表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
λ:ASTRA 〜星の共鳴者〜  作者: Pemo


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/51

第21話_生存者ゼロ

――第二章 火星戦争編

――Polemos(ポレモス)


第一精鋭隊の隊長執務室に、その報告書が届いたのは開戦の三日前だった。


G-2区画、採掘拠点防衛戦。傭兵側の実戦力、一機。王権側、三十機。


アステリアは報告書を上から順に読んだ。交戦時間三十分。撃墜、十八機。そして、最後の行。


生存者、ゼロ。


指が、その一行の上で止まった。


E-4の報告書を読んだ時、彼女の指は「死者ゼロ」の行で止まった。殺せなかったのではない、殺さなかった——そう読み、F-9で本人を測って、確認した。殺す必要が見えなかった、とあの傭兵は言った。それが、彼だった。


その彼が、十八機を撃墜した。一人も、残さずに。


彼女は報告書を最初から読み直した。防衛対象の採掘拠点、無傷。作業員の死者、ゼロ。傭兵側の損害——僚機一機、撃墜。搭乗者、死亡。


指が、今度はその行で止まった。


「……彼に、何があった」


彼女はF-9の交戦記録を呼び出して、再生した。四機の部下が、一機ずつ、精密に無力化されていく映像。推進器。砲口。センサー。急所を全部知っていて、急所を全部外す射撃。あの正確さは、慈悲ではなかった。もっと単純な何かだった——殺す必要が、見えなかった。本人がそう言った。


その目に、G-2で何が見えたのか。あるいは、何が見えなくなったのか。


彼女は記録を閉じて、副官を呼び出した。


「G-2の作戦の、立案経路を洗え。誰が発案し、誰が承認し、敵戦力の情報がどこから来たのか。全部だ」


『理由をお聞きしても』


「三十機の伏撃としては、目的が読めない」と彼女は言った。「採掘拠点を潰すには過剰で、あの傭兵を殺すには、中途半端だ。誰かが、勝敗ではない別の何かを測ろうとした作戦に見える。……そういう作戦を組む者が、うちの中にいるなら、知っておく必要がある」


---


開戦から二週間で、宙域の空気は別物になった。


まず、依頼の中身が変わった。採掘会社の護衛依頼が消えた。会社そのものが操業を止めたからだ。代わりに軍の下請けが増えた。輸送路の啓開。前哨の防衛。依頼書の書式が軍のものに変わり、単価は倍近くに跳ねた。


単価が上がる理由は単純だった。死ぬ確率が上がったからだ。


宙港の求人板の文言も変わった。「護衛・経験不問」の紙が剥がされ、「戦闘記録三年分の提出必須」に貼り替わった。ドックの隅には、外縁へ向かう避難民の荷物が積み上がり始めていた。戦争は前線より先に、貼り紙と荷物の形でやってくる。


傭兵同士の小競り合いと、正規軍との戦闘は、別の仕事だ。中立宙域の傭兵たちは、急速に二種類に分かれていった。戦争から降りて宙域の外へ逃げる者と、戦争の中へ入っていく者と。


ドックで《鉄蹄》の連中と行き合ったのは、そんな時期だった。


《鉄蹄》は十二機の中堅で、採掘権絡みで何度か競合した仲だ。母艦は出航準備の最中で、積み込みの列に、機体ではなく生活用品のコンテナが並んでいた。


「外縁に出る」と団長の大男が言った。「戦争は請けない。うちは十二機、十二の家族持ちだ。国の戦争で減らす頭数じゃない」


「賢明だと思います」


「お前のとこは残るんだろう」責める調子ではなかった。「噂は聞いてる。……いろいろな」


いろいろ、の中身を、団長は言わなかった。十八機の話も、その中に入っているはずだった。


「ジンのことは、残念だった」と団長は言った。「昔、うちに誘ったことがある。断られた。灰狼がいい、と言われた」


初めて聞く話だった。ジンは自分のことをほとんど話さない人だった。断った話なら、なおさらだ。


「……そうでしたか」


「そういう団だってことだ、お前のとこは」と団長は言った。「生き残れよ」「戦争が終わったら、また競合だ。競合相手が減るのは、張り合いがなくていけない」


母艦が出ていくのを、俺は整備デッキから見ていた。降りる者の船は、灯りが多かった。生活の灯りだった。


---


連邦の軍務官が来たのは、その翌日だった。


丁寧な男だった。丁寧に挨拶し、丁寧に弔意を述べ、丁寧に書類を並べた。専属契約の提案書だった。


「装備の供与、優先補給、軍施設での整備。報酬は現行の下請け単価に二割の上乗せ。そのかわり契約期間中、《灰狼》は連邦軍の指揮系統に入っていただきます」


「指揮系統に入る、というのは」とガルムが言った。


「作戦の受諾判断を、こちらが行うということです」


断る自由を渡せ、という意味だった。丁寧な言葉で包んであったが、中身はそれだけだった。


「それと、些細な条項ですが」と軍務官は書類の一枚をめくった。「特別運用担当官を一名、御団に随行させます。作戦調整と、補給の窓口です」


「監視役か」とガルムが言った。


「調整役です」と軍務官は言った。


「悪い話ではないと思いますよ。開戦後、中立宙域の傭兵団の損耗率は跳ね上がっています。装備も情報も後方もない部隊から、順に消えていく。連邦の傘に入るのは、生存戦略として合理的です」


「うちの何を買うつもりだ」とガルムは言った。「小規模な傭兵団だ。機体は五機もない」


軍務官は笑顔のまま、


「一機で十分な部隊だと、伺っています」


俺のことだった。


《灰狼》を買うのではない。俺を買って、《灰狼》という包装ごと受け取る。随行の担当官とやらが誰の隣に席を置くつもりなのかも、聞くまでもなかった。軍務官の魔力波は、丁寧な物腰の下で、商談の橙に淀んでいた。


「お考えの間に、ひとつだけ」と軍務官は立ち上がりながら言った。「今後、貴団への名指しの依頼は、原則として連邦の窓口を経由することになります。契約の有無に関わらず。……窓口が同じなら、傘の下でも外でも、実務は変わりませんよ」


変わらないなら、なぜ契約を急がせるのか。その矛盾ごと、圧力だった。


ガルムは即答しなかった。「三日、待て」とだけ言った。


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。

続きが気になりましたら、ブックマークを。次回、迷わず戻れます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