第34話_粒子翼
基地に戻って、クロムと二人で粒子翼を装着した。
背部の接続基部が、例によって誂えたように合った。何十年も前の部品が、寄せ集めの機体に、最初からそこが定位置だったような顔で収まる。三度目だから、もう驚かなかった。驚かない自分に、少しだけ引っかかった。
接続作業は二時間かかった。クロムが基部の配線を締めながら、何度も首をひねった。
「変な部品だ。規格は古いのに、劣化がほとんどない。保存状態が良すぎる。……大事に、しまわれてたんだな」
大事に。クロムの何気ない言葉が、妙に正確に聞こえた。
起動試験で、翼が開いた。
二枚の構造体からラムディ粒子の場が展開して、淡い光の翼が機体の背に広がった。物理的な翼ではない。粒子の場が、推進と姿勢制御を機体の外側から支える。
「きょか、しょゆうしゃを、にんしき、しました。りゅうしよく——せつぞく、かんりょう、です」
試験飛行に上がった。
別物だった。
今までの機動が、歩きだったと思うほど、機体が軽かった。旋回に慣性の重さがない。加速に立ち上がりの遅れがない。俺の意思と機体の動きの間にあった、薄い膜のような遅延が、消えていた。
渓谷の岩を縫って、低空で一周した。今までなら減速の要る旋回半径を、減速なしで抜けた。急制動をかけると、粒子の場が慣性ごと受け止めて、機体が空中で静止した。歩きから、走りに変わったのではない。歩きから、泳ぎに変わったような、媒質ごと違う動きだった。
「λ、応答性の計測は」
「きどう、おうとうそくど——きゅうじゅっパーセント、こうじょう。……あなたの、いしの、そくどに、きたいが、おいついて、きて、います」
意思の速度に、機体が追いつく。
基地に戻って着艦すると、クロムが整備台の上で腕を組んでいた。
「……見てたぞ、今の試験飛行。なんだあの動きは。化け物が、化け物になったな」
「褒めてるのか」
「褒めてない。整備班の悪夢が増えたと言ってる」と言いながら、クロムはもう粒子翼の基部を覗き込んでいた。文句と好奇心が同居するのが、こいつのいいところだ。
通りかかったシドは、翼を一瞥して、一言だけだった。
「次の攻勢、少しだけ気が楽になった」
コックピットの計器の縁に手を置いた時、また、あれがあった。
温かい。
機械の熱ではない、別の温かさ。アンテナの時と同じで、どこかで知っている気がして、どこで知ったのか、思い出せない。三度目でも、思い出せなかった。ただ、三度目には、一つだけわかったことがあった。
この温かさは、俺に、嫌がられていない。
「ぱいろっと」とλが言った。「この、ユニットを、おいた、ひとは、なぜ、いれいひょうの、うらを、えらんだのだと、おもいますか」
「……わからない。ただ」
「ただ?」
「いつか、わかる気がする」
こんかいも、きろく、しておきます、とλは言った。わからないことの記録が、λの中に、少しずつ溜まっていく。
説明のつかない確信だったが、そう感じた。置いた誰かの、置いた時の何かが、部品の温度に残っている。そんな理屈の通らないことを、俺の手は、勝手に信じていた。
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帰投報告に行くと、ガルムは書類の山の向こうで煙草を吸っていた。
「回収完了です。背部ユニット一基。クロムと装着まで済ませました」
「そうか」とガルムは書類から目を上げずに言った。それから、目を上げないまま、聞いた。
「……その標に、第七混成の名は、あったか」
第七混成。
慰霊標の部隊名の列を、俺は思い出した。王権と連邦と、傭兵団の名前が並んだ金属板。その中に、確かにあった。
「ありました。連邦側の列に」
「……そうか」
「戦死者、四十一名と」
「四十一」とガルムは繰り返した。数字を、確かめる言い方だった。確かめて、合っていたのだと、それきり黙った顔でわかった。標を見ずに、数字まで合う。
ガルムは煙草の灰を落とした。それきり、何も言わなかった。第七混成が何なのか、なぜそれを聞いたのか、聞いてもいいのか——聞く前に、ガルムが書類を一枚めくって、話は終わりだという音を立てた。
半秒の止まり方が、また一つ、俺の中に積まれた。
ガルムは、あの谷を知っている。第七混成の名を、標を見ずに言えるほどに。宙域名で手が止まり、部隊名を確かめ、そして何も話さない。話さないことと、知らないことは、違う。ガルムのそれは、いつも、話さない方だった。
聞けば、答えるのだろうか。聞かない方がいいから話さないのか、聞かれるのを待っているのか。半秒の積もった高さだけでは、まだ判別がつかなかった。
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夜、λが定例の報告をした。
「ほんじつの、すうじ、です。せんとうは、ありません、でした。かんしょう、とうたつりつ——こうしんなし。なまえの、けんさ——もんだい、ありません」
「そうか」
「それと。のこりの、がいぶユニットの、はんのう——もくせいほうめん、いっこ、です。これが、さいごの、はんのう、です」
木星方面。最後の一つ。
アンテナ、粒子翼、そして、あと一つ。誰かが宇宙に点々と残した足跡の、最後の一歩が、木星の方角にあった。
考える間もなく、基地の警報系が低く唸った。全体通達だった。
『王権軍、攻勢再編の完了を確認。予測進攻軸——第三防衛線、丘陵地帯』
丘陵地帯。
カレンの丘だった。
通達の流れた食堂で、カレンがカップを持ったまま、壁のスピーカーを見上げていた。表情は動かなかった。動かない訓練を、あいつは十二の年からしてきた。
視線が合った。カレンは何も言わずに、一つだけ確かめた。
「……色、覚えてるわよね」
「覚えてる。λもだ」
「よし」とカレンは言って、カップの中身を飲み干した。「じゃあ、守りましょ」
言い方は軽かった。軽く言うために、あいつがどれだけの練習を積んできたのかを、俺はもう知っている。
その夜、粒子翼の最終調整を終えた機体が、格納庫の照明の下に立っていた。墓場のフレームと、闇市場のアンテナと、慰霊標の翼。誰かの足跡を三つ拾って、俺の機体は、少しずつ、俺の知らない誰かの機体に似ていくのかもしれなかった。
三日後、丘の戦いが始まる。
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