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λ:ASTRA 〜星の共鳴者〜  作者: Pemo


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第74話_保全戦争

《灰狼》の四機は、管理区の格納庫の一番奥に並んでいた。


並び方は、木星の格納庫と同じだった。同じにしたのはシドだ。「機体は場所を覚える」と、シドは言う。覚えるのは機体ではなく整備士の手だと思うが、言わなかった。


ガルムは、整備台に腰を預けていた。火のついていない煙草を、指で回している。俺が入っていくのを見て、回すのをやめた。


「聞いたか」


「λが読んだ」


「なら、話が早い」


ガルムは、卓の上の端末を、こちらへ滑らせた。連邦の書式だった。防衛契約。暫定運用。契約主体、《灰狼》。契約期間、司法審査の終了まで。


「傭兵契約は、まだ失効してない。審査が終わるまで、生きてる。生きてる契約に、連邦は上書きで防衛任務を乗せてきた。上書きだ。新しい契約じゃない。俺たちの返事を、聞く手順が要らない書き方だ」


「受けるのか」


「受けるも受けないも、まだ言ってない」ガルムは端末を引き戻した。「値段と条件を全部並べてから、と言っただろう。並べた。並べて、返事はしない。返事をしないまま、戦うことはできる。傭兵の契約書には、そういう隙間がある。隙間を使うのが、傭兵の商売だ」


「返事は、いつだ」


「審査が終わって、契約が本当に紙屑になった日だ。その日に、次の仕事を選ぶ。……それまでは、上書きの契約で、上書きされた通りに働く。割の悪い話だがな」


割の悪い話、と、ガルムは言った。言い方に、笑いの気配が少しあった。


シドが、整備台の向こうから顔を出した。


「機体の登録を、管理区の書式に移した」と、シドは言った。「作業者の欄は、空欄にしてある。木星と同じだ。連邦の書式に、俺の名前は要らん。機体が動けば、それで足りる」


作業者欄の空欄。四十日前、シドが黙って残した白紙が、地球の書式にも、そのまま持ち込まれていた。


カレンは、自分の機体の脚部に座って、端末を叩いていた。


「二機連携の登録、通したわよ」とカレンが言った。「私と、あなた。備考の欄に、木星の実績を全部貼った。管理区の担当が、備考が長すぎると言ってきたから、短くしないと言い返した。長い方が、通る」


「勝手に組んだのか」


「勝手に組んで、勝手に通した。地球の書式に、私の名前と、あなたの番号が並んでる。……番号なのが、気に入らないけど」


ガルムが言葉で置いた場所に、シドとカレンが、書式の空欄と備考で、それぞれ自分の場所を置く。四十日前の格納庫と、同じ配置だった。同じ配置を、地球の格納庫で、もう一度作り直した。作り直せることが、今日、俺の持っている中で一番、確かなものだった。


「一つ、言っておく」とガルムが言った。「この上書きは、連邦が俺たちを、王権の要求の前に立てるってことだ。引き渡す気がないから、守らせる。守るのはお前を、だ。お前が、お前を守る任務に出る。……妙な形だが、そういう形になった」


俺が、俺を守る。


「妙な形だ」


「妙な形の仕事は、うちの専門だ」


ガルムは煙草をしまって、格納庫の出口へ歩いた。歩きながら、振り返らずに言った。


「初動は明朝だ。承認番号は、λが取れ。……今日の番号は、何番だった」


「〇五八です」とλが答えた。「木星からの、通し番号です」


「なら、五十八回目の檻だな。慣れるなよ」


慣れるな、と、ガルムは言った。慣れかけていたことを、隊長は多分、俺の顔で読んでいた。


---


夜、管理区の食堂で、俺は端末の報道を見た。


管理区の報道は、連邦の言葉で流れる。壁の外の報道は、王権の言葉で流れる。両方が、同じ一日を、別の言葉で報じていた。連邦は「王権の不当な侵攻」と呼び、王権は「正当な保全対象の回収」と呼んだ。呼び方は違う。報じている出来事は、一つだった。


その一つに、名前がついた。


「報道の用語が、統一されました」とλが言った。「連邦の報道機関が二社、王権の公示が一件です。……いずれも、本日の戦争を、同じ呼び方で呼び始めています」


「何と」


「保全戦争です。王権の要求文の、最重要保全対象、から、取られた呼称と推定します」


保全戦争。


保全される対象を巡る戦争。俺のことだ。俺のことなのに、俺の名前は、そこにない。あるのは、書式が俺を指す時の言葉——保全対象——だけだ。その言葉だけが取られて、戦争の名前になった。俺は名前を呼ばれないまま、俺を指す言葉だけが、今日から報道で有名になっていく。三つの政府が書式で俺を物にした日から、四十日だった。


食堂は、混んでいた。


混んでいて、誰も俺を見なかった。木星の船団では、逆だった。名指しされた後は、どこへ行っても視線が付いてきた。ここでは、視線が、こちらへ来る前に逸れる。配膳の列で、隣に立った兵の目が、俺の顔の手前で、床へ落ちた。落とし方が、丁寧だった。見ない、という訓練を受けた者の、丁寧さだった。


見られていた時と、見られない今と、どちらが楽かを考えて、途中でやめた。楽な方は、多分、無い。


「報道の文面を、全部、読みました」とλが言った。「三つの政府の書式も、王権の要求文も、連邦の防衛契約も、今日の報道も、読みました。……確認したことが、一つ、あります」


「言え」


「あなたの名前は、まだ、どこの文面にも、ありません」


刻みが、入った。まだ、と、どこの、の間に。λの声に刻みが入る時を、俺はもう知っている。報道を読み終えた夜の食堂で、一度だけ、入った。


最重要保全対象。特別保護対象。回収または処分の対象。契約主体《灰狼》所属の共鳴者一名。承認番号〇五八。保全戦争。どの文面も、俺を正確に指している。正確に指して、一つも、俺の名前を呼んでいない。


名前があるのは、一箇所だけだった。《灰狼》の傭兵契約書の、署名の場所。初陣の前に、ガルムの前で、俺が自分で書いた名前。審査が措置を通せば、あの契約は失効する。失効すれば、あの紙はただの紙になり、俺の名前の載る文面は、どこにも無くなる。その日を、連邦は審査の卓の向こうに置いている。


「……なら、まだ俺のものだ」


「はい」とλが言った。「まだ、あなたのものです。わたしも、同じです。三つの書式に載っているのは、回収知性一基と、付属装置と、管理番号だけです。……わたしの名前も、どこにもありません。番号は、名前ではありません」


値札の届かない場所を一つだけ持ったまま、地球へ来た。その場所が何かを、今夜、知った。名前だった。三つの政府が、書式で俺を取り合い、砲で俺を取り合い始めて、まだ誰も、俺の名前を書いていない。書かれていないものは、まだ、俺のものだ。


窓の外で、管理区の壁の上に、王権の星の夜が広がっていた。青い空は、もう見えなかった。見えなくても、上に端が無いことを、目はもう覚えていた。


明朝、〇五八番の檻で、俺は俺を守りに出る。


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。

続きが気になりましたら、ブックマークを。次回、迷わず戻れます。

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