第16話_本物のカレー
三日の休息が明けた朝、モスが格納庫に飛び込んできた。
「燈さん! 今日ですよ、今日! カレー!」
店は商業区の外れにあった。テーブルが五つの、小さな店だった。オーナーは六十代くらいの男で、地球の東南アジアの出身だという。スパイスを宇宙に持ち込むのにどれだけ苦労したか、注文の間に半分だけ話してくれた。
全員で座った。俺、シド、カレン、モス。四人でテーブルがひとつ埋まって、椅子がひとつ余った。誰もその椅子を見なかった。見ないことが、《灰狼》の礼儀だった。
カレーが来た。
モスが一口食べて、動かなくなった。
「……本物だ」
「当たり前でしょ」とカレンが言った。
「違う、これ、俺が想像してたのと全然違う。もっとすごい」
「それが本物よ」
シドは何も言わずに食べていた。半分まで食べたところで、黙って追加を注文した。カレンが「まだ半分残ってるけど」と言い、シドは「なくなってからじゃ遅い」と答えた。
俺も食べた。重たいスパイスの香りが、口の中で層になって広がった。宇宙食では作れない味だった。重力のある場所で、太陽の下で育ったものの味だった。
「どうですか」とモスが聞いた。
「うまい」
「でしょう!」
モスが自分の手柄みたいに笑った。実際、半分は手柄だった。この店を三週間かけて探し当てたのは、こいつだ。
「λに土産、買っていきたいんですけど」とモスが言った。「λって、何か食べます?」
「食べない」
「そっか……じゃあ、写真だ」とモスは端末を出した。「店の写真撮って、見せましょう。どんな場所でカレー食ったか。一緒に来られなかったんだから、せめて」
モスは店内を撮り、カレーを撮り、照れるオーナーを撮った。オーナーは「機械に見せる写真は初めて頼まれた」と笑っていた。
帰り道、シドが俺の隣に並んだ。
「体は」
「七十パーセントです」
「正確だな」
「λが計算しました」
シドは少し笑って、それから、夜の宙港の空を見た。
「傷の話な」
「はい」
「そろそろ、してもいい気がしてきた」
「……なぜですか」
「お前が帰ってくるたびに、少し安心してるんだ、俺は」とシドは言った。「それが積み重なると、話せるようになる。人間ってのは、そういうふうにできてる」
「聞かせてください。いつでも」
「近いうちにな」とシドは言った。「約束だ」
約束が、また増えた。増えるたびに、帰る理由が増える。悪くない仕組みだと思った。
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格納庫に戻って、モスがλのコンソールに写真を送った。
「λ、届きました?」
「……じゅ、しん、しました」
「どうですか、カレー」
長い沈黙があった。
「……いろ、が、おお、い、です」
「そうなんですよ! スパイスがいっぱい入ってるから」とモスは嬉しそうに言った。「赤いのとか黄色いのとか、全部違う味なんです」
「すぱ、いす、とは」
「植物から作る調味料です。地球にたくさんある」
「ち、きゅう」とλは言った。「いった、こと、の、ない、ば、しょ、です」
「俺もないですよ」とモスは言った。「でも、いつか行くんです。決めてるんで」
「……そう、です、か」
モスが帰った後、俺は一人で、λの隣に座った。コンソールには、まだカレーの写真が映っていた。
「λ。戦争が終わったら、カレーを食いに行こう」
「わたし、は、き、たい、から、で、られ、ま、せ、ん」
「いつかは、出られるようになるかもしれない」
沈黙。
「……そう、かも、しれ、ま、せ、ん」
否定しなかった。それが、今夜の一番の収穫だった気がした。
体は七十パーセントだった。負荷の借金は残っていて、外挿の数字は消えていなくて、名指しの依頼はまた明日から積み上がる。
それでも、笑えた。
今夜のところは、それで十分だった。
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