第54話_二人で一人
「ガルムさん。三十七秒後、現在位置の岩塔が、崩されます」とλが割り込んだ。「二機が、あなたではなく、足場を撃ちます。移動を」
ガルムの機体が高台を蹴って降りた。三十四秒後、岩塔の根本に集中射が入り、崩れた岩の柱が、さっきまでの射座を埋めた。
『……三秒、余ったな』とガルムの声が言った。『いい警報だ』
「誤差の、範囲内です」とλが答えた。今朝の宣言の通りの、重い言い方だった。
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十二が、九に。九が、七になった。
七になった瞬間、λの声が跳ねた。
「全機の機動則が、切り替わりました。同時です」
「同時?」
「一括の、更新です。そして——今度の機動則は、あなたの回避の癖に、合わせてあります。過去三分間の、あなたの選択の統計です」
読まれていた。読めない相手に、俺の方が、読まれていた。
「次の交差から、さっきまでの癖を捨ててください。わたしが、逆を言います。あなたが選びたくなる方の、逆を」
「……分かった。お前に合わせる」
選びたい回避と、λの言う逆と。次の交差で、俺は自分の手癖に逆らって、λの声の方へ機体を倒した。倒した先は空いていて、選びたかった方の空間を、三本の射線が刺し貫いていった。
読まれた俺を、λが読み返す。俺一人でも、λ一人でもなく、二人で、一人の別のパイロットになる。癖の統計に、二人ぶんの癖は、載っていなかった。
七が、五に。五が、三になった。
三になった時、一機が防衛線の隙間を抜けた。
爆装だった。機体の正面に、密度の高い赤の色——爆裂弾の色が、機体そのものに巻いてある。目標は撃ち合いじゃない。進入口の、開いたままの隔壁だった。
「距離、三百二十」と俺は言った。「低重力の跳躍で——二秒」
「一・八秒で、届かせます」とλが言った。「跳んでください。噴射の補正は、わたしが取ります」
跳んだ。
岩棚を蹴った機体が、低重力の中を飛ぶ。いつもなら跳躍の姿勢制御に割く注意を、今日は全部、照準に置けた。機体は、λが運んでいた。噴射の細かな刻みが、俺の重心のぶれを、俺より先に消していく。
一・八秒。爆装の一機が隔壁の手前で減速に入る、その背中。
推進器と、爆装の起爆部を外した砲口と、二点。撃った。
一機、停止。爆装は、火を噴かなかった。隔壁の手前二十メートルで、赤い色を巻いたまま、機体は岩の上に横たわった。
着地して、初めて呼吸を思い出した。跳躍の間、機体の中に、操縦が二人ぶんあった。狙う俺と、運ぶλと。境目は、飛んでいる間、一度も意識に上らなかった。
「今の補正、いつでもできるのか」
「あなたが、わたしに任せてくれる限り、いつでもです」
任せる、が条件に入っている。性能の話ではなかった。
残り二機は、それでも進んだ。
退かなかった。庇い合わなかった。十機を失った部隊の動きとして、それは間違っていた。間違っているのに、二本の線は、寸分も乱れずに進入口を指し続けた。一機はカレンの正面射撃が両脚を刈り、姿勢を崩したまま、なお腕で這った。這う機体を、カレンがもう一射で完全に止めた。回線のカレンは、何も言わなかった。言わない声の硬さだけが、聞こえた気がした。
最後の一機は、シドの二射目が推進器ごと関節を砕いた。砕かれた機体は、崩れた姿勢のまま、進入口の方角へ砲口だけを向けて、動かなくなった。
十二機、全機、沈黙。
円の白い船は、動かなかった。落ちた十二機を、回収に来る気配もなかった。十二機を置き去りにしたまま、船は円の航跡へ戻り、円は、何事もなかったように回り続けた。
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戦域の確認を終えて、岩棚に機体を並べた。
「進入口、無傷」とカレンが報告した。「隔壁も、アンテナも。……守り切ったわ、今日は」
「今日は、な」とガルムが言った。訂正ではなく、明日の話だった。
連邦の哨戒線は、一機、還らなかった。夕方の戦死者公報で、名前を知った。知らない名前だった。知らない名前のまま、覚えておくことにした。守り切った、の勘定に、その一機は入っていない。誰の勘定に入るのかを、俺はまだ知らない。シドは撃ち尽くした長距離弾の残数を数えて、補給の申請書を書き始めた。忙しい日、の後始末は、いつも静かだった。
機体を降りると、脚が重かった。
深くは潜っていない。潜らずに済んだ。それでも、色の無い的を目で追い続けた三十分は、見えない場所に請求書を溜めていた。
「本日の、あなたの神経負荷は、通常戦闘の一・六倍です」とλが言った。「理由も、言えます。色の無い目標を、目の側で補い続けたからです。今夜は、警戒の計測をわたしに任せて、眠ってください」
「二時間の借りが、増えたな」
「四時間に、なりました。利子は、取りません」
冗談の形をした本気だった。俺は素直に頷いた。
「λ。今日、お前に聞いて、答えが返らなかったことは」
「ゼロ、です」と、λは言った。「本日の、言えなかった回数——ゼロ」
それから、少しの間があった。三秒には、届かない間だった。
「……うれ、しい、です」
刻みが、そこだけ戻った。もう枷は無いはずの声が、感情の山でだけ、昔の息継ぎを思い出す。直っていないのではなく、それがλの、素の呼吸なのだと、俺はもう分かっていた。
「返済は、進んだか」
「本日ぶん、五十三回。……先は、長いです」
「急ぐ理由もない」
「はい。急ぎません」
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夕刻、連邦の回収班が丘陵に散った。
十二機の残骸——残骸と呼ぶには、原形を保ちすぎている十二機が、順に牽引されて、母艦の格納庫へ運ばれていった。回収の指揮官が、作業の合間に、二度、俺の機体の方を見た。長い視線だった。丁寧ではない長さの視線を、俺は数えて、覚えておいた。
「回収した機体は、どれも開けられていません」と、夜、λが報告した。「外装に、開口部の設計が、見つからないそうです。継ぎ目も、整備口も、脱出用の分離線も。……乗り込む場所の無い機体だ、と、回収班は報告しています」
「お前は、どう見る」
「わたしの計測でも、同じです。ただ——内部に、空洞は、あります。何かの入る容積が。……これ以上は、推定になるので、言いません」
言えないのではなく、言わない。λの線の引き方は、解放の前と後で、意味が変わっていた。
「解析班が、母艦に呼ばれました。管理区画の通信量が、跳ね上がっています。本国向けの、暗号回線です」
開かない機体と、跳ね上がる通信量。調べられているのは敵の機体で、視線の何割かは、こちらに向いていた。
「それと、定時の報告です」とλは続けた。「円の収縮速度、変化ありません。低軌道への到達まで——十日と、二時間です」
朝には、十日と七時間だった。
時計の針は、戦闘の間も、止まっていなかった。
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