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λ:ASTRA 〜星の共鳴者〜  作者: Pemo


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第65話_聞く側の席

――Ankyra(アンキュラ)



拠点の解体は、担架の上から見た。


岩棚の設備が順に畳まれ、貨物艇が地表と母艦を往復する。積み込まれていくのは、機材と、燃料と、そして——箱だった。科学班の白い梱包箱が、列をなして昇っていく。中身は、アーカイブの記録の複製と、運び出せた遺物。街の器物や、装置の一部や、剥がせた記録媒体の原本が、番号を振られ、緩衝材に包まれて、箱の形になっていた。


百五十年、誰にも触られなかった物たちが、四十時間で箱になる。


番号を振るのは科学班の仕事で、箱の中身を選ぶのも科学班の仕事だった。学び舎の小さな椅子は、箱に入らなかった。市場の器は、三点だけ入った。選ばれた三点と、選ばれなかった残りの全部の間に、線を引いた人間の手つきだけが残る。持って行く、はいつも、置いていく、と同じ意味だった。


「……持って行かれるのは、複製と、物です」と、担架の脇でλが言った。「街は、持って行けません」


λの声に、責める色はなかった。ただ、区別だけが、静かに置かれていた。持てる物と、持てない物の区別。箱に入る物と、入らない物の。


主坑の隔壁は、閉じたままだった。閉じた灰色の円盤を、担架が母艦へ運ばれる短い間、俺は見ていた。開いたまま百五十年待った扉は、閉じて、置いていかれる。次に開ける者が誰なのかを、誰も知らないまま。


「円の到達まで、二日と二時間です」とλが言った。「出発は、予定通り。……間に合います。間に合わせます」


担架で運ばれる間、すれ違う連邦の人員が、皆、一拍だけ視線を止めた。三日前、王権の精鋭隊を一人で止めた男が、毛布の下で動けない。視線の中身は読めた。畏れと、値踏みと、少しの安堵。動けない化け物は、動く化け物より、扱いやすい。……ひねた読み方だと自分でも思う。思っても、読めてしまうのが俺の目だった。


医務室の寝台に固定され、天井が見えた。隣の寝台から、固定具の音がした。


「ご一緒ね」とカレンが言った。「……聞く側の席へ、ようこそ」


---


離昇は、振動で分かった。


医務室に窓はない。壁の小さな表示板に、船団の隊形と航路だけが映る。探査母艦を中心に、護衛艦四、補給艦二。来た時と同じ七隻が、来た時と逆向きに、円の内側から外へ向けて加速を始めた。


加速の並びは、来た時と違った。来た時は探査の隊形で、帰りは護送の隊形だった。護衛艦四隻が母艦を菱形に囲み、補給艦二隻が内側に畳まれる。守る物の位置が、隊形の形で分かる。守られている物の中に、俺と、λと、箱の列が入っていた。


円が、動いた。


「九隻のうち、三隻が針路を変更」とλが言った。「船団の離脱航路の前方で——遮断陣形です。発艦を確認。機動兵器、二十六」


入る者を止めた円が、今日は、出る者を止めに来る。白い船と、色のない機体と、無言の遮断。この円の作法を、俺たちはもう全部知っていた。知っていることと、抜けられることは、別の話だった。


「うちの壁は、二枚だ」と、回線のガルムの声がした。「二枚で足りる算段は、してある。——全艦、うちの後ろにつけ。航路は渡した通り。一メートルも譲るな」


二枚。ガルムと、シド。膝と肋骨の二人は寝台で、俺は三日ぶんの闇の途中だった。五人と一基の隊が、今日は二人と一基で、七隻を曳いて円を破る。


---


戦場は、音で来た。


最初の砲声は、船体の遠い振動だった。低く、規則正しい、三連。表示板の光点が散り、λの中継が状況を組み立てていく。


「シドさん、長距離で二機。……三機目、ガルムさんが牽制、進路を外しました」


『右舷前方、集束!』『砲座六番から九番、対応!』


連邦の管制の声。船体の軋み。近い着弾の、内臓に響く短い衝撃。見えない戦場が、音の高さと間隔だけで、輪郭を作っていく。


「今の低いのは、主砲の三連」と、隣の寝台でカレンが言った。目を閉じたまま、天井に向かって。「外れたわ。当たると、もっと嫌な音がするの。……次の高いの。これは近接防御。距離二千を切られてる」


「詳しいな」


「壁の仕事は、音で後ろを守る仕事でもあるのよ。……ずっと、この音の中で撃ってきたの。聞く側に回ると、こんなに長いのね、一発一発が」


聞くだけの戦場は、戦うより長い。


『六機目』とシドの声が言った。数字だけの申告。撃った時のシドは、いつも数字しか言わない。数字の間隔で、彼の忙しさが分かる。六機目と七機目の間は、長かった。長い間、船体のどこかで近接防御が鳴りっぱなしだった。


『左舷、抜けられた! 二機——』『八番艦載機、追え!』『間に合わな——』


連邦の声は、数字の代わりに、動詞で忙しさを教えてくる。抜けられた、追え、間に合わない。動詞が悪くなっていく回線を、俺は天井を見ながら聞いていた。


砲声の間隔が詰まり、λの中継が短くなっていく。二十六機の無色は、いつも通り無言で、いつも通り退かず、二枚の壁と七隻の砲火の間を、最短の線で詰めてくる。


「ガルムさんの機体、装甲表面に被弾。——戦闘続行です。シドさん、五機目」


「ねえ」と、砲声の合間にカレンが言った。「私たちの音も、いつも誰かが、こうやって聞いてたのね。母艦の中で。医務室で。……撃ってる時は、考えたこともなかったわ」


「今日から、考えるようになるな」


「ええ。……いい音で撃とう、って思うようになるわね。変な学びだけど」


数字だけが増えていく。増えていく数字のどれ一つにも、俺は関われなかった。


---


危機は、音の変化で分かった。


砲声の向こうで、船体警報の音階が一段上がった。λの中継より先に、カレンが目を開けた。


「……航路警報。前を、塞がれかけてる」


「遮断の三隻が、予測点を修正しました」とλ。「このままの航路では、四十秒後、船団の頭が遮断の火線に入ります。ガルムさんが、割りに行っています。——単機です」


単機。二枚の壁の一枚が、壁を離れて、前へ出る。残る一枚のシドに、二十機からの残敵が集まっていく。数字が、悪い方へ揃っていく音がした。


四十秒。


機体に乗っていれば、四十秒は長い。読める。組み立てられる。手が届く。寝台の上の四十秒は、ただの落下だった。落ちていく数字を、掴む手が、ない。


気づいたら、上体を起こそうとしていた。


起きて、どうする。機体は格納庫で、俺の体は三日の闇の二日目で、それでも、聞いているだけの四十秒は、体が勝手に動こうとする長さだった。肘が寝台を押して、視界が白く濁って、腕が崩れた。


「動けません」とλが言った。命令ではなかった。制止でもなかった。「あなたの回復は、あと二十九時間、必要です。……これは、お願いではなく、実測です」


実測。λの一番強い言葉が、俺を寝台に戻した。


「悔しい?」と、カレンが天井を見たまま聞いた。


「……悔しい」


「そう。私も」と彼女は言った。「守られるのって、こんなに疲れるのね。知らなかったわ。……ずっと、守る側の席にいたから」


守られる側の重さを、二人分の天井が、静かに教えていた。


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。


続きが気になりましたら、ブックマークを。次回、迷わず戻れます。

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