表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
λ:ASTRA 〜星の共鳴者〜  作者: Pemo


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/59

第25話_確認中

――Hestia(ヘスティア)


翌朝、ガルムはカレンを事務室に呼んだ。


俺は同席しなかった。ただ、事務室の扉が閉まる前に、ガルムが机の上に端末を伏せて置くのが見えた。昨夜、俺が転送した通知の画面だろう。カレンは一人で、あの赤い地図を見ずに済む。それだけのことだが、それだけのことには、なった。


十分後、カレンは普段の顔で出てきた。普段の顔を作れる程度には、受け止めたということだった。


「聞いたわ」と俺の前で足を止めて、カレンは言った。「転送、あなたでしょう」


「……ガルムさんに聞いたのか」


「聞いてない。でも、あの人は通知の類いを朝まで寝かせておける人よ。夜のうちに動くのは、あなた」


観察されているのは、俺の方だった。カレンは短く「ありがと」と言って、それから事務的な声に切り替えた。


「それで、依頼の話。連邦から避難支援の要請が来てる。北半球、第三居住区。避難民の護送と、輸送船の直衛」


「第三居住区って」


「うちの区画の、隣」とカレンは言った。「偶然じゃないわ。避難計画はブロック単位で進むから、隣が動く時はうちも動く。……行くわよ。仕事だもの」


仕事だもの、の言い方が、少しだけ速かった。誰もそこには触れなかった。


出撃準備の間、シドが装備の点検をしながら言った。


「第三居住区か。避難支援ってのは、護衛より神経を使うぞ。守る相手が、動くし、怯えるし、指示を聞かん」


「経験があるんですか」


「正規軍の頃にな。……一つだけ教えておく。避難民の列の上を飛ぶ時は、低く飛ぶな。機影が列に落ちるだけで、人は走り出す。走れば、転ぶ。転べば、敵がいなくても死人が出る」


「覚えておきます」


「頼んだ。今日のあれは、カレンの故郷だ」


---


降下の前に、カレンは基地の通信ブースに並んだ。


三時間待ちの列に、今日も並んだ。俺は付き合いで隣に立った。列は避難区域に家族を持つ者たちの列で、誰もが同じ角度に顔を伏せていた。


前に並ぶ老人は、鉢植えを抱えていた。手荷物二十キロの枠に、土の入った鉢を入れてきた人だった。後ろの母親は、幼い子供に「並ぶのも仕事よ」と言い聞かせていた。列は静かで、その静かさの種類が、墓場のそれと少しだけ似ていた。


三時間後、ブースの回線は「接続不可」を返した。


「民間回線は軍優先で停止中です」と窓口の連絡将校は言った。言い慣れた言い方だった。「避難区域については、安否確認リストの照会のみ受け付けます」


カレンは家族の名前を告げた。将校が端末を叩く。父の名前の横に、一語。弟の名前の横にも、同じ一語。


——確認中。


「確認中というのは」とカレンは聞いた。


「文字通りです。避難所への収容記録が、まだ照合されていないという意味です。悪い報せがあるという意味では、ありません」


「いい報せがあるという意味でも、ない」


「……はい」と将校は正直に言った。


「照合は、どれくらいで進むんですか」


「避難所の収容が進めば。……正直に申し上げれば、数日は」


数日。戦争の中の数日がどれほど長いか、知っている目で将校は言った。


カレンは礼を言って、列を離れた。確認中。生きているとも、いないとも書いていない三文字を持って、俺たちは降下の準備に戻った。


---


降下は翌朝と決まり、その前夜、格納庫で機体の最終確認をしていると、カレンが来た。


珍しいことだった。カレンは夜の格納庫に来ない。整備は昼に済ませ、夜は自室で読書をする。それがあいつの規律だった。


「眠れなくて」とカレンは言い訳のように言って、俺の機体の梯子に腰かけた。「少し、話してもいい」


「ああ」


しばらく、工具の音だけがした。それから、カレンは前置きなしに言った。


「母がね、死んだの。私が十二の時。入植区画の減圧事故で」


手を止めなかった。止めると、話が止まる気がした。


「私、ちゃんと泣いたのよ。葬式で、大声で。子供だったから」カレンの声は平坦だった。「そうしたらね、次の日から、みんなの扱いが変わったの。もう大丈夫ね、って。泣いたんだから、区切りはついたでしょうって。父も、先生も、近所の人も。……私の中では何も終わってないのに、泣いたことが、終わりの合図にされた」


「……それで、泣かなくなったのか」


「泣くと、終わりにされるのよ」とカレンは言った。「だから私は、終わってないものの前では泣かない。モスの時も。今も。……変だと思う?」


「思わない」


「即答ね」


「俺も、似たようなものだから」少し迷って、言った。「今でも、あの三秒を数え直してる。あと一秒あれば届いたのか。〇・五秒なら、どうだったのか。寝る前に、勝手に頭が数え始める。……やめ方が、わからない」


