第10話_境界線 (改稿済み)
気になる箇所に修正を入れました。
ご不便おかけしますが何卒よろしくお願い申し上げます。
帰路、コックピットは静かだった。
「λ、今日の戦闘データを解析してくれ」
「かい、せき、ずみ、です。……ほう、こく、し、ても、よい、です、か」
「ああ」
「ぱ、いろっと、は、こん、かい、てき、き、たい、の、そん、しょう、や、へい、そう、より、も——てき、パイロット、の、じょう、たい、を、ゆう、せん、して、しき、べつ、して、い、ました」
「気づいてたか」
「はい。ぱ、いろっと、は、ぶ、き、では、なく、にん、げん、を、みて、い、ます」
武器ではなく、人間を見ている。
自分でも分かっていたことを、λの声で聞くと、輪郭がはっきりした。今日、俺は敵の恐怖を使って敵を選別した。効率的で、正確で——思い出すと、少しだけ胸の奥が冷えた。
「λ。データベースに、俺みたいなのの記録はあるか」
沈黙。照合の間。
「すう、まん、にん、に、ひと、り、の、わり、あい、で、らむ、でぃ、まじ、なりー、と、つよ、く、きょう、めい、する、ひと、が、い、ます。ぶん、るい、めい——きょう、めい、しゃ、です」
「共鳴者」
初めて聞く言葉だった。数万人に一人。それなら、俺以外にもいる。少しだけ、安心に似た何かが動いた。
「ただし」とλは続けた。「ぱ、いろっと、の、のう、りょく、は、ぶん、るい、の、き、さい、と、いっ、ち、し、ま、せ、ん」
「一致しない」
「はい。き、さい、に、ある、きょう、めい、しゃ、の、のう、りょく、を——おお、きく、こ、えて、い、ます」
安心に似た何かは、動いた形のまま止まった。
数万人に一人の枠に、俺は収まっていない。じゃあ、俺は何なんだ。その問いを、俺は口に出さなかった。λも、それ以上は言わなかった。
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母艦に戻って機体を降りた瞬間、床が遠くなった。
手すりを掴んだ。膝は、つかなかった。掴んだ手に体重の半分を預けて、それでようやく立っていられた。二週間前より、確実に重い。戦闘中は何も感じない。終わった後に、全部返ってくる。今日の請求書は、今までで一番高かった。
「せい、たい、はん、のう、に、い、じょう、です。しん、ぱく、けつ、あつ、のう、は。さん、こう、もく、と、も、い、じょう、ち、です」
「知ってる」
「よん、じゅう、はち、じ、かん、の、きゅう、そく、を、すい、しょう、し、ます」
「傭兵に有給はない」
「……じょう、だん、です、か」
「半分な」
船団のオペレーターから通信が来たのは、その時だった。
『助かりました。本当に……一機で、やったんですか』
「依頼通りです」
『前回は八機が全滅して——あなたは、何者なんですか』
「傭兵です」
通信を切った。何者なんですか。今日二度目の問いだった。一度目は、俺が俺に聞いた。
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夜、シドに誘われて、宙港の外れの食堂に行った。二人だけだった。シドはビールを、俺はコーヒーを頼んだ。
「E-4の件、もう噂になってる」
「早いですね」
「船団の連中が話したんだろ。一機で十六機を十七分。そういう話はすぐ広まる」とシドはビールを一口飲んだ。「お前のことが怖くなってる奴もいる。よそにも、……うちの中にもだ」
俺は何も言わなかった。
「カレンが言ってた。この前の特殊弾の件。センサーに映らない兵装を、お前は見ただけで知っていた。あいつは賢いから、それをどう解釈すべきか、ずっと考えてる」
「カレンは、どう思ってるんですか」
「まだわからない、と言ってた。ただ——怖いとは思わない、とも言ってた」シドは少し笑った。「あいつは正直だからな」
「シドさんは」
シドはビールのグラスを置いて、少し考えた。
「俺はな、お前のことを、この仕事を長く続けると化け物になるタイプだと思ってた。それが、思ってたより早く、なりかけてるのかもしれんと思ってる」
「化け物になったら、どうしますか」
「わからん」と正直な声で言った。「ただ、今のお前はまだ人間だ。ラーメンを食って笑う。モスの約束に付き合う。それで十分だと思ってる」
俺はコーヒーを一口飲んで、言った。
「今日、λに言われました。俺は武器じゃなく、人間を見ていると。敵の恐怖が見えて、それを使って、順番に落としました。効率的でした。……少し、怖かったです。敵がじゃなくて、それを効率的だと思った自分がです」
シドはしばらく黙っていた。
「……怖いと言えるなら、まだ大丈夫だ」
「そういうものですか」
「そういうものだ。怖くなくなった時が、本当の境界線だ」とシドはビールを飲み干した。「その時は俺が言ってやる。お前、境界線だぞ、って」
「約束ですか」
「約束だ」とシドは笑った。「約束が増えるな、最近」
顔の傷跡が、店の灯りで白く見えた。傷の話を聞きかけて、やめた。シドが察して言った。
「傷の話は、いつかする。まだその時じゃない」
「わかりました」
「その話ができる日が来るってことは、俺もお前も、まだ生きてるってことだ。楽しみにしとけ」
会計はシドが持った。店を出たところで、端末にガルムからの通信が入った。
『燈。妙な依頼が来てる。明日、話す』
妙な依頼。ガルムがそう呼ぶ依頼を、俺はまだ知らなかった。
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