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λ:ASTRA 〜星の共鳴者〜  作者: Pemo


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第75話_助かった側の名簿

――Horkos(ホルコス)


地球の任務は、番号から始まる。


〇五九。管理区の北の哨戒。〇六一。輸送隊の護衛。〇六三。外周の対空配置の穴埋め。どれも、戦争の端の仕事だった。王権の艦隊は外縁拠点を三つに増やし、連邦の応援は組み上がりの途中で、前線と呼べる線はまだ引かれていない。引かれていない線の内側で、俺たちは番号を一つずつ消化した。出て、飛んで、戻る。戻ると、次の番号が待っている。戦争の初めの一週間は、そういう速さで過ぎた。


承認は毎回、λが取った。申請して、通るまで、平均で四分。取れなかった番号は、まだ無い。無いことが、逆に落ち着かなかった。承認というのは、止めるための仕組みだ。全部通すなら、仕組みが要らない。止める側が一度も止めないのは、優しさではない。止める必要のある任務を、まだ一度も、俺に振っていないだけだ。振る日が来たら、あの四分が、長くなる。


七日目の朝、審査の中間決定が出た。


卓は初日と同じ形で、初日より短かった。審査長は、初日と同じ、黙る場所のない読み方で読んだ。


「戦時特例により、審査期間を短縮する。中間決定——保護管理措置のうち、専属運用の項を、七日後に発効とする。収容の項は、審査終了まで留保を継続」


措置の紙は一枚だが、中身は二つに割れている。俺を施設に入れる項と、俺の任務を全部、政府の承認で管理する項。その後ろの方だけが、先に生きることになった。任務は、この先ずっと許可制。体は、まだ壁の中に入れられない。天井だけ閉まって、床はまだ開いている檻だった。


「付随して」と審査長は続けた。「対象と《灰狼》の間の傭兵契約は、専属運用の発効をもって、失効とする」


監査団の席で、ステラが手を挙げた。


「記録は、まだ三割しか読めていません。読み終える前の発効は、順序が逆です」


「戦時特例だ、監査役。順序より、速度が要る。……留保の申立ては、記録に残す」


記録に残す。却下、を丁寧に言うと、そうなる。ステラは食い下がらなかった。食い下がって覆る決定なら、最初からこの形では出てこない。それが分かる人の引き方だった。引きながら、手元の書類に何かを書きつけていた。顔は静かで、書く手だけが、速かった。何を書いたのかは、卓の脇からは見えなかった。


七日後。傭兵契約が紙屑になる日が、決まった。


---


失効の三日前に、連邦の使いが格納庫へ来た。


事務官が一人、端末を一台。事務官は書式の在り処だけ告げて、返答の期限を言って、五分で帰った。売り込みの言葉が一つもなかった。断られると思っていない側の、手短さだった。


置いていった書式を、ガルムは卓に広げて、全員に読ませた。読む間、ガルム自身は二度目を読んでいた。一度目は、事務官がいる間に終えていたらしい。


再雇用の提示だった。《灰狼》を、傭兵団のまま連邦の指揮下に入れる——国属化。報酬は木星の契約の倍。機体の更新は連邦持ち。負傷と死亡の恩給付き。傭兵の書式としては、見たことのない厚さの条件が並んでいた。


「過去最高、超えたわね」とカレンが言った。「木星の時、報酬が過去最高って言ってたでしょう。あれの倍」


「倍だな」とガルムは言った。「読み終わったか。なら、締めるぞ」


ガルムは書式を端末ごと閉じた。閉じる手に、迷いの速度がなかった。


「蹴る」


「理由、聞いてもいい?」とカレンが言った。「蹴るのは賛成だけど、理由は揃えておきたいから」


「割が良すぎる」とガルムは言った。「傭兵の報酬ってのは、相場からしか生まれない。相場の倍ってことは、半分は腕の値段で、残りの半分は、腕以外の何かの値段だ。書式のどこにも書いてない何かの、な」


「その何かって?」


「指揮系統だ。国属になれば、命令は連邦から来る。今は防衛の命令だ。だが命令ってのは、書き換えられるために書式になってる。……いつか、燈を引き渡せ、の命令が来た日。国属の俺たちは、断る紙を持ってない」


格納庫が、少し静かになった。


「連邦は、俺たちの腕を買う気じゃない。燈への近さを買う気だ。近くに置いて、いつでも命令の通る形にしておく。倍の報酬ってのは、その形の値段だ」


「つまり」とカレンが言った。「私たちごと、檻の部品にする話ね。燈の一番近くにいる四人を、命令一つで動く側に付け替えておく」


「そういう買い物だ」


「なら、蹴る理由は揃った」カレンは端末を指の先で押し返した。「倍でも、桁が違っても、同じ」


「分かった」とシドが言った。「で、蹴った後は、どうする。三日後に、俺たちは無職だぞ」


「考えてある」とガルムは言った。「三日、待て」


---


その夜、格納庫にはガルムと俺だけが残った。


残ったのではなく、残されたのだと、後から分かった。シドもカレンも、いつもより早く消えていた。ガルムは整備台に腰を預けて、火のない煙草を咥えて、長い間、機体の列を見ていた。


「木星の夜に、あの日のことは全部話した」と、ガルムは前を向いたまま始めた。「見たものは、全部だ。嘘はない。……話してないのは、俺があの日、どこで見てたかだ」


俺は、隣の整備台に腰を下ろした。急かさなかった。この人の話の始め方は、いつもこうだ。


「第七混成。慰霊標にあった名前だ。連邦の正規と、駆け出しの傭兵を混ぜて作った、寄せ集めの部隊だった。混成って名前の通りだ。俺はその、傭兵の側の一人だった。編入されて、二月目だった」


第七混成。十七の谷の標で見た名前が、初めて、ガルムの側から語られていた。


「あの日の戦闘は、昼からだった。王権の攻勢を谷で受けて、夕方までに、うちは四十一人死んだ。渦が出たのは、その後だ」


四十一。標の数字と、同じだった。


「後退命令が出た。全機、谷の外へ。……後退ってのはな、順番のある仕事だ。誰かが最後に残って、追撃を受け止める。殿(しんがり)と言う。一番割の悪い役だ。割の悪い役は、下から順に回ってくる。駆け出しの傭兵。編入二月目。……俺だった」


火のない煙草が、指の間で一度、回った。


「殿の位置についた。ついた所で、管制が言った。殿はいい、全機下がれ、と。渦の前じゃ、殿に意味がない。受け止められるものじゃないからだ。……その命令で、俺は隊列の中に戻った。戻った直後に、単機が逆走していった」


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。

続きが気になりましたら、ブックマークを。次回、迷わず戻れます。

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