第32話_回収
停電のように、だった。
渦が消え、機材が沈黙し、照明が安定した。音が戻った。そして、いつの間にか——現場に、三人、立っていた。
無色の者たちだった。
フードの旅装。人の形。見えているのに、色がない。三人が男を囲むように立っていて、何をしたのか、していたのか、俺の目にも、見えなかった。魔力波の全てが見える俺の目に、彼らの行為だけが、映らなかった。
三人は、男に触れる前に、揃って小さく一礼した。回収する物への礼ではなかった。人への、礼だった。その丁寧さが、かえって、背中を冷たくした。
男は座席の上で意識を失っていた。輪郭は——滲みが、止まっていた。戻ったのか、止められただけなのか、それも読めなかった。
「な、何者だ! ここは軍の施設——」と駆けつけた警備士官が誰何した。
三人のうちの一人が、無言で書類を差し出した。士官が読む。読んだ士官の顔から、勢いが抜けていく。
「……『共鳴障害者の保護受け入れに関する協定』……本部の認証済み……」
「該当者を、保護します」と無色の一人が言った。丁寧な、温度のない声だった。
士官は本部に照会し、本部は通せと言った。担架が運ばれ、白い布が肩まで掛けられ、意識のない男が乗せられた。三人がそれを囲んで歩き出す。職員も、軍人も、誰も止めなかった。書類が一枚、全員の足を止めていた。
いや——止めていたのは、書類だけではなかった。職員たちの目は、担架を見ないようにしていた。見送る顔ではなく、見なかったことにする顔だった。この施設で、これが初めてではないのだと、その顔の慣れ方でわかった。
軍は知っているのだ。こうなった共鳴者の行き先を、自分たちが持っていないことを。だから彼らに、渡す。厄介の払い先として、この協定は機能していた。
担架が通路に消える間際、最後尾の一人が、足を止めた。
振り向いた顔に、見覚えがあった。宙港の人混みで隣に立った、あの男だった。
男は俺を見た。色のない目が、まっすぐに。
「あんたたちは、彼を、どうする」
「保護します」とだけ、男は言った。それ以上でも以下でもない、完結した三文字だった。
それから、男は付け加えた。
「——二人目に、なりませんように」
「……二人目?」
男は答えず、頭を小さく下げて、通路の向こうに消えた。
二人目。一人目が、いる言い方だった。
そして男の目は、二人目の候補として、俺を見ていた。今日、渦に手を伸ばした俺を、あの無色の目は、どこかから見ていたのかもしれない。
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ステラは、談話室の入り口に立ち尽くしていた。
顔から色が引いたまま、戻っていなかった。監査役の顔でも、政治家の孫娘の顔でもなかった。古い言い伝えを聞いて育った子供の顔が、そこにあった。
「……見せたかったのは、病棟までよ」と彼女は言った。声が少し掠れていた。「あれは、違う。あれは——見せたくなかった」
「知っていたんですか。ああなることを」
「知らない。……知らないけど」ステラは自分の手を見た。指先が微かに震えていて、彼女はもう片方の手で、それを押さえた。「祖母の言い伝えの、続きがあるの。深くまで潜ってはだめ。潜れば——」
そこで、止まった。
15番基地の夜と同じだった。彼女は続きを言わない。言わないのではなく、今日のあれを見た後では、言えないのだと、押さえた指の白さでわかった。
「……彼は、戻ってくるんですか。あの協定で引き渡された人は」
ステラは、少しの間、黙った。
「監査の権限で、届く範囲の記録は全部見たことがあるわ」と彼女は言った。「協定で引き渡された共鳴者が、戻ってきた記録は——ないの。一件も」
「一件も、ない」と俺は繰り返した。
「ええ。死亡記録もないの。ただ、記録の上から、いなくなる。名簿から名前が消されるんじゃない。名簿ごと、届かなくなるの」ステラは押さえていた手を、ようやく下ろした。「……私が監査を続ける理由が、また一つ増えたわ。今日のことは、必ず報告書に書く。書いても、握り潰されるでしょうけど。それでも、書いた事実は残る」
握り潰されても、書く。彼女の戦い方は、最初からずっと、記録することだった。
「帰りましょう」とステラは言った。「今日はもう、監査になれない」
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帰路の艦内で、λが口を開いた。
「ほうこくが、みっつ、あります」
「聞こう」
「ひとつ。きょうの、じこの、けいそくデータを、ほぞんしました。うずの、はっせいから、しゅうそくまで。……ただし、しゅうそくの、しゅんかんに、なにが、おきたかは、けいそく、できません、でした」
「俺の目にも見えなかった」
「ふたつ。あの、むしょくの、ひとたちを、わたしは、けんちできません。せいたいはんのうも、まりょくはも、なにも。……けんちできない、そんざいが、こわい、です。けいそくできない、ものは、そなえられません」
計測できないものは、備えられない。λの怖さは、いつも正確だった。
「それと、ひとつ、ていせいが、あります」とλは続けた。「あなたは、きょう、ひきもどせなかった、ことを、はじて、います。しんぱくの、パターンで、わかります。……でも、ひけなかったのは、ちからぶそくでは、ありません」
「じゃあ、何だ」
「ささえの、ない、てを、のばしたから、です。わたしは、きょう、そとがわを、もって、いません、でした。じゅんびの、ない、てが、とどかないのは——とうぜん、です」
支えのある手なら、届いたのか。その問いを、俺は飲み込んだ。答えを知りたい日が、来ない方がいい問いだった。
計測できないものは、備えられない。だが、支えられるものは、ある。λの二つの言葉が、同じ夜の中に並んだ。
「三つ目は」
「がいぶユニットの、はんのうです。この、しせつから——にひゃっキロ。ちかい、です」
二百キロ。火星方面のユニットが、すぐそこにいた。
俺は窓の外の暗さを見ながら、無色の男の言葉を考えていた。二人目に、なりませんように。一人目は、誰だ。深く潜って、戻らなくて、それから——どうなった、誰かだ。
考えの糸は、どこにも届かないまま、二百キロ先の座標だけが、次の行き先として残った。
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