第61話_薪
――Pyra
朝、放送が止まった。
「——止まりました」とλが言った。「反復送信、途絶。……全周波数、静かです」
期限を毎回積み直しながら回り続けた声が、消えた。消えた静けさは、どの警報よりも速く、拠点の全員を配置につかせた。鳴らすことを望まない、と言った連中が、黙った。黙る理由は、一つしか思いつかなかった。
「全艦、開きます」
λの声と、連邦の警報が、今度はほとんど同時だった。
配置は、警報の前に終わっていた。連戦の疲労は消えていないのに、体の方が先に手順を覚えている。乗り込み、起動し、λの点呼に応える。カレンの機体は膝の駆動系に仮の当て板のまま、シドの弾倉は昨日の残りのまま。満身の状態で戦える日は、多分もう、この宙域には来ない。来ない前提で、全員が持ち場についた。
九隻。円の全てが、同時に船腹を開いた。降下体が次々に吐き出され、λが数えていく。
「降下体、総数——七十一」
過去最大の数字だった。だが、λの報告はそこで終わらなかった。一拍置いて、声の質が変わった。
「七十一のうち、二十九機の輪郭が……既知の機体と、一致します。照合しました。昨日、我々が撃墜し——彼らが、回収した機体です」
二十九。
昨日、氷溝から一機残らず拾われていった数字が、そのまま、空から降ってきた。
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異形は、目で見て分かった。
落ちた機体たちは、修復されていなかった。潰れた脚も、砕けた装甲もそのままに、胴体へ帯状の何かが幾重にも巻かれている。俺の目には、その帯の色が見えた。密度の高い、赤。爆裂弾の赤が、無色の機体に、それだけ巻いてあった。
色のない機体に、赤だけがある。死んだ機体を、火だけが動かしている。
『……あれ』とカレンの声がした。『三列目の左。両脚のないの。——私が落とした機体だわ』
両脚を刈られ、腕で這って、止められた機体。昨日カレンが何も言わずに撃ち止めた一機が、赤い帯を巻かれて、空を降りてくる。カレンはそれきり黙った。黙った回線の向こうで、彼女の照準系が起動する音だけが聞こえた。自分が止めた機体を、もう一度止める仕事が、これから始まる。
『悪趣味だ』とシドが短く言った。『こっちの手で落とした機体を、こっちの喉元に返してくる。……撃つ側の気持ちを削りに来てる。設計に、それが入ってる』
「爆装転用です」とλが言った。「機体全体が、起爆装置です。推定爆散半径——直撃した場合、砲座一基が半径ごと消えます」
拾った理由が、これだった。
弔いでも、解析封じでもない。薪だった。自分たちの落ちた機体を薪に変えて、燃やしに戻って来た。二十九の薪と、四十二の護衛。針路は防衛線ではなく、その先の地形——縦坑口と、支持地盤と、地表に残る百五十年前の遺構へ、まっすぐ向いていた。
勝ちに来ていない。今日は、燃やしに来ている。
「全体へ」とガルムの声。「爆装機は近づけるな。近づいてから落とすな。**遠くで、割れ**。起爆部を外して撃て。外し方は——」
「送信します」とλが引き取った。「起爆帯の結節点を、全機の照準系に共有します。結節点以外への直撃は、誘爆します」
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遠くで割る、は言うほど簡単じゃなかった。
割る、の意味は昨日までと違う。落とすのでは足りない。落ちた機体は爆装のまま地表に転がり、地表で爆ぜれば結局、遺構が削れる。起爆帯の結節点だけを撃ち抜いて、火の仕組みを殺してから落とす——一機ごとに、外科の精度が要る仕事だった。
爆装機は速くない。速くない代わりに、止まらない。護衛の四十二機が周囲に薄い殻を作り、殻の内側を、赤い薪がゆっくり降りてくる。殻を剥がさないと薪に届かず、剥がしている間に薪は進む。連邦の砲座は近接信管の面制圧が主で、爆装機に撃てば地表で誘爆する。撃てる者が、限られていた。
「シド。結節点、見えるか」
『見える。……嫌な位置に付けてあるな。設計した奴は、こっちの射線を分かってやがる』
シドの長距離射撃が、最初の一機を割った。起爆帯の結節点だけが弾け、赤い帯が力を失って、機体は不発のまま丘陵に落ちる。割れた。割れることは、証明された。あとは、二十八回、同じ精度を繰り返せるかどうかだった。
カレンとガルムが護衛の殻を剥がし、シドと俺が薪を割る。λが結節点の位置を機体ごとに更新し続ける。一機、二機。三機目は護衛に射線を塞がれ、四機目の前に護衛を三機落とす必要があった。数の圧が、精度をゆっくり削っていく。
七機目で、初めて外した。
結節点の三センチ横。赤い帯が半分だけ弾け、残り半分が生きたまま、爆装機は降下を続けた。λが再計算し、シドが○・八秒後に残り半分を割った。地表まで、あと四百メートルの高度だった。四百メートルの余裕を、余裕と呼べる神経は、もう誰も持っていなかった。
「外した理由を言います」とλが言った。「あなたの照準の微振動が、開始時の一・三倍です。疲労です。……補正を、わたしが持ちます。あなたは引き金に集中してください」
分担の線が、また半歩、λの側に動いた。動かすしかなかった。
「弾薬残量、六割」とλ。「このペースでは、薪より先に、こちらの弾が尽きます」
分かっていた。分かっていても、ペースを上げれば精度が落ち、精度が落ちれば誘爆する。消耗戦の形が、きれいに嵌まっていた。嵌めた側の設計の悪意ごと、きれいだった。
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戦場の外から、藍が来た。
十機。等間隔、等速度。通告も、回線の接続もなく、王権の第一精鋭隊が教団の第二波へ、横から突入した。
芯のない整列が、今日は戦うために揃っていた。護衛の殻が、藍の十機に触れた端から剥がされていく。計測に来た日とは別物の、本気の機動だった。読めない敵を、彼らは彼らのやり方で——幾何と数と訓練の再現性で、潰していく。
開放帯に、一度だけ、声が乗った。
『王権軍は、いかなる陣営とも共闘しない。——同じ的を、撃つだけだ』
それきり、藍は喋らなかった。連邦の管制が問い合わせを三度送り、三度とも、応答はなかった。
藍の戦い方は、鮮やかで、無駄がなく、そして薪を一機も撃たなかった。
彼らが撃つのは護衛だけだった。爆装機には指一本触れず、殻だけを几帳面に剥がしていく。誘爆の危険を、こちらに全部残す仕事の分け方だった。それでも、殻が剥がれた薪は俺たちが割れる。同じ的を撃つだけの十機は、的の選び方が正確で、正確さの中に、彼らの損得だけが綺麗に畳まれていた。
彼らが剥がす殻と、俺たちが割る薪が、口裏を合わせたように噛み合っていく。共闘ではない。ただ、両方が最短で動くと、結果として噛み合う。戦場だけが知っている種類の、冷たい相性だった。
連邦の管制は、三度の呼びかけの後、王権機を「識別・中立」に分類し直した。中立、という札の下で、昨日こちらを測りに来た十機が、今日はこちらの防衛線の穴を塞いでいる。札の言葉が現実に追い付いていないのは、いつものことだった。
燃やされて困るものが、あちらにもある。それだけの理屈で、敵が敵を撃っていた。
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