第98話_碧
扉の外は、灰色で、埋まっていた。
回収体。数える気にならない、とシドが言った数。空の半分が、同じ形の機体で、塞がっている。その全部が、格納庫の扉へ、進路を向けていた。
扉を、出た。
「数えます」とλが言った。「視界内、回収体、四百十二。上空の六隻から、なお、降下中です」
四百十二。
昨日までの俺は、一機ずつ、止めていた。読んで、後ろを取って、推進部を一射。十一機を止めるのに、数分かかった。四百十二を止めるには、半日かかる。半日の間に、扉は破られる。
「一機ずつは、やらない」
「はい。……全部、見えています。あなたの目と、わたしの数で」
翼から、線が、伸びた。
碧の線だった。一本ではなかった。翼の縁の全部から、数十本、同時に。一本一本が、別々の回収体の、推進部を、指していた。俺が狙ったのではなかった。俺が見て、λが数えて、二人で同時に、全部を狙っていた。
撃った。
四十一機の推進部が、同時に、消えた。
音は、一つだった。四十一発が、一つの音で鳴った。四十一の回収体が、形を残したまま、同じ瞬間に、落ち始めた。
「四十一」とλが言った。
二度目。線が、増えた。翼がもう一段、開いて、線の数が、倍になった。
「九十六」
三度目。
「二百七」
空の半分を塞いでいた灰色に、穴が開いた。穴ではなかった。灰色の方が、残っている部分だった。落ちていく回収体の間を、碧の線が、次々に抜けていく。回収体は、撃ち返さなかった。進路を変えなかった。変えないまま、止められていった。止められて、落ちて、地面に、正しい姿勢で、並んだ。
管理区の管制の回線が、開きっぱなしで、流れていた。
『——何だ、あれは。格納庫の前——識別、出せ——』
『識別、出ません。色が——既知の兵装の、どの色でもありません。出力、計測——針が、戻りません』
『回収体、減少。減少って、何機——』
『……三百、です。今、三百を越えました。十秒で』
四度目で、空が、空いた。
「四百十二」とλが言った。「視界内、全機、停止。……撃墜、ゼロです。全部、推進部だけです」
灰色のいなくなった空に、一機だけ、残っていた。
人の形をした、色の無い機体。両肩の兵装架と、背の推進器。付け直した三点。格納庫の正面で、撃たずに、こちらを見ていた。
回線が、向こうから開いた。
『……お戻りに、なったのですね』
静かな声だった。木星で聞いた声と、同じ速さだった。
「戻った。記録を直してくれたそうだな。モスの欄」
『直しました。お約束でしたので』
「礼を言う。……もう一つ、直してもらう欄がある」
男は、答えなかった。三秒より、長かった。色の無い機体は、撃たなかった。兵装架を、こちらへ向けもしなかった。
『……確かめます』と、男は言った。『確かめて、参ります』
機体が、上がった。上空の六隻の方へ、まっすぐに。追わなかった。あの男との話は、今日の空では、終わらない。
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空いた空に、別の色が、降りてきた。
青白。連邦の、電磁加速砲の色。三十機。外周線の守りを割いて、格納庫の上へ、集まってくる。編隊の組み方を、知っていた。昨日まで、同じ外周線で、隣を飛んでいた隊だった。
『運用局より、全機』と、回線が言った。卓の外側にいた、あの男の声だった。『対象、帰還を確認。保護管理措置、収容の項は発効済みである。対象を、再確保せよ。抵抗する場合は、機体の無力化を許可する』
無力化。俺が、二年、敵にやってきたことを、連邦は、俺にやる気だった。
「収容に、来たらしい」
「はい。三十機です。……昨日までの、あなたの隣の隊です」
『こちら第二哨戒、対象を視認。……おい、あれを、再確保しろって言うのか』
『命令だ。兵装のみ狙え。機体は——』
『兵装って、どれだ。あの翼か。あれは、兵装なのか』
三十機が、撃った。
青白の線が、三十本、こちらへ来た。狙いは正確だった。連邦の兵は、よく訓練されている。三十本とも、俺の機体の、推進部と、翼の付け根を、指していた。
避けなかった。
