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λ:ASTRA 〜星の共鳴者〜  作者: Pemo


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閑話四 三十分(後編)

そこからの三十分を、ミロは番号で覚えている。


「三番」「三番、応答」「七番」——沈黙。「八番」「八番、応答」「十一番」——沈黙。


点呼は二巡目から、番号を飛ばすようになった。呼んでも返らない番号を、指揮官が読み上げなくなったからだ。飛ばされた番号の数だけ、僚機が減っている。無線は静かになっていった。悲鳴が増えたからではない。悲鳴を上げる側から、いなくなったからだ。


灰色は、一度も通信に乗らなかった。


警告も、要求も、なかった。追跡の圧力だけが、一定の速度で、全員の背中に等しくかかり続けた。速度が、落ちない。三十分、一度も。疲れというものが、あの機体の系統図には載っていないようだった。


無言が、いちばん堪えた。憎まれているなら、罵声の一つも飛んでくる。罵声なら、人間の仕事だ。人間の仕事なら、揺らぎがあり、隙があり、交渉の余地がある。無言のまま正確に減っていく点呼には、そのどれもなかった。こちらの誰が何番で、誰に家族がいて、誰が除隊間近なのか——そういう情報の一切が、あの追跡の速度に、影響していなかった。


ミロは、教範通りに飛んだ。岩塊帯に入り、遮蔽から遮蔽へ、不規則な間隔で機体を振る。索敵の通らない角度を選んで、進路を折る。どの機動が機体に無理をさせないか、どの角度がセンサーに映らないか、六年、機械の側から機体を見てきた人間には分かる。ミロの操縦は堅実で、堅実さの点数なら、部隊でも上位だった。


前を行く十四番が、教範通りの回避をした。正しい回避だった。ミロが採点しても満点の、鋭い切り返しだった。


切り返しの出口に、弾が先に届いていた。


回避は、当たらないための機動だ。その機動の終点を撃つ側が先に知っているなら、回避は、自分から弾に向かう機動になる。十四番の機体が膨らんで、点呼が、また一つ番号を飛ばした。


二十一番と九番が、相互支援の形を組んだ。片方が狙われれば、片方が撃ち返せる位置。教範の言う通りの、正しい二機だった。灰色は、二機の間を抜けた。抜けざまに、二射。二十一番の継ぎ目と、九番の継ぎ目。支援し合う二機は、支援し合う形のまま、二つ同時に沈黙した。


熱源を切って岩に擬態した機体もいた。整備兵の知恵だ。機関を止めれば、センサーには岩と区別がつかない。つかないはずだった。止まった機体も、動いている機体と同じ間隔で、番号を飛ばされた。


正しさが、一つも通じていなかった。


遮蔽を替える途中で、十四番の残骸の横を通った。整備兵の目が、勝手に損傷を査定する。継ぎ目への一射。区画ごとの破断。修理不能。査定を終えてから、査定していた自分に気づいて、吐き気がした。六年の習性は、僚機の棺の前でも仕事をやめなかった。


時間の感覚が、おかしくなっていた。計器の時刻は正しく進んでいる。正しく進む数字と、体の中の時間が、合わない。点呼と点呼の間隔だけが、時間の単位になっていた。番号が飛ぶたびに、単位が一つ、進む。


ミロは、C-7の噂を思い出していた。輸送船団を襲った准エースの一個部隊が、単機に一分未満で全滅させられた。生き残りの報告は「観測不能」の一語だったという。そして——誰も死ななかった、という話も、噂には付いていた。殺さない傭兵。潰すのは砲と推進器だけ。


噂の前半は、本当だった。撃たれる前から、見られている。逃げる先を、先に知られている。観測不能というのは、こちらの索敵が劣っているという意味ではなかった。観測が、一方通行だという意味だった。


