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λ:ASTRA 〜星の共鳴者〜  作者: Pemo


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第63話_監査役の朝

――Chasma(カズマ)


夜明けの二時間前に、決めた。


端末を開いて、短い文を打つ。観測位置から単機発進。波形は、第一精鋭隊の隊長機。到達は、夜明け。それだけを書いて、宛先に監査棟を選んで、送信の前に一度だけ読み返した。知らせれば、彼女の朝が変わる。変えるのは俺だ。変えないままにするのも俺だ。どちらも選べる場所に立って、俺は、変える方を選んだ。まず、知るの、と言った人から、知る機会を取り上げない。それだけの理屈だった。


送信して、待つ間、監査棟の窓に灯りが点くのが見えた。点いた灯りは、消えなかった。三分後に、返信が来た。一行だった。


「ありがとう。——今日は、監査役でいるわ」


今日は。その二文字の置き方に、彼女の夜明けまでの全部が畳んであった。俺は端末を閉じて、機体へ歩いた。


---


夜明けと、藍は同時に来た。


単機。禁制線の外、高度六千で静止。武装の色は灯っていない。夜明けの弱い光の中で、藍だけが濃かった。三度測られ、一度斬り結び、名前を昨日まで知らなかった人の機体が、通告の距離で止まっていた。


通信は、全帯域への公式送信で来た。


『王権星団政府の名において、通告する。当該遺構について、管理権の共有を提案する。回答期限は——教団船群の、低軌道到達時とする。以上』


読み上げる声は、平坦だった。乱れも、含みも、個人の温度もない。公式文書を読む声が、公式文書のまま、夜明けの空に一度だけ響いて、消えた。


期限の切り方だけが、雄弁だった。円が閉じるまでに決めろ。閉じてからでは、王権は共有ではなく回収に来る。脅し文句を一つも使わずに、時間の論理だけで脅す通告だった。


拠点は、通告の間、静まり返っていた。単機で来て、静止したまま、公式文を一度だけ読む。武力の誇示より、その手順の少なさの方が、圧として重かった。一機で足りると思っている側の、手順の少なさだった。


連邦の回答は、一時間で出た。拒否。三つの勢力の要求を、三つとも断った状態が、これで完成した。


「後続、検知」とλが言った。「十機。……第一精鋭隊、全機です」


---


芯のある整列は、別物だった。


十機が隊長機の高度へ滑り込み、藍が、一枚に繋がった。数日前、計測に来た十機を、俺は十本のよく研がれた刃だと思った。今日のは違う。十本が、一本だった。一枚の巨大な刃が、十の点で同時に存在している。読もうとして、すぐに諦めた。十機の色は読める。読めるのに、十機とも同じことしか書いていない。個の意思が、藍の中に溶けて消えている。


教団は、読めなかった。無いものは読めない。


王権の整列は、読めて、無駄だった。全部が一つなら、読む意味がない。


攻撃は、通告の期限を待たなかった。回答が拒否である以上、期限は儀礼で、儀礼は済んだ。十一機が降下に入り、制圧戦が始まった。


彼らは、壊さなかった。


砲座を潰さず、砲座の旋回機構だけを撃つ。哨戒機を落とさず、推進器だけを焼く。縦坑口には一発も向けない。焦土の翌日に来た軍隊は、焦土の正反対——地形と設備を無傷で残したまま、守る側の手足だけを、精密に、順番に、外しにかかっていた。


欲しいものを壊す軍隊はいない。この戦い方が、王権の要求書の続きだった。


『砲座三番、旋回不能! 四番も——』


連邦の管制が、損害の種類に戸惑っていた。破壊なら、破壊の対処手順がある。旋回機構だけを正確に焼かれた砲座は、書類の上では健在で、実際には置物だった。健在な置物が、一基ずつ増えていく。


『器用な連中だ』とシドが言った。『——器用なのは、褒め言葉じゃないぞ、この場合』


それでも、序盤は受け切った。λの警報を最速で回し、ガルムが継ぎ目を二重にし、シドが三発のうち一発を使って、突出した二機の進路を捻じ曲げた。受け切れている間だけ、受け切れていた。使える札を全部切って、ようやく釣り合う盤面は、札が一枚欠けた瞬間に終わる盤面でもあった。


「カレン。膝は」


『保つわ。……保たせる』


応急の当て板のままの膝で、カレンは阻止線に立っていた。シドの残弾は三発。俺たちは、満身の状態で戦える日をとうに過ぎた隊で、満身の敵を受けていた。


---


均衡は、二十分で傾いた。


一枚の刃は、こちらの連携の継ぎ目だけを正確に突いてくる。ガルムとカレンの壁の噛み合わせ、シドの装填の間隙、λの警報から俺の反応までの遅延。先日、計測で採られた俺たちの数字が、今日、武器になって返ってきていた。偽装した俺の数字だけが外れていて、外れている分だけ、俺の周りだけ攻めが浅い。浅さの分の圧が、全部、他の三人に回っていた。


ガルムの指示が、初めて後手に回った。指揮の遅延を測られた指揮官は、遅延を読まれる前提で指示を組み直すしかなく、組み直した分だけ、指示は複雑に、遅くなる。測られた数字は、こういう形で牙になる。数日前の健康診断の、答え合わせの日だった。


「カレン、二時方向——」


λの警報より、敵の射線の方が速かった。


応急の膝が、回避の初動で半瞬遅れた。半瞬は、あの整列には十分すぎた。三本の射線がカレンの機体を挟み、二本目が胴を抉った。装甲が裂け、機体が姿勢を失って、氷の斜面を滑り落ちていく。


『カレン!』


『——生きてる』と、途切れながら声が返った。『機体は、死んだわ。……左腕と、肋骨。動けない。ごめん、なさい』


謝るな、と言いかけて、言葉が出なかった。滑り落ちた機体の上を、藍の三機が素通りしていく。止めを刺さない。彼らは壊しに来ていない。ただ、こちらの手足が一本、確実に減った。減った分の圧が、次の継ぎ目へ移動していく。


ガルムの声が、何かを言っている。シドの残弾が、二発になった。λの警報が、二箇所同時の突破を告げた。


足りない。浅場と、技術と、連携で埋めてきた全部が、今日、足りない。


入口は、見えていた。ずっと見えていた。見えていて、入らない——それが仕事だと、λは言った。その仕事を、俺は三度、守り切った。


今日は、違う日だった。


「λ」


「はい」


「潜る。——全部だ」


λの返事には、一拍もかからなかった。


「わたしが、見ています。深さの途中も、底も、ぜんぶ。……行って、戻ってください。戻りは、わたしが、覚えています」


止められると思っていたわけじゃない。それでも、迷いのなさに、少しだけ驚いた。驚いた俺に、λは足した。


「今日のために、ずっと、練習していました。あなたの深さを、外から見ている練習を。……今日が、本番です」


俺は、入口を通った。


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。


続きが気になりましたら、ブックマークを。次回、迷わず戻れます。

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