第62話_墓標
「第二昇降路へ、突破——爆装機三、護衛八」
λの警報と同時に、戦域の南東で殻の一部が割れた。
第二昇降路。連邦が要塞化の調査で見つけた、もう一つの降り口。物資の搬入路として使われてきた副坑へ、三本の赤がまっすぐ落ちていく。
主坑の防衛線から、間に合う機体は——数えるまでもなかった。俺一機。俺が抜ければ、主坑の割り手はシド一人になる。
「ガルムさん」
「行くな」
即答だった。
「主坑だ。副は——捨てる。全機、持ち場を動くな」
迷いの長さは、聞き取れなかった。聞き取れない速さで捨てる決断を出すのが隊長で、決断の速さと、決断の軽さが別物であることを、この隊の全員が知っていた。
『副坑管制、退避状況を——』
『退避完了、最終確認済み! 繰り返す、坑内に人員なし!』
連邦の回線が、爆発の前に間に合った。間に合った声の必死さだけが、あの副坑に人が通っていた日々の証明だった。
数秒後、南東の地平が白く膨れた。
三連の爆発が地盤を抉り、第二昇降路は、百五十年ぶりに見つけられた降り口ごと、岩の中に潰れて消えた。退避は完了していた。人は死んでいない。死んでいないことと、道が一つ永遠に失われたことが、同じ画面の中に並んで表示された。
「……副坑、喪失」とλが言った。事実だけの声で言って、それから、半拍だけ足した。「退避完了の確認、取れています。人的損害、ゼロです」
捨てたのは、こっちだ。捨てさせたのは、あっちだ。どちらの文も正しくて、どちらも、胸の同じ場所に落ちた。
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主坑への最後の圧は、一番大きな薪だった。
爆装機四機を、破断した装甲材で束ねた塊。λの推定で、爆散半径は単機の三倍。護衛の生き残りが周囲を固め、塊は主坑口へ、最短の線で降下してくる。
「結節点は」
「四機ぶん、四箇所。ただし——束の内側に、二箇所、隠れています。外からの射線が、ありません」
外から割れないなら、内から割るしかない。内に入るには、殻と塊の間の、動き続ける隙間を通るしかない。隙間の幅と、俺の機体の幅を、λが並べて表示した。余裕は、機体の肩幅の半分だった。
深く潜れば、楽になる。干渉で内側の結節点ごと止められる。入口は、今日も見えている。
見えていて、入らない。浅場のまま、技術で通す。
「λ。操縦、半分持て。俺は照準に全部使う」
「はい。——一・八秒、再現します」
隔壁の前の跳躍と、同じ分担だった。λが機体を運び、俺が撃つ。隙間の中で機体が三度、俺の判断より先に姿勢を変え、三度とも、変えた先が正解だった。内側の結節点、二つ。外の二つはシドが同時に割る約束になっている。
「シド。外の二点、時刻を合わせる。λの号令で」
『了解だ。……嬢ちゃん、頼む』
「号令します。三、二——」
隙間の中で、λの声だけが物差しだった。俺の二点と、シドの二点。四つの照準が、一つの数字の上で揃う。
「——今」
四点、同時。
赤い帯が、四箇所で同時に力を失った。塊は不発のまま慣性で降り続け、主坑口の手前二百メートルの岩盤に、ただの質量として突き刺さった。爆発は、来なかった。刺さった質量の影が、主坑口の照明の中で、ゆっくり伸びて止まった。四機ぶんの薪は、最後まで薪にならないまま、ただの墓標の形で立った。
「主坑——守り切りました」
λの声に、歓声の成分はなかった。俺にも、なかった。守り切った、の中に副坑は入っていない。今日の勘定は、最初から欠けた形でしか合わなかった。
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夕刻、藍の十機は、来た時と同じ無言で引き上げていった。
最後の一機が反転する時、その機体は一瞬だけ、主坑口の方角へ機首を向けた。計測波は、来なかった。ただ向けて、戻して、編隊の末尾についた。見ていたのか、確かめていたのか、それとも意味などないのか。同じ煤を浴びて、同じ薪を割って、回線ひとつ繋がないまま、敵は敵のまま帰っていく。奇妙さに名前をつけようとして、やめた。名前のつかないものが増えていくのが、この宙域だった。
連邦側の被害集計が回線に流れた。砲座二基損壊。戦死七、負傷二十一。読み上げる管制の声は事務的で、事務的であるほかない数の日だった。七、を俺は覚えておくことにした。
「長距離弾、残三発」とシドが申告した。「明日、同じ規模が来たら、俺は三回しか仕事ができん。……補給の書類、今夜書く」
「私は膝の駆動系」とカレン。「整備、朝までかかる。……あの機体のことは、聞かないで」
聞く者は、いなかった。二度止めた機体の話を、二度聞く必要はなかった。
ガルムは全員の申告を聞き終えて、一言だけ言った。「今日の形は、覚えとけ。**敵が敵を撃つ戦場は、これから増える**。誰が味方かじゃなく、誰が同じ的を撃つかで考えろ」
教団の残存を、λが推定した。降下体七十一のうち、撃墜と不発化で六十三。円の九隻は、健在。収縮は、続いている。
「そして、あなたの生体負荷です」とλは続けた。「連続戦闘の蓄積が、警告域に入りました。今日の消耗は、単発の戦闘の二・二倍に相当します。……回復の速度が、消耗の速度に、追い付き始めていません」
追い付き始めていない、という言い方を、λは選んだ。追い付いていない、と言い切るまでの、あと半歩の場所。半歩の余白は、多分、λの優しさで、同時に、正確さだった。
「寝る」と俺は言った。「寝れば、追い付くか」
「今夜の分は。……明日も戦闘があれば、明日の分は、追い付きません」
明日も戦闘がある前提で、λは話していた。俺も、その前提を訂正できなかった。
岩棚の上に、木星が出ていた。縞の光の下で、丘陵のあちこちに、今日の不発の薪が転がっている。連邦の処理班が一機ずつ信管を抜いては、慎重に運び出していく。夜通しかかる作業だった。燃えなかった火の後片付けは、燃えた火の後片付けより、ずっと手間がかかる。
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深夜、λの声で目が覚めた。
「観測位置の艦隊から、一機、発進しました」
寝袋の中で、目だけ開けた。
「単機です。編隊を、伴っていません。加速度——高い。針路、この宙域。……波形の照合が、終わりました」
λは、そこで一度、言葉を切った。切り方で、続きが分かった。
「以前、戦闘中に実測した——隊長機の、波形です」
芯が、来る。
「到達予測は」
「現在の加速が維持された場合——夜明けです」
夜明け。焦土の翌朝に、単機で。護衛も、編隊も、通告もなしに。測りに来るのか、撃ちに来るのか、それとも別の何かか。どれであっても、朝には分かる。
寝袋から出て、岩棚の縁まで歩いた。監査棟の灯りは、消えていた。眠れているといい、と思った。それから、朝までに決めなければならないことが一つ増えたことを、静かに認めた。
あの波形の名前を、彼女に知らせるかどうか。
知らせれば、彼女の朝が変わる。知らせなければ、俺が黙ったことが残る。どちらを選んでも欠ける種類の選択を、木星の光の下で、夜明けまで預かることにした。
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