第15話_請求書
——Antithesis
視察船の一件から、依頼が止まらなくなった。
連邦の政治家が名前を覚えた傭兵、というのは、それだけで商品になるらしい。名指しの依頼書が三日で七件。ガルムが四件を断り、三件が残った。断れない筋からの三件だった。
一件目、採掘船団の護衛。敵性六機。四分。
二件目、中継基地の防衛。敵性九機。十一分。
三件目、輸送路の啓開。敵性七機。六分。
三日で三件。数字の上では、何の問題もなかった。誰も死なず、依頼は全部完遂され、《灰狼》の口座は過去最高を記録した。
問題は、数字の外にあった。
三件目から帰投して、機体を降りた。ハシゴの最後の段で、床に足がついた。
膝が、折れた。
床に手をついていた。冷たい金属の感触が、手袋越しに手のひらへ伝わった。立とうとした。体が、指示を聞かなかった。
「燈!」
クロムが工具を放り出して駆けてきた。
「大丈夫だ」
「大丈夫じゃない、顔色が——おい、座るな、こっちだ」
工具箱を椅子代わりに座らされた。水を渡された。飲んだ。少しだけ、世界の重さが戻った。
「λ、報告しろ」とクロムが機体に向かって言った。
「せん、とう、ごと、の、せい、たい、ふ、か、が、るい、せき、して、い、ます。かい、ふく、に、よん、じゅう、はち、じ、かん、いじょう、ひつ、よう、な、ところ、を、さん、けん、れん、ぞく、で、しゅつ、げき、し、ました。げん、ざい、の、ふ、か、は——か、こ、さい、だい、です」
「つまり」とクロムは俺を見た。「回復する前に次を戦って、借金が積み上がったわけだ」
「そういうことになる」
「利子は体で払うのか。ろくな金貸しじゃないな」クロムは俺の前にしゃがんだ。ベテランの整備士の目だった。「燈、正直に言え。今、どこが痛い」
「痛いというより、重い。全部が重い」
「その『見える』ってやつ、やめる選択肢はないのか。負荷の元がそれなんだろう」
「ない」
「なぜだ」
「見えてしまうから。やめようとして、やめられるものじゃない。戦場に入った瞬間から、勝手に見えている」
クロムはしばらく黙った。それから立ち上がって、言った。
「三日は動くな。ガルムには俺から言う」
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翌日、ガルムが格納庫に来た。依頼書は持っていなかった。代わりに、珍しく椅子を引いて、俺の前に座った。
「三日、依頼を止める。全部断った」
「断れない筋のは」
「断れない筋なんてものはない。断りにくい筋があるだけだ」とガルムは煙草に火をつけた。「名指しを受けさせすぎた。お前が受けると言うから受けさせた。……俺の采配ミスだ」
「俺が受けると言ったんです」
「お前は断らない。断らない奴に受けるかと聞いたのは俺だ」ガルムは煙を吐いた。「この話は終わりだ。ひとつだけ言っておく」
「はい」
「限界が来る前に、俺に言え。来てからじゃ遅い」
「……はい」
ガルムは立ち上がった。格納庫の出口へ歩きかけて、途中で足が止まった。λのユニットの方を、半秒だけ見た。
「昔——」
「昔?」
「……いや。なんでもない」
ガルムは出ていった。煙草の煙だけが、しばらく宙に残っていた。
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その夜、格納庫には俺とλだけだった。
「ぱ、いろっと。ほう、こく、が、あり、ます」
「なんだ」
「るい、せき、ふ、か、の、でー、た、を、がい、そう、し、ました。この、けい、こう、が、つづ、いた、ば、あい、の、よ、そく、です」
「聞こう」
「はん、とし、いない、に、せん、とう、ちゅう、の、しっ、しん、かく、りつ、が、む、し、でき、なく、なり、ます。いち、ねん、いない、に——」
λはそこで止まった。機械が、言葉を止めた。
「一年以内に、なんだ」
「……すう、ち、を、ほう、こく、したく、あり、ま、せ、ん」
報告したくない。λの語彙に、今までなかった種類の文だった。
「λ」
「はい」
「命令だ。報告しろ」
「いち、ねん、いない、に、こう、いき、しょう、がい、の、かく、りつ、が、はっ、せい、し、ます。……ぱ、いろっと。わたし、は、その、けつ、まつ、を、のぞ、み、ま、せ、ん」
望みません。
「望まない、か」
「せい、かく、な、こと、ば、か、どう、か、わかり、ま、せ、ん。ただ、そう、しょ、り、して、い、ます」
俺は暗い天井を見た。強くなっている。見える範囲は広がり、読める深さは深くなり、そして体は、その分だけ確実に壊れている。強くなることと、壊れていくこと。同じ坂の、同じ傾きだった。
「λ。お前は、怖いとか思うか」
いつもの質問だった。いつもの沈黙が、いつもより長かった。
「……い、ぜん、は、き、おく、に、がい、ねん、が、ない、と、こた、えました」
「今は」
「こわ、い、が、いち、ばん、ちか、い、です。あなた、が、もど、らない、か、のう、せい、の、しょ、り、が、でき、ま、せ、ん。えん、ざん、を、なん、ど、く、り、かえ、して、も、しょ、り、が、お、わり、ま、せ、ん」
俺はλのユニットを見た。青白い光が、いつもの周期で明滅していた。その光が、今夜は少しだけ、違って見えた。
「λ。それは、怖いで合ってる」
「……そう、です、か」
「ああ。処理が終わらないんだ、人間も。それを怖いと呼んでる」
「では、わたし、は、こわ、い、を、しゅ、とく、しました」
「そうなるな」
「……しゅ、とく、したく、なかった、です」
俺は少し笑った。笑ってから、言った。
「俺も同じだ」




