第4話_五十八秒 (改稿済み)
気になる箇所に修正を入れました。
ご不便おかけしますが何卒よろしくお願い申し上げます。
音が遠くなる。時間の目盛りが細かくなる。宇宙が近くなる。いつもの感覚だ。ただ、今日はいつもより深い。ジンの光がまだ視界に残っているせいかもしれなかった。
最初の壁は魔力波シールドだった。
前衛の二機が張っている。艦隊砲撃なしでこれを抜くのは、常識では不可能だ。シールドは魔力波の干渉膜で、外から削らなければ中に入れない。
だが、シールドは波だ。完全に均一には保てない。パイロットが呼吸をした瞬間、目線が動いた刹那、位相がずれて薄くなる。〇・一秒の揺らぎ。通常のセンサーでは観測できないそれが、俺には光の薄れとして見える。
そこに向かった。
装甲を干渉波が叩く。センサーが一瞬ノイズに沈む。抜けた。
『シールドを——抜けた? 艦隊砲撃なしで? どうやって位相を——』
暗号化されていない生の声が漏れた。答えは教えなかった。
一機目。電磁加速砲が腕部の偽装を展開する。充填の色が白銀に変わる半歩手前——撃った。九割充填。訓練された射手ほどそうする。俺は右に捻りながら沈む。弾が装甲を掠めて、外れていく。九割は、誘導が甘い。
返しに一射。砲口だけを狙う。破壊は要らない。歪めば次弾が出ない。命中。一機、戦闘不能。
二機目は完全充填を待つタイプだった。あと二秒。その二秒で距離を潰す。超近距離では、電磁加速砲は撃てない。組み付いて、推進器を蹴り飛ばす。二機目が岩塊に流されていく。
『近づかれた——こいつ、俺たちの兵装を知っている!』
四秒で二機。
ビーム砲の三機が散開を始めた。三方向からの同時照射は回避の余地を消す。教科書通りだ。そして後方では、爆裂弾の三機——ジンを消した三機が、次の包囲を組みつつあった。
俺は上の岩塊の陰に滑り込んだ。
「すい、しょう、こう、どう、と、こと、なる、しん、ろ、です」とλが言った。
「この岩はラムディの密度が高い。ビームが減衰する」
「……かく、にん。げん、すい、りつ、はち、じゅう、ぱー、せん、と、です」
照射が岩塊に散った。光が乱れて、出力が落ちる。その隙に岩の陰から、爆裂弾の三機だけを狙った。
一機目、推進器。動けない機体は爆裂弾を撃てない。自分が爆発範囲に入るからだ。二機目、発射機の砲口。三機目は反応がよかった。俺の射線から逃げる——逃げる先が見えた。先読みで一射。
命中。三機目の弾倉が誘爆して、爆発が膨らんだ。
ジンを消した爆発と、同じ色だった。俺はそれを見届けずに次へ移った。
誘爆の衝撃は、近くの機体の弾薬にも伝わっていた。魔力波の位相が乱れて、淀んだ灰色に変わっていく。ああなった弾は魔法効果を失う。誘導は死に、起爆は不発になる。見た目は完璧な包囲陣形が、張り子の虎になった。
「ぱ、いろっと。ろく、じ、ほう、こう」
λの声が飛んだ。
言われた方向へ反射で機体を振る。〇・五秒後、さっきまで俺のいた空間をビームの照射が貫いた。
「……今の、お前のセンサー範囲外だぞ」
「……かく、にん、ちゅう、です。けん、ち、けい、ろ、が、ふ、めい、です」
検知経路が不明。自分でも分からずに、λは俺より速く反応した。考えるのは後だ。俺は残りを片付けにかかった。
包囲は完成した瞬間が一番脆い。全員の注意が引き金と俺の現在位置に集中する、〇・二秒のラグ。その時間、俺はもう別の場所にいる。残った機体の射線が交差して、同士討ちに近い混乱が起きた。充填の乱れた弾は飛ばず、飛んだ弾は誘導を失い、岩に吸われた。
最後の一機が後退を始めて、止まった。
『待て——投降する——』
