第18話_消すな
通信には、何も。ただ、静寂だけが広がった。
俺は、止まっていた。
届いていた。確かに届いていた。三機の弾薬の光は、揺れた。あと少しで、位相は崩れていた。あと何秒あれば足りたのか。一秒か。二秒か。分からない。届いていたことだけが確かで、足りなかったことだけが、確かだった。
「……ぱ、いろっと」とλが言った。「せん、とう、が、けい、ぞく、ちゅう、です」
「……ああ」
「のこ、り、じゅう、はち、き、が、こう、どう、を、かい、し、して、い、ます」
「わかってる」
俺は機体を動かした。
そこから先のことは、正確に覚えている。
一機目。岩塊の陰、充填中の電磁加速砲。今までなら、砲口を狙った。今日は継ぎ目を撃った。装甲の薄い箇所を、コックピットの真横を、まっすぐに。爆発した。
二機目。回避行動に入った。回避の先に、弾を置いた。爆発した。
三機目と四機目は密集していた。爆裂弾の弾倉だけを撃った。誘爆が二つ重なって、二機ぶんの光になって、消えた。
五機目のあたりで、敵は撤退を始めた。背を向けた推進器の色が、恐怖の白に染まっていくのが見えた。全部、見えていた。
追った。
六機目。七機目。八機目。
誰も、何も言わなかった。通信は開いていたはずだった。ガルムも、シドも、カレンも、何も言わなかった。λも、推奨行動を出さなかった。ただ一機ごとに、位置と距離だけを、静かに読み上げた。
外す理由が、見えなかった。
十八機目の爆発が岩塊の間で膨らんで、収まって、戦域が静かになった。
三十分。十八機。生存者、ゼロ。
E-4——全員を生かして終えた、あの防衛戦の後、王権の報告書には死者ゼロと書かれたらしい。今日の報告書には、別の数字が並ぶ。
感情は、最後まで動かなかった。頭は冴えていた。全部見えていた。全部見えているのに、モスだけが、どこにもいなかった。
拠点は無事だった。作業員は全員、避難を完了していた。シドは右腕を痛め、機体の右腕武装を失ったが、生きていた。カレンは無傷だった。ガルムは生きていた。
「λ」
「はい」
「モスの生体反応は」
長い沈黙があった。λの沈黙の種類を、俺はもう聞き分けられる。これは、処理落ちの沈黙ではなかった。
「……あり、ま、せ、ん」
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帰投した格納庫は、静かだった。
機体を降りると、λが計測結果を報告した。
「かん、しょう、の、けい、そく、けっ、か、です。さん、き、の、だん、やく、に、い、そう、へん、どう——れい、てん、れい、さん、ぱー、せん、と、を、かく、にん、しました。はっ、しゃ、を、そ、し、する、に、は、さい、てい、じゅう、ご、ぱー、せん、と、が、ひつ、よう、でした」
〇・〇三と、十五。
五百分の一だった。届いていた。確かに届いていた。そして、五百分の一しか、届かなかった。
シドが俺の前に来た。右腕は吊られていた。左手だけで、俺の肩を掴んだ。
「お前のせいじゃない」
俺は答えなかった。
「聞いてるか。お前のせいじゃない」
「……見えていました」と俺は言った。「三秒前に。三機が撃つ前に。ジンの時と、同じです」
「それでも動いた」
「間に合いませんでした。弾薬の魔力波に干渉しようとして——届いたんです。でも、五百分の一しか届かなかった」
シドの左手に、力がこもった。
「届いていたのか」
「届いていました」
シドはしばらく、俺を見ていた。それから、声が少し震えた。
「……それは、お前が足掻いたということだ。間に合わないと分かっていて、それでも、誰もやったことのないやり方で、届かせようとした。五百分の一、届かせた。それは——俺には、できなかったことだ。十二年前の俺には」
「間に合わなかった」
「間に合わなかった。でも、足掻いた。両方、本当のことだ」とシドは言った。「お前のせいじゃない。でも、辛いのは本当だ。辛くていい」
カレンが、二人の横に来た。何も言わずに、しばらく立っていた。それから、静かに言った。
「モスは、あの店が気に入っていました。また行くって、言っていた」
「……そうですね」
「次に行く時は、モスの分も頼もう」とシドが言った。「席を一つ、空けておく」
シドが、機体の方を向いた。
「λ。モスが写真を送った、あの店の場所を覚えているか」
「……おぼ、えて、い、ます」
「次に全員で行く時、教えてくれ」
「りょう、かい、です」
格納庫に、静寂が広がった。モスがよく喋っていた格納庫に、モスの声だけが、なかった。
カレンが、俺の機体の整備端末の前で足を止めた。使用弾数の欄を、しばらく見ていた。何も言わずに、行った。
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その夜、俺は一人で残った。
「λ」
「はい」
「〇・〇三パーセントが、今日の俺の限界だったのか」
「きょう、の、じ、てん、では、そう、です」
「深く潜れば、届くようになるのか」
「り、ろん、じょう、は。ただし、ふ、か、が——」
「わかってる」
λは黙った。それから、聞いたことのない種類の声で、言った。
「……ぱ、いろっと。わたし、も、いや、です」
「お前も、か」
「あなた、が、あが、いて、いる、のに、わたし、の、えん、ざん、が、たり、ない、せい、で、とど、かない、の、なら——それ、は、わたし、も、いや、です。だから、わたし、も、きょう、めい、の、ほ、じょ、えん、ざん、を、かい、りょう、し、つづけ、ます」
「一緒に強くなる、ということか」
「……そう、よん、で、いい、なら」
俺は少し笑おうとして、笑えなかった。
「λ。カレーの写真を、見せてくれ」
「……おく、り、ます」
コンソールに、写真が映った。モスが撮った写真だった。店と、カレーと、照れたオーナー。俺とシドとカレンが食べている姿。モスは撮る側だったから、一枚にも、映っていなかった。
「λ」
「はい」
「消すな」
沈黙は、短かった。
「……け、しま、せ、ん」
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