第26話_あの丘の色
家族は、四便目の列にいた。
見つけたのはカレンだった。列の監視映像を流し見していたカレンの目が、一点で止まり、それから機体ごと降下した。俺は上空警戒を続けながら、外部映像でそれを見ていた。
初老の男と、二十歳前の青年。カレンの父と、弟だった。
カレンは機体から降りて、二人の前に立った。何か短く言葉を交わした。抱擁は、一瞬だけだった。父親がカレンの肩を二度叩き、カレンが頷いた。
外部集音が、弟の声を拾った。
『姉ちゃん、それ乗ってんの!? 嘘だろ、傭兵の機体じゃん。近所に自慢していい?』
『避難中に自慢する相手がどこにいるのよ』
『避難所に決まってんだろ』
手続きの列で、父親がカレンに何かを聞いた。外部集音が、切れ切れに拾った。
『……母さんの写真は』
『持った。鍵と一緒に』
父親は頷いて、それきり黙った。喋らない親子の、喋らないなりの確認だった。
姉弟の会話は、戦争の中でも姉弟の会話だった。父親はほとんど喋らなかったが、一度だけ、カレンの機体と、上空の俺の機体を見上げて、深く頭を下げた。
収容手続きが済んで、二人が輸送船に乗り込む。カレンは搭乗口まで見送って、扉が閉まるまで立っていた。
『生きてたなら、いい』
閉まる扉に、カレンがそう言うのが聞こえた。それだけだった。
言葉より先に手続きを済ませ、荷物を確かめ、席を見届けてから、最後にそれだけ言う。カレンの愛情の形は、最初から最後まで、実務の形をしていた。
輸送船が離陸して、薄緑の空に消えていく。カレンは機体に戻る途中で一度だけ足を止め、俺に背を向けて、空を見た。
三十秒ほど、そうしていた。
それから普段の歩幅で機体に戻り、通信に普段の声で言った。
『五便目、来るわよ。仕事しましょ』
泣いたかどうかは、俺には見えなかった。見ようとも、しなかった。
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その日の最終便を送り出した後、カレンが俺の機体の隣に並んだ。
夕方だった。薄緑の空が、地平の近くだけ橙に変わり始めていた。カレンは正面の丘の連なりを指した。
「あの丘の向こうが、うちの区画。生まれた家がある」
丘は三つ連なっていて、稜線の向こうに、居住ブロックの白い構造物の頭だけが覗いていた。無人になった区画。灯りはもう、一つも点いていない。
「家は持っていけないから、置いていくの。父も弟も、鍵だけ持って出たって」とカレンは言った。「終わったら、戻る。……だから、覚えておいて。あの景色」
「覚えておく、というのは」
「あなた、色で覚えるんでしょう。今の、あの色で覚えておいて。次に来る時、同じ色だったら、守れたってことだから」
俺は丘を見た。夕方の光が稜線を縁取って、薄緑と橙の境目に、白い構造物が静かに並んでいた。魔力波の色ではない、ただの光の色だった。それでも、覚えられる気がした。
「覚えた」
夕方の色が沈みきる前に、色の配合をλにも口述で記録させた。
「なぜ、わたしにも、きろく、させるのですか」
「俺が忘れた時のためだ」
「……あなたは、わすれない、きがします。でも、きろく、します」
「よし」とカレンは言った。「帰りましょ。……ああ、それと」
「なんだ」
「昨日の夜の話、λ以外には内緒よ」
「λは、いいのか」
「λはもう聞いてたでしょ、どうせ」
「きろく、ずみ、です」とλが正直に言った。カレンが吹き出した。この星に来て、初めて聞く笑い声だった。
「ずるいわよ、λ。記録してるなら先に言いなさい」
「ろくおん、では、ありません。きろく、です」
「同じでしょ」
「ちがいます。ろくおんは、おとを、のこすこと。きろくは——だいじに、とっておくこと、です」
カレンが一瞬黙って、それから「……そう」とだけ言った。
帰投の航路で、λが戦況の更新を報告した。王権の攻勢部隊が、前線後方で再編成に入っている。次の攻勢の兆候だった。目標の予測円が、地図の上に描かれる。
その円の縁は、今日の丘の連なりに、かかっていた。
「λ」
「はい」
「あの色、消すなよ」
「けしません。——ぜったいに、です」
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