噂の後半だけが、今日は、嘘だった。


なぜ今日は殺すのか。考えて、すぐにやめた。理由は、撃たれる側の計器には映らない。映らないものを考える時間で、遮蔽を一つ選んだ方がいい。


投降——の二文字が、一度だけ頭を掠めた。


この作戦に、救難周波数はない。投降の符丁を載せる回線が、最初から組まれていない。ブリーフィングのあの一行の意味を、ミロは岩の陰で理解した。


帳簿の外(オフ・ザ・ブックス)、という古い隠語を、整備兵の頃に聞いたことがある。伝票の通らない作戦。修理記録の残らない機体。飛んだ事実ごと、どの台帳にも載らない仕事。酒の席の与太話だと、あの頃は思っていた。


誰が、何のために組んだ作戦なのかは、分からないままだった。分かったのは、帰り道が、最初から設計に入っていなかったということだけだった。帰り道のない作戦は、「帳簿」に、載せようがない。


反転して撃つ、というのを、三度考えた。


三度とも、式が合わなかった。撃てる距離は、撃たれる距離だ。今日、撃たれて生きている者は、まだいない。それに、撃つには相手を捉えなければならない。三十分、誰の索敵にも、あの灰色は一度もまともに映っていなかった。映らないものは、狙えない。狙えないものに背を向けて逃げるのは、堅実さの敗北ではなく、堅実さの最後の仕事だった。


追跡は、途切れなかった。


ミロはデブリの濃い回廊を選んだ。感知できないはずの角度を、六年分の知識で選び続けた。感知できないはずの角度から、圧力は一度も消えなかった。


怒りで追ってくるなら、まだ分かる。怒りは息切れする。これは、切れない。


---


「十九番」


応答なし。


「二十二番」


応答なし。


「二十七番」


「……二十七番、応答」


自分の声が、遠くで聞こえた。


それきり、番号を呼ぶ声がしなくなった。呼ぶ側の番号が応答しなくなったのだと、少し経ってから理解した。


無線は、完全に静かになった。静かな無線ほど大きな音を、ミロはそれまで聞いたことがなかった。


岩塊帯の深部へ、機体を進めた。燃料は六割残っている。機体は無傷だ。武装も生きている。腕は、中の上。堅実。教官の評価は正しかったし、堅実さは今日、部隊でいちばん長く生き延びる役に立った。


計器のどこを見ても、生き残れない要素は表示されていなかった。


三十なら、死なない。出撃前の算数を、ミロはもう一度やり直した。式のどこにも、間違いは見つからなかった。三十で割れば、死は薄まる。その式は、死ぬ側が三十人いる時にだけ成り立つ。追う側が一人ずつしか相手にしない、というだけのことだった。割られていたのは死ではなく、順番だった。


あるのは、確信だけだった。


六年、機械の声を聞いてきた。機械は、嘘をつかない。そして今、機械ではないどこかが、同じ確度で告げていた。この岩塊帯から、自分は出ない。


手帳の厚みを、服の上から押さえた。


---


弟の顔が浮かんだ。去年届いた、整備学校の身分証の写真。笑っていない。撮り直せばよかったのに、と返信したら、兄さんも笑ってない、と自分の身分証の写真が送り返されてきた。二枚並べると、確かに、同じ顔だった。


送金の控えの束。四年分。手帳に挟んで、厚みで数えられる。


座ったことのない座席のことも、浮かんだ。民間輸送機の操縦席。会社の案内でしか見たことのない、計器の少ない、静かなコックピット。荒れた航路に強い操縦士は歓迎します、という求人の一行。


整備兵時代の、寒い格納庫。油の匂い。手袋の親指の破れ。直せ、と言った班長。直します、と答えた自分。


除隊まで、四十六日だった。


警報より先に、目が見つけた。岩の稜線の向こう。灰色。


弟の名前を、口の中で——


*── 閑話五に続く ──*


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。

続きが気になりましたら、ブックマークを。次回、迷わず戻れます。

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