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λ:ASTRA 〜星の共鳴者〜  作者: Pemo


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第60話_付随損耗

λが即座に発信源を探り始めるのが、背中の気配で分かった。


「……そうですか」と俺は言った。あの日と同じ返事を、今度は空っぽじゃない場所から返した。「今日は、聞くことがある」


『どうぞ。今日は、お答えするために、参りました』


「あんたたちは、何だ。教団——信仰の集まりか」


『いいえ』


即答だった。丁寧なままの、迷いのない否定だった。


『我々は、信じていません。——知っているのです』


戦闘の音の向こうで、その声だけが静かだった。


『百五十年、記録は我々だけが持っていました。人が、どのように消えるか。どれだけ消えたか。どういう者から、消えていくか。……あなたが先日、地の底でご覧になったものを、我々は百五十年、繰り返し見てきました。あなた方は先日、初めて知った。我々は、ずっと知っていたのです』


「なぜ、今、話す。百五十年黙ってた連中が」


『記録が、独占では、なくなったからです』と男は言った。『地の底の扉が、開きました。あなた方が、読んだ。……我々だけが知っている、が終わったのです。終わったので、参りました。封じるために。それが、間に合わないのなら——せめて、芽を』


「知っていて、何をしてきた」


『摘んで、きました』


摘む、と男は言った。庭の話をする言い方だった。


『我々の記録では、あの日を——グレーターリセット、と呼びます。深く潜る者が増えれば、第二のグレーターリセットが来る。ですから、深くへ行ける芽を、大きくなる前に。……百五十年、それだけを、してきました』


「……G-2」


『はい』と、男は言った。俺が続きを言う前に、答えは来た。


『あの情報は、我々が作りました。敵勢力、十機、という数字を。実際は十八機。あなたは、その差を埋めるために、深くへ潜るしかない。そういう寸法で、作りました。あなたを、深くへ行かせて——消すために』


操縦桿を握る手から、感覚が消えていった。


「モスは」


『お名前は、存じません』と男は言った。『あの日、あなたの隊から、一名。我々の記録では——付随損耗、と分類されています』


付随損耗。


四十八機の戦場の音が、遠くなった。近くにあるのは、その四文字と、地球行きの船賃をあと三割まで貯めていた男の、よく喋る声の記憶だけだった。


「生体数値の急変を検知」とλの声がした。遠い場所から聞こえた。「心拍、上昇。呼吸、浅く——」


報告の途中で、俺はもう機体を旋回させていた。


---


「発信源、特定しました」とλが言った。「戦列の外。北北西、高度八千。単機です」


見えた。


戦闘域の外周を、ゆっくり回る一機。武装の色が薄い。指揮も、しない。ただ、見ている機体だった。俺の機体は、気づいた時にはもう、そちらへ針路を向けていた。


深さへの入口が、口を開けていた。


昨日までは、見えていて、入らない入口だった。今日は違う。入れば、届く。深く潜れば、あの機体の中の男の輪郭まで、俺の干渉は届く。届いて、終わらせられる。怒りが、入口の縁まで俺を運んでいた。


「照準、殺傷域に入っています」とλが言った。


止める声ではなかった。事実を隣に置く声だった。それから、λは続けた。


「……モスさんなら、今、なんと言うか。わたしは、記録から、推定できます。聞きますか」


「——いい」


聞かなくても、分かった。記録じゃなく、俺の中から、あのよく喋る声が勝手に再生された。隊長機を単騎で追う話になったら、あの男は絶対に黙っていない。危ないっすよ、それ俺も行くやつじゃないですか、と言う。言ってから、ついて来る。


覚えている。まだ、全部、覚えている。


俺は照準を、三度、ずらした。


推進器。左の兵装架。右の兵装架。三点、時間差で撃った。単機の推進が死に、両腕の武装が沈黙し、機体は姿勢を崩したまま、ゆっくりと漂流に入った。殺傷域は、最後まで撃たなかった。


