第2話_ラムダ
《灰狼》の格納庫に戻ったのは、船内時間で深夜だった。
それでも整備士のクロムは起きていて、俺が曳航してきた機体を見るなり、腕を組んで呆れた顔をした。
「また拾ってきたのか。しかも王権の旧式じゃないか」
「フレームが要る。左腕」
「規格は……まあ、合わなくはないか」とクロムは機体の各部を叩きながら言った。文句を言いながらも工具を手に取るのが、こいつのいいところだ。「装甲は表面だけだな。フレームの状態は悪くない。拾い物としては上出来だ。ただし」
クロムは胸部の奥を覗き込んだ。
「このAIユニットはほぼ死にかけだ。電力不足で長期間放置されてる。回路の一部が焼けてるな」
「直るか」
「電力を安定供給し続ければ、自己修復が動くかもしれん。時間はかかる。それまではまともに喋れないだろうよ」
その時、スピーカーが鳴った。
「じ、こ、しゅう、ふく、じっ、こう、ちゅう、です。しん、ちょく、いっ、てん、さん、ぱー、せん、と、です」
クロムが吹き出した。
「こいつ、片言のくせに妙に礼儀正しいな」
「電力不足で長期間放置されてたんだろ」
「使えるのか、こんなの」
「まあ、ないよりはいい」
作業を分担して、フレームの移植計画を立てた。左腕ブロックの交換は明日から。今夜はAIユニットへの電力供給を安定させるところまでだ。
日付が変わる頃、格納庫の扉が開いて、ガルムが入ってきた。書類仕事の帰りらしい。煙草を咥えたまま、拾ってきた機体を一瞥する。
その視線が、一箇所で止まった。
半秒。長くても一秒。フレームの継ぎ目に刻まれたλの記号の上で、ガルムの目が止まって、それから何事もなかったように動いた。
「……明後日までに機体を仕上げろ。次の依頼が入ってる」
「はい」
「あと、寝ろ」
それだけ言って、ガルムは出ていった。煙草の煙だけが残った。
俺はしばらく、扉を見ていた。気のせいかもしれない。疲れているだけかもしれない。ただ、ガルムの目は確かに、あの記号の上で止まった。
クロムが帰った後も、俺は一人で格納庫に残った。
静かだった。工具の音と、AIユニットの断続的な声だけが、天井の高い暗がりに響いていた。
「じ、こ、しゅう、ふく、しん、ちょく、よん、てん、いち、ぱー、せん、と、です」
「先は長いな」
「はい。なが、い、です」
会話になっているような、なっていないような返事だった。それでも、返事があった。
十二歳の夜に一人になってから、俺は夜の作業に慣れている。孤児院が焼けた夜も、その後の夜も、夜はいつも静かで、静かさはいつも同じ形をしていた。慣れているというのは、そういうことだ。
今夜の静けさは、少しだけ形が違った。
「おい」
「はい」
「お前、名前はあるか」
「な、まえ。……がい、ねん、しょう、ごう、ちゅう、です。……し、き、ばん、えー、あい、ぜろ、なな、のみ、です」
AI-07。型式番号だけ。名前はない。
俺は機体の継ぎ目の、あの記号を見た。
「じゃあ、λでいい。ラムダ」
沈黙があった。処理に時間がかかっているのか、それとも、機械なりに何かを考えているのか。
「らむ、だ。……にん、しき、し、ました」
それだけだった。感謝もない。反応らしい反応もない。ただ認識しただけ。
でも俺は、少し笑った。
工具を置いて、片付けを始めた。明日は朝からフレームの移植だ。ガルムの言う通り、寝ておいた方がいい。照明を落とそうとして、格納庫の入り口まで歩いた時だった。
「……ぱ、いろっと」
λの声がした。俺は振り返った。
「なんだ」
「きょう、めい、はん、のう、を、けん、しゅつ、し、ました」
「共鳴反応?」
聞き慣れない言葉だった。機体のどこかに不具合でもあるのか。俺は歩きながら聞いた。
「どこからだ」
「——あなた、から、です」




