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λ:ASTRA 〜星の共鳴者〜  作者: Pemo


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第5話_闇市場 (改稿済み)

気になる箇所に修正を入れました。

ご不便おかけしますが何卒よろしくお願い申し上げます。

――Kleros(クレロス)


その部屋には、椅子が二つしかなかった。


アストラ王権軍情報局の聴取室。机を挟んで、情報士官と、C-7区画から生還した准エースが向かい合っていた。パイロットは軍歴八年、偽装戦術の教導資格を持つ男だ。その男の指先が、机の上で細かく震えていた。


「もう一度聞く。貴官の部隊は十二機。相手は一機。五十八秒」


「はい」


「相手はどんな機体だった」


「灰色の量産機です。連邦系の中古に、寄せ集めの部品。傭兵の機体でした。ただ——」


「ただ?」


パイロットは言葉を探した。八年の軍歴のどこにも、当てはまる言葉がなかった。


「観測、不能でした。こちらの兵装を、撃つ前から知っていた。充填の完了を、外から見ていた。シールドの位相の揺らぎを——見て、いたとしか」


「センサーの記録には」


「何も。何も残っていません。だから観測不能だと申し上げています」


士官は長い間、報告書の画面を見ていた。それから脅威区分の欄を一段階引き上げ、備考欄に一行だけ打ち込んだ。


《単独交戦禁止。継続観測対象》


---


《灰狼》の食堂は狭い。テーブルが三つ、椅子が十二脚。それで全員が座れる。


「だから、宇宙食のカレーは別物だって言ってるの」とカレンが言った。


「でも俺、本物のカレー食ったことないんで比較できないです」とモスが言った。「生まれてからずっとコロニーなんで。地球の食いもんって、一回でいいから食ってみたいんですよ。本物のカレー。重力のあるとこで育ったスパイスのやつ」


「食べたことないの?」


「ないです。戦争が落ち着かないと民間船が飛ばないじゃないですか」


「そうね」とカレンは少しだけ窓の外を見た。「私も、火星に久しく帰ってない」


「実家、連絡つきました?」


「……忙しいだけだと思う」


モスが余計なことを聞いたという顔で黙り、それから慌てて話題をカレーに戻した。シドが黙って二人のやり取りを聞きながら、静かに飯を食っていた。


端の席は、空いたままだった。


誰も座らない。誰もそのことを口にしない。ただ、モスが時々そちらを見て、見なかったことにする。それが今の《灰狼》の食堂だった。


「燈さんは」とモスが俺に振ってきた。「カレー、食ったことあります?」


「ない」


「じゃあ約束しましょう。いつか全員で食いに行くって。本物のやつ」


「ああ」と俺は言った。約束というものの重さを、この時の俺はまだ量り間違えていた。


---


依頼は翌日に来た。


「中立宙域の採掘プラットフォーム、ケレスⅢへの物資護衛だ」とガルムが依頼書を机に置いた。「三日の往復、戦闘の公算は低い。海賊避けだ」


俺は依頼書より先に、λの報告を思い出していた。今朝、機体の点検中に、λが言ったのだ。


「がい、ぶ、ゆ、にっ、と、の、しん、ごう、が、てい、し、し、ました。てい、し、ざ、ひょう——けれす、すりー、です」


移動していた信号が、止まった。止まった先が、依頼の目的地と同じだった。


偶然ではないのだろう。墓場を漁った回収業者の品は、闇市場に流れる。中立宙域で一番大きい闇市場は、ケレスⅢの下層にある。あのユニットは商品として運ばれ、売り場に着いた。それだけのことだ。


「ガルムさん。現地で、拾い物の続きを探します」


ガルムは煙草の火を見たまま、半秒だけ黙った。


「……荷下ろしの間は自由にしていい。金は貸さんぞ」


「借りません」


---


ケレスⅢの下層は、匂いから違った。


機械油と、香辛料と、正体の分からない煮込みの匂い。採掘プラットフォームの居住区の、そのさらに下。回収品市と呼ばれる区画に、出所を聞かない売買だけで成立する経済が広がっていた。墓場漁りの品。軍の横流し。三勢力の谷間でしか生きられない品物と人間が、ここに集まる。


λの端末を携行モードで持ち歩きながら、俺は露店の列を歩いた。


「はん、のう、が、ちか、づい、て、い、ます。……みぎ、しゃ、せん、です」


右斜線の先、通路の突き当たりに、古びた露店があった。店主は皺だらけの老人で、回収業者の作業服のまま店番をしていた。台の上に、部品が雑多に並んでいる。


その中の一つだけが、淡く発光して見えた。


青みがかった白。λと同じ色。


手のひらに載るほどの、細長いユニットだった。値札代わりの木札に「型番不明・通信部品」と書いてある。


「あれ、です」とλが言った。


「爺さん、それはいくらだ」


老人は俺の顔とユニットを見比べて、金額を言った。俺の有り金で、ぎりぎり届かない額だった。傭兵の稼ぎは修理費とλの電力費に消えている。


値切りにかかろうとした時、横から声がした。


「その倍、出そう」


身なりのいい男だった。仕立ての良い民間服、柔らかい物腰、商人の笑顔。後ろに護衛が二人。


俺には見えていた。護衛の腰の得物から滲む魔力波の色が。市販品の色じゃない。王権軍の制式規格の、揃いの青白だった。


男は民間人の顔で、軍の得物を連れて、型番不明のガラクタに倍の値をつけた。


老人が男の金額に頷きかけた。俺に競る金はなかった。


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