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λ:ASTRA 〜星の共鳴者〜  作者: Pemo


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第49話_遮断線

――Kyanos(キュアノス)


報告は、艦内時間の二十二時七分に入った。


その時刻、アステリア・ヴァンスは自室で当日の計測記録を整理していた。第一精鋭隊十名の訓練波形、艦隊の防空配置の更新、八十万キロ先の連邦船団の観測ログ。整理は毎晩、同じ順序で行う。順序を変えないのは、変えた日に見落とした数字が、いつか自分を殺すと知っているからだった。


並走は、四十日を超えていた。


八十万キロ。互いに見えて、互いに手の届かない距離を、二つの船団は同じ一点へ向けて飛び続けた。連邦の七隻が衛星の低軌道に入り、降下艇を降ろし始めてからは、観測ログの行数が倍になった。降下班の規模、降下の頻度、滞在時間。彼女は毎晩それを写し、頻度の増え方から、地下で見つかっているものの重さを推定した。推定は推定として、別の欄に分けて書いた。測った数字と、推定した数字を、同じ欄に書く人間を、彼女は信用していない。


呼び出しは、作戦室からだった。


「連邦船団の対本国通信、過去十二時間で平時の四十倍に増加。暗号形式は連邦軍の最新規格。解読は——できません」


通信士官の声は、後半で小さくなった。読めない通信の報告に、作戦室の何人かが姿勢を戻した。読めないなら、卓に載せる価値はない。そういう戻し方だった。


彼女は投影の前から動かなかった。


「内容は要らない。量の推移を出せ。一時間刻みだ」


折れ線が浮かんだ。平坦だった線が十四時間前に立ち上がり、上がったまま、降りていなかった。事務連絡は山を作って降りる。緊急の事態は、上がって、降りない。彼女は線の形を五秒見て、結論を口にした。


「連邦は、何かを見つけた」


作戦室が静かになった。


「見つけたものの中身は分からない。分かることは三つある」彼女は指を立てなかった。数字は指ではなく、順序で示すものだった。「一つ。連邦の降下班は三日続けて地下に入り、昨日から本国との協議が続いている。二つ。護衛艦四隻の防空配置は、まだ探査序列のままだ。要塞化の手順に入っていない。三つ。協議が終われば、本国の最初の指示は防備の強化になる。連邦の標準手順で、完成まで七十二時間」


「つまり」と、艦隊司令の提督が言った。老いた声だった。老いた分だけ、動かない声でもあった。


「今なら、観測窓を三十万キロまで押し込めます。三日後には、二度と押し込めません」


「本国の承認がない」


「承認の往復には、最短で四時間かかります。この会議の間にも、連邦の協議は進んでいます」


「教団の船が、進路上にいる」


「医療船です。書類の上では」


「書類の上では、我々も観測船隊だ」と提督は言った。


沈黙が一拍あった。提督は折れ線を見て、それから星図の九つの白い点を見た。九隻の医療船。目標の衛星を遠巻きに囲む、静かな円。着いてから今日まで、一度も陣形を崩していない船団だった。


「……前進する。全艦、第二戦速。ヴァンス隊長、貴官の隊は即応待機」


「了解しました」


会議が散った。彼女は最後まで作戦室に残り、九つの点の現在座標を、自分の端末に写した。人任せの数字は信じない。自分で写した数字だけが、彼女の数字だった。


---


前進開始から四時間で、円が動いた。


九隻のうち、三隻。巡回と称する円弧の航跡が、同時に向きを変えた。新しい針路は三本とも、王権艦隊の進路の前方で交わる。円の弧が、遮断の弦に変わった。


通告は、なかった。航路管制への変更申請も、警告通信も、こちらの照会への応答も。


白い船だった。武装の突起がなく、船体側面に保護団体の記章を描いた、書類通りの医療船。この四十日、艦隊は三度、儀礼の照会を送っている。応答は三度とも、なかった。医療船は遭難周波数の照会には必ず応える。応えない医療船を、彼女は観測記録の分類欄で、最初から「不明船」と書いてきた。


三隻は無言のまま等間隔に並び、並び終えると同時に、白い船腹を開いた。


「発艦を確認。機動兵器——各艦十二。計三十六機」


「所属識別は」


「応答なし。機体形式、既知のどの系列とも一致しません。それと——」観測士官の声が、一度止まった。「共鳴反応が、ありません。三十六機、全機です」


艦橋の空気が変わるのが、回線越しに分かった。


共鳴反応のない機動兵器は、理論上は無人機だ。だが、無人機の機動ではなかった。三十六機は艦隊の迎撃予測を先回りする散開に入っていて、その散り方には、機械の反復ではなく、判断の速さがあった。


『読めない』と、護衛戦闘艦の共鳴者の一人が回線で言った。若い声だった。『波が——何も、ない』


読もうとするな、と彼女は思った。思っただけで、まだ言わなかった。言うべき場所は、ここではなかった。


---


「機動隊の迎撃は艦載機で行う」と提督が言った。「貴官の隊は艦隊防空の予備に——」


「提督。艦載機の共鳴者は、あれを読めません」と彼女は言った。「読めない的に向けた機体は、的になります。機動隊は、私の隊が潰します。艦は、一隻も撃たせません」


提督は一拍だけ考えて、頷いた。


格納庫まで、彼女は走らなかった。走る隊長は、走る理由を隊に伝染させる。歩幅だけを広げて歩き、搭乗し、起動手順を順に確かめた。手順は完璧で、無駄がなく、一度も速くならなかった。急いだ手順は、必ずどこかを省く。


「隊長」と若い副官が回線で言った。「また、先頭ですか」


「読めない相手を、お前たちに読ませる気はない。読むのは、私の仕事だ」と彼女は言った。「お前たちは幾何で飛べ。座標と、時間と、射線。今日は、それ以外を考えるな」


『……了解』


オメガ・タイラント、発進。後続、十機。


加速の中で、彼女は自分の波を開いた。


十の波形が、順に彼女の周期に嵌まっていく。一機ずつ、点呼のように。三番機の波形にだけ迷いの揺れが残っていて、彼女は揺れが収まるまで、自分の周期を〇・八秒、深くした。揺れが消えた。十機と一機が、一つの藍になった。


部下たちは、これを整列と呼ぶ。畏れの混ざった呼び方だと知っている。彼女の側の実感は、もう少し地味だった。十人分の迷いを、私が預かる。預かった分は、私が処理する。それだけの、事務だった。


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。


続きが気になりましたら、ブックマークを。次回、迷わず戻れます。

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