第40話_同じ方角
翌日、ガルムが情報網の報告をまとめた。
「面白くなってきたぞ。三つ、動きがある」
一つ。王権が観測船隊を編成し、木星圏へ発たせた。編成には第一精鋭隊の名前も挙がっている。
二つ。教団系の「保護船」の航路申請が、木星方面で急増している。表向きは辺境コロニーの巡回医療。
三つ。連邦の木星圏探査計画が、突然、前倒しになった。
「王権も、教団も、連邦も」とガルムは煙を吐いた。「全員が、同じ場所を見始めてる。あの断片と同じものを、それぞれがどこかで拾ったんだろう。……戦争の焦点が、資源から、別の何かに移りかけてる」
「第一精鋭隊が観測船の護衛につくというのが、特に妙だ」とシドが言った。「あれは戦闘部隊だ。観測任務に回す部隊じゃない。王権は、観測先で戦闘があると踏んでる」
「教団の保護船の方も妙よ」とカレンが情報端末を繰った。「巡回医療にしては、船の数が多すぎる。それに航路申請の日付——王権の観測船隊の編成より、二週間、早いの」
二週間早い。教団は、王権より先に動き始めていた。全員が同じものを拾ったのではなく、教団だけは、拾う前から知っていたのかもしれなかった。
「別の何か、とは」
「知らん。知らんが、経験則で言えるのは一つだ」ガルムは灰を落とした。「全員が同時に欲しがるものの正体ってのは、大抵、全員の想像と違う」
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打診は、その日の夕方に来た。
連邦軍部、正式文書。木星圏探査船団の護衛契約。期間、最低四ヶ月。報酬は過去最高額。備考欄に、指名条項——燈機の随行を必須とする。
「即答はしない」とガルムは全員の前で言った。「長期だ。火星の戦線を離れる。報酬はいいが、きな臭さも過去最高だ。……全員で決める。三日やるから、考えておけ」
カレンが最初に口を開いた。
「私は、行ってもいい。……正直に言うとね、火星を離れるのは、少しほっとする。家族は避難先で落ち着いたし、丘は当分、前線から外れた。ここにいると、毎朝、丘の方角を確かめるの。それがちょっと、疲れた」
正直だった。正直さが、あいつの休み方だった。
シドは腕を組んで、短く言った。
「きな臭い方に、答えがあるもんだ。俺は乗る」
クロムは「整備部品の補給計画を見てから」と言い、それが実質の賛成だった。
俺の番だった。俺は、まだ答えなかった。
「燈は迷ってるの?」とカレンが聞いた。「あなたが一番、行きたい理由がありそうなのに」
「行きたい理由があるから、迷ってる」と俺は言った。「指名条項つきだ。俺の理由と、連邦の思惑と、契約の条件が絡んでる。……俺が行きたいから行く、で全員を巻き込んでいいのか、それを考えてる」
「馬鹿ね」とカレンはあっさり言った。「三日前、私の丘を守ったのは誰よ。巻き込むとか巻き込まれるとか、うちはもう、そういう帳尻で動いてないの」
シドが小さく笑い、ガルムが煙を吐いた。答える前に、確かめたいことが一つ、残っていた。
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三日の猶予の、最初の夜だった。
格納庫は静かで、整備を終えた機体が三機、照明の下に並んでいた。シドの機体と、カレンの機体と、俺の機体。墓場のフレームと、闇市場のアンテナと、慰霊標の翼を継いだ、寄せ集めの一機。その頭部で、青白い光が呼吸の周期で明滅していた。
夜、格納庫で、λに聞いた。
「最後の外部ユニットの反応。正確な方角は」
「もくせいけん、です」とλは言った。「……そして、ほんじつ、ざひょうを、さいけいさん、しました。だんぺんの、ざひょうと——ごさ、はんい、ない、です」
誤差範囲内。
同じ場所だった。読めない記録の指す座標と、誰かの足跡の最後の一歩が、同じ場所にあった。
戦争の焦点が、そこへ移りつつある。王権も、教団も、連邦も、そこを見ている。ステラの祖母は、そこから来た。λの記号と同じ系統の信号が、そこを指している。そして、俺のための部品の、最後の一つが、そこにある。
全部が、同じ方角を指していた。
「λ」
「はい」
「行くことになったら、長い旅になる。四ヶ月。戦線からも離れる」
「いく、のです、か」
「……まだ、決めてない」
λの青白い光が、いつもの周期で明滅した。それから、いつもと違うことを言った。
「きまったら、おしえて、ください。——わたしは、いきたい、です」
「お前は、行きたいのか」
「はい」と、λは即答した。「なつかしい、が、なんなのか、しりたい、です。しらない、ままで、いるのは——きもちが、わるい、です」
知らないままでいるのは、気持ちが悪い。
怖い、を覚えたλは、いつの間にか、知りたい、を覚えていた。受け身の感情から、前へ出る感情へ。俺はλの光を見ながら、少しだけ笑った。
「わかった。俺の答えも、決まった」
「きいて、いいですか。……いく、りゆうは、ことばに、なりましたか」
アステリアが取り下げなかった三つ目の質問と、同じ場所を突く問いだった。λは時々、彼女と同じくらい正確に、痛いところへ来る。
「半分だけな」と俺は言った。「知らないままでいるのは、気持ちが悪い。——お前の言った通りだ。俺の親父のことも、あの記号のことも、俺自身のことも、知らないことが多すぎる。全部の答えが同じ方角にあるなら、行かない理由の方が、もう見つからない」
「はんぶん、ですね」とλは言った。「のこりの、はんぶんも、みつかったら、きろく、させて、ください」
「約束する」
翌朝、ガルムに答えを伝えた。三日を待たずに、全員の答えは揃った。行く。全員で。
契約書の署名の欄に、ガルムがペンを置く前に、一度だけ全員の顔を見た。誰も、何も言わなかった。言わないことが、答えだった。
窓の外の暗がりの、ずっと向こうに、木星がある。肉眼では見えない距離の、その方角を、俺はしばらく見ていた。
戦争と、俺の謎と、誰かの足跡の最後の一歩が、同じ座標を指している。その座標に向かって、俺たちは進路を取る。
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