第27話_整列
――Dialogos
王権軍前線基地の格納庫で、重装の機体が目を覚ました。
OMEGA TYRANT。第一精鋭隊隊長機。標準機の一・五倍の装甲と、四門の主兵装。整備班が最終確認を終えて退がり、コックピットで、アステリア・ヴァンスは各系統の起動を順に確かめていた。手順は完璧で、無駄がなく、祈りに似た正確さだった。
「隊長」と若い副官が通信で言った。「本当に、ご自身で先鋒に立たれるのですか。隊長の位置は本来、後方の——」
「本来の位置なら、測れないものがある」
「……例の傭兵ですか」
アステリアは答えなかった。答えの代わりに、出撃承認のコードを打った。
測り残しが、ある。F-9の日から、埋まらないままの数字が一つ、残っていた。
彼女は交戦した相手を全て記録する。機動の癖、判断の速度、力の上限。上限を測り切れなかった相手は、軍歴で二人目だった。一人目は、測り切る前に戦死した。今度は、そうなる前に測る。
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警報は正午に鳴った。
「おうけんぐん、こうせいを、かいし。だいいちは、せんとうしゅうだん、さんじゅうろっき。しんろ——よそくえんの、とうえん、です」
予測円の東縁。丘の連なりからは、まだ遠い。だが確実に、こちらへ向かう攻勢だった。俺たちは連邦の防衛部隊と共に迎撃線へ上がった。
先鋒集団の色が、俺の目に届き始める。電磁加速砲の青白、ビームの橙、爆裂弾の赤——そして、集団の中心に、金。
金の芯に、藍があった。
「λ、中央の機体を照合」
「しょうごう、かんりょう。きたいめい——オメガ・タイラント。おうけん、だいいちせいえいたい、たいちょうき、です」
アステリア。
F-9で「次に会う時は、今日より正確に測りに来る」と言った声を、俺は覚えていた。約束を守るタイプの敵だと、あの時の色でわかっていた。
「来たか」
「はい。……きて、しまいました」
λの言い方に、俺は少しだけ笑った。笑えるうちに笑っておくべき相手だった。
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奇妙なものが、見え始めた。
彼女の中隊、十機。接近するにつれて、その十機の魔力波が、変わっていった。ばらばらだった十の色が、藍に、揃っていく。
恐怖の白ではない。忠誠の熱でもない。もっと静かな何かだった。十人のパイロットの意思の波形が、中央の藍と同じ周期に、整列していく。乱れがなくなる。迷いがなくなる。個人の色が薄れて、一つの藍の編隊になる。
美しい、と一瞬思ってしまった。そして、その美しさの種類に、背筋が冷えた。
墓場の静けさに、少し似ていた。
「λ。あの整列は、なんだ」
「かんそくじれいが、ありません。ただ——ちゅうおうきの、きょうめいはが、へんたいぜんたいに、どうきして、います。しはい、という、ひょうげんが、ちかい、かもしれません」
支配。
開放回線が開いたのは、その時だった。
『久しいな、燈』
藍の声だった。F-9の時と同じ、温度のない、正確な声。
「アステリア」
『覚えていたか。光栄だ』と声は言った。『通信を開けたままにする。撃ち合いながらで構わない。——お前に、聞きたいことがある』
言い終わる前に、彼女の中隊が動いた。
十機の初撃が、完全に同時に来た。射線は十本とも別の未来を塞いでいて、普通のパイロットなら、回避先そのものが存在しない打ち方だった。俺は十本の充填を撃たれる前に読み、十本の隙間のさらに隙間へ、機体をねじ込んだ。
『初撃を抜けたか』と藍の声は言った。感心でも動揺でもない、記録の声だった。『では、続けよう』
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最初の三十秒で、わかったことが二つあった。
一つ。整列した編隊は、恐ろしく強い。個々の技量はF-9のエース級と同等でも、十機が一つの意思で動くと、隙間が消える。俺がいつも通り抜けてきた「感情の波の谷」が、この編隊には存在しなかった。全員が、凪いでいる。
試しに、一機ずつ読もうとした。一機目、藍。二機目、藍。三機目も、藍。十人のパイロットを順に見て、十回、同じ色に行き当たった。十人の中に、十人が、いなかった。
二つ。アステリア自身は、もっと強い。
重装のはずのオメガ・タイラントが、俺の機動に食らいついてくる。読みにくい藍の意思が、俺の先読みの半歩後ろまで迫る。完全には追いつかれない。だが、離れない。こんな敵は、初めてだった。
『一つ目の質問だ』と藍の声が言った。彼女の主砲の一射が、俺の回避先を掠めた。『G-2。なぜ、十八機を殺した』
弾を返しながら、俺は答えを探した。ごまかしは、この相手には通じない。彼女は報告書の数字を全部読んでいて、俺の戦い方を測りに来ている。嘘は、計測誤差としてすぐ露見する。
「……仲間を、殺されたからだ」
『それは引き金だ。理由ではない』と彼女は正確に切り分けた。『E-4もF-9も、お前は誰も殺さなかった。殺す技術がなかったのではない。殺す方が、遥かに簡単だったはずだ。それでも外し続けたお前が、なぜ十八機を——お前は、そういう者ではなかったはずだ』
そういう者ではなかったはずだ。
敵の口から、それを言われるとは思わなかった。
「……そういう者で、なくなりかけた」
『なくなりかけた』
「外す理由が、見えなくなっていた。今は——見え方が、戻ってきている。それだけだ」
短い沈黙。彼女の弾が止まった一拍、何かを記録するような間があった。
『見え方が戻った、と言ったな。何が戻した』
「……人に、区別をされた」
『区別?』
「選んで殺したのか、見えなくなっていたのかは違う、と。それだけだ」
『……なるほど。いい観測者が、近くにいるらしいな』
問われてばかりも性に合わなかった。俺は撃ち返しながら、聞いた。
「あんたこそ、なぜ隊長が先鋒に出る。本来の位置じゃないだろう」
『測るためだ』と彼女は即答した。『数字は、人任せにすると嘘が混ざる。自分の目で測った数字しか、私は信じない』
嫌になるほど、わかる理屈だった。
『不服そうだな』
「いや。……俺も、自分の目しか信じてない。信じられる目が、自分のしか、なかったから」
『そうか』と彼女は言った。『では、お前と私の違いは、目ではないな。目で見たものを、何に使うかだ』
『正直だな』と彼女は言った。『いい。二つ目の質問だ。お前はその力を、何に使うつもりだ』
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