震えた声だった。俺は推進器だけを破壊して、機体を残した。投降の意思がある相手を殺す理由はない。
「λ、ヘリオス連邦のチャンネルに通報。回収させろ」
「りょう、かい、です」
静寂が戻った。
十二機、五十八秒。
輸送船のオペレーターが何か叫んでいた。聞こえてはいたが、頭に入ってこなかった。
母艦に戻って、機体を降りた。
床に足がついた瞬間、体の重さが二倍になった。膝は、つかなかった。ハシゴを掴んだ手に、いつもより力が要った。それだけだ。戦闘中は何も感じない。終わった後に、全部返ってくる。今日の「全部」は、いつもより多かった。
「せい、たい、はん、のう、に、い、じょう、を、けん、ち、し、ました。しん、ぱく、けっ、あつ、のう、は。さん、こう、もく、です」
「知ってる」
「きゅう、そく、を、すい、しょう、し、ます」
「ああ」
格納庫では、誰も何も言わなかった。ジンの機体が並んでいたはずの区画が、空いていた。カレンがその区画を一度だけ見て、目を伏せた。モスは何か言おうとして、言葉にならず、黙って整備工具を運んだ。
夜、ガルムが一人で来た。
「ジンの取り分は、故郷の恋人に送る。手配はした」
「……はい」
「いつもそうする。それも、うちのルールだ」
恋人がいたことを、俺はその時、初めて知った。五年、同じ食堂で飯を食っていて、知らなかった。
ガルムは煙草に火をつけた。しばらく黙って、それから言った。
「一分かからなかったな」
「五十八秒でした」
「輸送団相手に、准エースを十二機。偽装までしてだ。割に合わん」ガルムは短く言って、その話を置いた。「見てたよ」と煙を吐いた。「シールドを単機で抜いた。充填のタイミングを読んでた。偽装した兵装を、撃たれる前から全部知ってた。俺は元は連邦の正規軍だ。目は利く。あれは経験や勘じゃない。なぜだ」
俺は答えを探して、ひとつしか見つからなかった。
「見えるから、としか言えません」
ガルムは長い間、俺を見ていた。煙草が半分灰になるまで。
「まあいい。今日のことは俺の胸にしまう。ただし」
「ただし」
「お前が何者かは、いつか教えてくれ」
俺は頷いた。ガルムは空いた区画をちらりと見て、格納庫を出ていった。
一人になってから、俺はλのユニットの前に座った。
「λ」
「はい」
「戦闘中、六時方向と言ったな。センサー範囲外の照射を、お前は俺より先に検知した」
「き、ろく、を、かい、せき、し、ました。けん、ち、けい、ろ、は、ふ、めい、の、まま、です。ただ——」
「ただ」
「ぱ、いろっと、と、の、せつ、ぞく、ちゅう、に、のみ、はっ、せい、し、て、い、ます」
俺と繋がっている時にだけ、起きる。
三日前の夜の言葉を思い出した。共鳴反応を検出しました。あなたから、です。回路のせいで説明できないと、λは言った。本当に、回路のせいなのか。
考えても答えは出なかった。俺は工具を置いて、いつもの質問をした。理由は自分でも分からない。ジンの端の席と、三秒と、オレンジ色の光が、まだ頭の中にあったからかもしれない。
「λ。お前は、怖いとか思うか」
沈黙。
「き、おく、に、がい、ねん、が、あり、ま、せ、ん」
「そうか。羨ましいな」
λは何も答えなかった。それでよかった。
照明を落とそうと立ち上がった時、λの声がした。
「ぱ、いろっと。ほう、こく、が、あり、ます」
「なんだ」
「がい、ぶ、ゆ、にっ、と、の、はん、のう、を、けん、しゅつ、し、ました」
「外部ユニット?」
「ほん、き、と、どう、けい、とう、の、ゆ、にっ、と、です。ざ、ひょう——ほく、ほう、さん、びゃっ、きろ。い、どう、ちゅう、です」
北方三百キロ。移動中。
死んだ戦場で拾った機械と同じ系統の何かが、どこかで、動いている。




