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λ:ASTRA 〜星の共鳴者〜  作者: Pemo


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第100話_欄を、作ること

「聞け」と、開いたままの回線に言った。


『……はい』


「モスの欄は、直してくれた。礼は、さっき言った。……俺の欄を、直せ。消えた者の欄に、俺の名前を書きに来たんだろ。書くな。俺は、消えてない」


『消えた方の欄にしか、書く所が、ございません』と男は言った。静かな声だった。『深くへ行かれた。反応が、消えた。再計測も、同じでした。……そこまでは、記録の通りです。その先が、ございません。消えた方が、戻る欄は、私どもの記録に——』


「無いなら、作れ」


回線が、黙った。


三秒。


三秒を、過ぎた。


木星で、この男は、三秒より少しだけ長く黙って、覚えて、参ります、と言った。今日は、その長さを過ぎても、何も言わなかった。


『……作る、とは』


男の声が、初めて、遅れた。


速さが、違った。読む声と同じ速さで話す連中の、その速さが、一語だけ、崩れた。火星でも、木星でも、嵐の縁でも、一度も崩れなかった声だった。


『欄は、作るものでは、ございません。欄は、あるものです。百五十年前から、ございます。あるものに、書くのです。無いものを——無いものを、どうやって——』


「お前は、モスの欄を直した」と俺は言った。「付随損耗、と書いてあったのを消して、名前で書いた。あれは、あった欄に書いたのか」


『……いいえ』


「無かったろ。地球へ行く金を貯めてた男、なんて欄は、お前らの記録に無かった。お前が、作った。俺が言ったから作ったんじゃない。お前が、覚えて帰って、自分で書いた」


男は、答えなかった。


「一回、やってる。二回目だ。作れ」


回線の向こうで、長い沈黙があった。沈黙の途中で、別の音が、混ざった。男の機体の音ではなかった。もっと遠い、艦の中の音だった。誰かが、何かを、声に出して読んでいる音だった。


——動かない艦の、観測席で、読み手は、名簿を開いていた。余白の一行を、声に出して読んだ。読めない的、一。消える者の型に合致しない。継続して、読むこと。九年、読む声を乱したことは、一度も無かった。今日、初めて、声が震えた。震えたまま、最後まで読んだ。読んでから、筆を取った。線は、引かなかった。一行の下に、新しい行を、書いた。——読めない的、一。消えて、戻った。型に、欄が無い。欄を、作ること。書いた行を、声に出して読んだ。声に出した行は、読み飛ばせない。長が、こちらを見ていた。読み手は、読むのを、やめなかった。


『……艦から、報せが、参りました』と男が言った。声は、元の速さに戻ろうとして、戻りきっていなかった。『名簿に、一行、足されたそうです。読み手が、書いたと。長の許しは、ございません。ございませんが、書かれたものは、読まれます。読まれたものは、消せません。……私どもの、決まりです』


「何て書いた」


『欄を、作ること、と』


「なら、作れ」


『……はい』と男は言った。『作ります。あなたのお名前で。日付と、場所と。——消えて、戻られた、と』


放送の文面が、変わった。


「教団の反復送信、更新」とλが言った。「処分を、実行する、の一行が、消えました。……文面が、ありません。空の放送です。発信だけが、続いています。何も、言っていません」


何も言っていない放送。書く言葉を、まだ、持っていない放送だった。


「λ。生体反応は」


「あります。機体の保温系も、生きています。……死にません。あなたが抜いた三点は、今日も、そういう三点です」


「分かってて抜いた」


「はい。記録して、います」


---


連邦の艦が、動かない六隻を、囲み始めた。


囲むだけだった。撃たなかった。撃つ相手が、もう、何もできない。六隻は、一列のまま、空の高い所に、浮いていた。空の放送だけが、そこから、降り続けていた。


機体を降りると、カレンが、端末を突き出した。


「四行目」


「……今か」


「今よ。さっき、後回しにしたでしょう。後回しにした途端に、艦砲が降ってきたの。書かないと、また何か降ってくるわ」


二機連携、継続。深度三以上での連携、可。その下の、三行目と四行目の間。空いたままの行。


書いた。


帰還、済み。次も、帰る。


カレンは、端末を引き取って、読んだ。読んで、閉じた。


「短いわね」


「長い方が通る、って言ってたな」


「通す相手のいない紙は、短くていいの。……通ったわ」


シドは、壁にもたれて、肋骨を押さえたまま、空の六隻を見ていた。「三秒で艦隊、か。整備する側の身にもなれ。あの翼の点検項目、どこにも載ってないぞ」。目は、笑っていた。


ガルムは、煙草に、火をつけた。


火のついた煙草を、この人が吸うのを、俺は、久しぶりに見た。一口だけ吸って、長く、吐いた。


「モスの欄を、直させたな」と、ガルムは言った。「二つ目の欄も、作らせた。……あいつが聞いたら、何て言うか」


「そんなの、行くやつじゃないですか、って言います」


「言うな」とガルムは言った。「言ってから、ついて来る」


ステラは、端末に、何かを書いていた。書きながら、顔を上げずに言った。


「記録したわ。教団の艦、六隻、無力化。死者、なし。……連邦の記録にも、王権の記録にも、残る。あなたが、誰も殺さずに艦隊を止めた、という一行が」


「残ると、どうなる」


「三つの軍が、あなたを、欲しがる理由が、もう一段、増えるわ」と彼女は言った。「でも、取りに来られる軍は、もう、どこにも無い。……欲しがるだけで、手が出せない物を、政治は、交渉の相手、と呼ぶのよ」


対象から、相手へ。紙の上で、俺の呼ばれ方が、また一つ、変わろうとしていた。


「——割り込みます」


内側から、声が、張った。


「前線の傍受です。王権の残存艦隊と、連邦の主力。外縁で、対峙しています。……双方、指定深度を、引き上げました。同時刻です。対抗上、やむを得ない、の文面のまま、上限の、さらに上へ」


「教団が止まったからか」


「推定ですが、はい。集める者が、いなくなりました。消えた兵の機体を、持っていく者が、いません。……止める理由が、一つ、減りました」


空を、見た。六隻の、さらに上。外縁の、高い所。一昨日、嵐が立った空だった。


「嵐の兆候、三つ」とλが言った。「一つでは、ありません。三つ、同時です。王権側に、一つ。連邦側に、二つ。……どれも、まだ、立っていません。立つ前です。立てば、三つとも、一昨日の一つと、同じ大きさになります」


三つ。


一昨日は、一つを止めるのに、五人で、五分かかった。


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