「やめたいの?」


「わからない。やめたら——あいつのことを、済んだことにする気がする」


カレンはしばらく黙っていた。それから、初めて聞く種類の声で笑った。


「……似た者同士か。嫌ね、それは」


「同感だ」


「ね、燈。ひとつ聞くけど」


「なんだ」


「あなたのその数え直し、いつか終わるの」


答えられなかった。カレンは「ごめん、意地悪だった」と言って、それ以上は聞かなかった。


カレンは梯子から降りた。扉のところで振り返って、言った。


「明日、うちの隣まで行くでしょう。もし列の中に家族がいても、私、泣かないから。驚かないでね」


「わかった」


「確認中、のままでも、泣かないから」


それは、自分に言い聞かせる声だった。


---


第三居住区の空は、薄い緑色をしていた。


テラフォーミングの大気は地球より薄く、空の色も違う。その空の下に、避難民の列があった。居住ブロックから臨時の発着場まで、数千人の列。手荷物の制限は一人二十キロ。二十キロに人生を詰めた人々が、薄緑の空の下を歩いていた。


俺たちの任務は、列の上空警戒と輸送船の直衛だった。


発着場は臨時のもので、管制は間に合わせだった。輸送船は四隻が往復し、一便ごとに三百人を運ぶ。列の長さから逆算すると、全員を運び終えるまで二日かかる計算だった。二日間、この空を保つ。それが仕事の全部だった。


シドの言った通りにした。高度を上げ、機影が列に落ちない角度を保つ。列の人々から、俺たちは見えない。見えないまま守るのが、正しい守り方だった。


「λ、周辺の空域は」


「げんざい、クリア、です。ぜんせんまで、ひゃくよんじゅっキロ。……ただし、せんせんの、けいかいせんが、あんていして、いません。おうけんがわの、はいざんへいの、りゅうにゅうに、ちゅうい、してください」


戦線から零れた部隊が、後方に流れ込む。戦争の定番だった。敗残兵は補給を絶たれ、飢えて、時に民間の輸送を襲う。


三便目の輸送船が離陸した直後、λの警報が鳴った。


「てきせいはんのう、よんき。ほくせい、さんまん。……しんろ、ひなんろに、こうさ、します」


見えた。王権の量産機が四機。編隊は乱れ、機体の魔力波は消耗の色で濁っている。敗残部隊だ。そして、四機の兵装が、避難民の列の方向に充填を始めていた。


輸送船を狙っている。積荷ごと奪うつもりか、あるいは、もう理由すらないのか。


列までの到達予想、四分。輸送船の離陸間隔は七分。飛行中の三便目は逃げ切れるが、発着場には次の三百人が並んでいる。


「カレンは列から見えない高度で待機。俺が出る」


「了解。——燈」


「なんだ」


「低く飛ばないで。シドさんの言った通りに」


了解、と返して、機体を出した。


「迎撃に出ます。カレンは列の直上を維持」


「了解」


四機との距離を詰める。充填の色を読む。爆裂弾が二、電磁加速砲が二。疲弊した充填は遅く、乱れ、隙間だらけだった。


一機目。接近に気づいて、爆裂弾の照準をこちらへ振り直す——振り直しの〇・五秒は、何もできない時間だ。その間に距離を潰して、推進器を撃った。二機目は仲間の停止を見て充填を速めた。焦った充填は色が乱れる。乱れた分だけ狙いやすくなった砲口を、潰した。三機目が反転して逃げにかかる——推進器の噴射口だけを撃って、姿勢を崩させる。四機目は充填を放棄して投降信号を出した。武装ごと停止させて、終わった。


投降した機体の魔力波は、飢えの色をしていた。補給を絶たれて何日目か、色で読めるようになっている自分がいた。読めるようになったことを、良いことだとは思わなかった。連邦に回収座標を送った。捕虜は、少なくとも今夜、飯が出る。


四機。無力化。死者、ゼロ。交戦時間、九十秒。


列の誰も、走り出していなかった。シドの言った通りだった。見えない高さの戦闘は、地上に恐怖を落とさない。


機体を列の上空に戻してから、気づいた。


考えて、いなかった。


外す理由を探していなかった。撃つ理由も探していなかった。手が、最初から外す軌道を取っていた。十四日間、λが数えていた期間の前と、同じ手だった。


「……λ」


「はい。きづいて、いましたか」


「今、気づいた」


「かんがえる、まえに、はずして、いましたね」とλは言った。「よんきとも、です。きろく、しました。——ほぞんさきには、まよいません、でした」


薄緑の空の下で、避難民の列は歩き続けていた。誰も、頭上で何が起きたかを正確には知らない。知らないまま歩ける空を保つのが、今日の仕事だった。


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。

続きが気になりましたら、ブックマークを。次回、迷わず戻れます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