄は、隊長機の整備状況によって空欄の日があった。空欄の日は、隊員だけで整列を組む。今夜は、参加、と入れた。稼働七名の整列は、隊長機が入って八になる。八の整列を、明朝、六分十秒までの手順で組む。六分十秒から先の手順は、まだ、どの規定にも無い。


灯りを落とす手順は、いつもと同じだった。端末の待機、室内の減光、艦内時間の確認。〇時三十一分。就寝の記録は、隊長の生体管理の書式に、自動で入る。今夜の入眠までの時間は、書式の側が測る。彼女が測る欄ではなかった。


提督からの下問は、未処理のまま、翌日の日付に繰り越されていた。四回目だった。


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。

続きが気になりましたら、ブックマークを。次回、迷わず戻れます。

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