第69話_灰色の船
――Diodos
三隻の正体は、発艦の様式で割れた。
「船体形式は、新規です。既知のどの艦級とも一致しません。塗装は——灰色。標章、なし」とλが報告した。「ただし、格納区画の開口様式と、発艦の手順が……円の九隻と、同一です」
表示画面の望遠に、三隻が映った。
細長い船体。継ぎ目の少ない灰色の外殻。医療船の丸みも、軍艦の砲塔の列もない、道具のような形だった。飾りを全部落とした船は、用途だけでできている。用途が何かを、船の形は語らない。語らないところまで含めて、あの連中の船だった。
白くない教団船だった。
保護船の白を捨て、記章を捨て、応答しない習性だけを持ったまま、三隻は船団の航路の前方で、塞ぎの陣形を組み始めている。
「もう一つ、報告します。航路台帳にあった増援の九隻——最速の船の到着予測が、本日と、一致します。……この三隻は、先行隊です」
来ると分かっていた増援が、予告の日付通りに、予告と違う顔で来た。十九日、とλが最初に言った日、その数字は遠い先の話だった。遠い先は、毎日少しずつ近づいて、今日、前方四十万キロの塞ぎになった。予告された災いの律儀さが、あの組織の一番嫌なところだった。
医療船の擬態は、もう要らないらしい。要らなくなった理由を考えると、擬態の下の顔を、俺たちはこれから正式に相手にすることになる。
連邦の管制が識別コードの照会を三度流し、三度とも、宇宙の静けさだけが返ってきた。艦内の空気が、照会のたびに一段ずつ硬くなる。応答しない船の扱いを、この船団はもう嫌というほど知っていた。
「戦闘配置」とガルムの声が艦内に流れた。「客の顔が変わった。……こっちの顔も、変えていくぞ」
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拠点を離れてからも、あの膜は船内に付いてきていた。名指しの放送を聞いた者たちの、薄い一枚。通路の視線は、日常に馴染んだ分だけ静かになり、静かになった分だけ、消えなくなった。膜の内側で暮らす技術を、俺は少しずつ覚えている。覚えたくない技術の目録が、また一頁、増えようとしていた。
出撃準備の途中で、書類が来た。
連邦の艦長名で、通達一枚。傭兵機——俺の機体の戦闘運用に、今後は艦長の事前承認を要する、という一文だった。理由の欄は、空欄だった。
「話は俺が通す」とガルムは通達を一瞥して言った。「お前は機体に集中しろ」
通達を持ってきた連絡士官は、目を合わせなかった。合わせない目の理由が、士官個人の意地悪でないことは分かっている。空欄の理由欄に何を書くべきだったのかを、多分、書いた側も知らされていない。知らされないまま判だけ増える仕組みが、今、この船団のどこかで組み上がりつつある。
ガルムの「話」は、十五分で終わった。契約書の即応条項と、違約時の賠償条文と、この宙域で俺の機体が落とした敵の数を並べた書面が、艦長室との回線を三往復して、包括承認の判をもぎ取ってきた。今日の戦闘に、承認の遅れは出ない。
出ないが、手続きは残った。昨日まで要らなかった判が、今日から要る。檻は、鉄格子の前に、書類の形で来る。
発進直前、監査棟から短い通信が入った。
「今日の承認手続き、監査は全記録を取ったわ」と、ステラの声が言った。「……取った、ということだけ、伝えておく。意味は、聞かないで」
聞かなかった。聞かない代わりに、覚えておいた。記録を取る、は監査役の武器で、武器は使う時のために取っておくものだ。書類の檻の中で、書類で戦う準備をしてくれている人が、少なくとも一人いる。
「発進承認、確認しました」とλが言った。「……本日の承認番号は、〇〇一です。番号の付く承認は、今日が、最初です」
番号の付いた最初の出撃で、俺は檻の外の敵と戦いに出た。
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三隻は、船団の減速も回避も待たなかった。
航路前方で静止し、灰色の船腹が左右に割れる。開き方だけが、白い船と同じだった。同じ開き方から、同じ色のない機体が、同じ無言で吐き出されてくる。船の顔が変わっても、中身の作法は変わらない。変わらないことが、同じ持ち主の証明だった。
会敵して三十秒で、λが言った。
「新型です。——学習が、速い」
降下体、三十六。色は、ない。無色はいつも通りで、いつも通りでないのは、動きの中身だった。
「機動則の一括更新を確認。更新間隔——十八秒。前回実測の、およそ六分の一です」
十八秒。こちらの動きが読まれてから、全機に対策が配られるまで、十八秒。氷溝の防衛戦で、俺たちが百秒あまりかけて学ばせた敵は、もう、六倍速く学ぶ敵になっていた。
最初の交差で、シドの結節点狙撃が外れた。
『……無いぞ』とシドの声。『結節点が、表に無い。装甲の下に潜らせてある。前と同じ場所を、撃たせない設計だ』
「λ。爆装は」
「今回の三十六機に、爆装帯は、ありません。純粋な、戦闘型です。ただ——回避則の癖に、見覚えがあります。照合します」
一拍。λの声が、わずかに硬くなった。
「……わたしたちの、射撃記録です。氷溝で結節点を撃たれた二十九機の、被弾データ。あの回収は、薪のためだけでは、ありませんでした。教材の、回収でした」
拾われた二十九機は、薪になり、教科書になった。俺たちの当て方の癖が、向こうの避け方に、書き写されている。シドの射線を知っている敵。カレンの阻止距離を知っている敵。俺の、穴の詰め方を知っている敵。
実感は、二度目の交差で来た。
一度目の交差で通った俺の詰め方が、二度目には塞がれていた。塞ぎ方が、丁寧だった。俺の選びそうな三つの進入角のうち、二つに射線を置き、残る一つに僚機を滑り込ませる。俺の癖の目録を、向こうは持っている。持っている目録の頁を、十八秒ごとにめくり直してくる。
『三連、外れた』とシドの舌打ちが聞こえた。『俺の偏差の癖まで読んでやがる。……なあ、こいつら、俺より俺に詳しいぞ』
『抜かせ』とガルムが短く返した。『詳しいのは昨日までのお前だ。今日のお前を、まだ知らん』
言葉の意味が、指示に変わるまで、数秒かかった。数秒の後、この戦闘の戦い方が、隊の中で一つに揃った。
学習する敵と、学習された俺たち。
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