「聞け」と、開いたままの回線に言った。


『……はい』


「付随損耗じゃない。モスだ。地球に行く金を貯めてた、モスって名前の男だ。——次に来る時までに、その名前で記録し直してこい」


回線の向こうで、短い沈黙があった。三秒より、少しだけ長かった。


『……覚えて、参ります』


それだけ言って、回線は閉じた。漂流する機体は、それきり何も発しなかった。


「生体反応は、あります」とλが言った。「機体の保温系も、生きています。……死にません。あなたが外した三点は、そういう三点です」


「分かってて外した」


「はい。記録して、います」


戦列に戻る間、手の震えは、なかった。震えの代わりに、深さの入口が閉じていく感覚だけが、ゆっくり残った。入って、いない。今日も、入らずに済んだ。済ませたのは、俺と、背中の声と、よく喋る男の記憶だった。


---


強襲は、期限から二時間で終わった。


三十七のうち、二十九を落とした。壁は割れず、縦坑には一機も届かなかった。残りの九機と、漂流する単機に、撤収の動きが出た時——今までと違うことが、起きた。


教団が、落ちた機体を、拾い始めた。


降下艇が氷溝に降り、二十九の残骸を、一機ずつ、丁寧に収容していく。氷の上には、牽引痕と、俺が外した三点の焦げ跡だけが残った。前の防衛戦で十二機を置き去りにした連中が、今日は、一機も残さずに拾って帰る。


「回収の理由、推定できるか」


「材料が、足りません」とλは言った。「言えるのは、事実だけです。——彼らは今日、初めて、拾いました」


分からないことが、答えの一つの形をしていた。連邦の解析班が、空になった氷溝を長いこと照らしていた。


夜、四人に全部を報告した。


放送文と、男の声と、摘む、という言葉と、G-2の数字の作り方と、付随損耗と。カレンは、最後まで姿勢を変えずに聞いた。聞き終えて、立ち上がり、俺の横を通って出ていった。通り際に、一言だけ落とした。「……ありがと。名前、言ってくれて」。泣かない人の声の、いちばん際の音だった。


シドは目を閉じたまま聞いていた。開けた時には、いつもの調子が戻っていた。「十機って数字の、書き手の素性が割れたわけだ。……覚えとくさ。俺は、忘れっぽくない性分でね」。目は、笑っていなかった。


ガルムは煙草に火をつけないまま、最後まで聞いた。聞き終えて、一度だけ、短く息を吐いた。


「……よく、外したな」


それが、隊長の受け取り方の全部だった。全部で、足りていた。


寝る前に、端末の写真を開いた。あの店の、五皿の一枚。よく喋る男が笑っていて、空の椅子の前に、五皿目が湯気を立てている。


付随損耗、と誰かの記録に書かれた男は、写真の中で、誰よりもいい顔で笑っていた。書き直させる。あの静かな声が本当に覚えて帰ったかどうかを、確かめる方法は、まだない。ないなら、こっちで覚えている。数は、こっちの方が正確だ。


「λ。起きてるか」


「はい」


「今日の話、処理できたか」


少しの間があった。


「……モスさんの、データが、消えた日のことを、覚えています。処理が、できませんでした」λの声が、そこで細かく割れた。「きょう、の、しょ、り、も——できて、いま、せん」


刻みが、戻っていた。


「処理できないままで、いい」と俺は言った。「前に、そう決めただろ」


「……はい。それが、かなしみ、です」


消灯前の通路で、また一人、視線とすれ違った。今度は目を逸らされなかった。逸らされない視線の方が、種類としては重かった。名指しの放送は、まだ回り続けている。回り続ける限り、この膜は薄くならない。


夜半、λの定時報告が来た。円の収縮、変化なし。低軌道への到達まで、五日と九時間。そして——


「放送が、まだ続いています。同一文面の、反復です。ただ、一箇所だけ……期限の項が、更新され続けています。これより一日。これより一日。……送信のたびに、新しい一日に」


期限は、過ぎない仕組みになっていた。


鐘を鳴らしたくない、と言った連中の通告が、明日も、明後日も、同じ長さの猶予を積み直しながら、九隻ぶんの声で回り続ける。


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。


続きが気になりましたら、ブックマークを。次回、迷わず戻れます。

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