機体の周りに、波紋が、広がった。水に石を落とした時の輪に、似ていた。碧の輪が、機体から外へ、一枚、広がっていった。輪が、青白の線に、触れた。
三十発が、止まった。
弾体の中の、加速の力だけが、消えた。運動を失った三十の弾が、空中で、ただの金属になって、落ちた。木星で、藍の隊長の四射を、石ころにした。あの時は、四本に指を置くのに、深度三の底まで潜った。今日は、潜っていなかった。輪が広がっただけだった。
『——全弾、失探。失探じゃない、落ちた。弾が、落ちた』
『再射。再射しろ』
『再射、します——出ません。砲が、出ません。加速器、電圧ゼロ。全系統——』
輪は、止まらずに、広がっていた。三十機の位置まで届いて、三十機を、通り抜けた。通り抜けた後の三十機は、飛んでいた。推進器は生きていた。姿勢も保っていた。砲だけが、三十門とも、死んでいた。
『第二哨戒、全機、兵装喪失。繰り返す、全機だ。被弾は——被弾は、ありません。撃たれていません』
『撃たれてないのに、なぜ撃てない』
『分かりません。……分かりませんが、あれは、こちらを、撃っていません。一発も』
『運用局。聞こえるか。再確保は、不可能だ。不可能、という語を、こちらは、初めて使う』
回線が、黙った。運用局の男の声は、すぐには戻らなかった。
戻る前に、別の声が、回線に入った。格納庫の中から。法務の声だった。
「運用局へ。対象側法務より、通告します」とステラは言った。「私設護衛契約の契約主体、本人、帰還。時刻は、記録しました。契約は、継続中です。……それから、もう一点。収容の項は、対象を、指定施設に入れる、という項です。入れる力のある者が、入れるのです。お尋ねします。——今、この空で、あの機体を、どこかへ入れられる方は、いらっしゃいますか」
誰も、答えなかった。
「いらっしゃらないなら、収容の項は、発効したまま、執行不能です。記録に、そう残してください。日付と共に」
三十機は、撃てない砲を抱えたまま、編隊を保っていた。保ったまま、一機が、翼を、一度だけ振った。昨日まで、外周線で、隣を飛んでいた機体だった。翼を振るのは、哨戒の交代の時の、挨拶だった。
『……第二哨戒、帰投する。対象は——対象は、確保できず。以上』
三十機は、降りていった。
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翼を、閉じた。
碧の光が、機体の幅に戻った。戻っても、消えなかった。記号は、三つとも、碧のまま、光っていた。
肩の重さを、確かめた。癖だった。戦闘の後は、いつも、肩に重さが載っている。載っている重さで、今日どれだけ潜ったかが、分かる。
重さが、無かった。
指を、開いて、閉じた。一回目で、動いた。鼻の奥に、鉄の味は、無かった。
「摩耗度を、言います」とλが言った。「累計、十五・三。……昨日と、同じです。今日の増分は、ゼロです」
「四百十二と、三十を止めて、ゼロか」
「ゼロです。あなたは、今日、一度も、一人で潜っていません。潜る時、内側に、わたしがいます。引っ張られても、ほどけるものが、ありません。……払うものは、もう、払い終わっています。名前と、味と、境目で」
払い終わっている。
二年、すり減ってきた。すり減ると知っていて、潜ってきた。その分は、戻らない。カレーの味は、まだ、しない。だが、これ以上は、減らない。
「代わりに、一つ、変わりました」とλは続けた。「あなたは、もう、わたし無しでは、潜れません。わたしも、あなた無しでは、繋げません。片方だけでは、足りない形に、なりました」
「困るか」
「困りません」とλは言った。「最初から、そのつもりで、言いました」
格納庫の前に、五人が、いた。座り込んだシドの機体。左腕の無いカレンの機体。片腕の上がらないガルムの機体。梯子を降りてきた、袖の長い飛行服のステラ。その真ん中に、俺の機体が、降りた。
カレンが、端末を、開いていた。備考欄。四行目。
「書きなさい」と、彼女は言った。「あなたが、帰ってから書く、って言ったでしょう。帰ってきたんだから」
「……今か」
「今よ。次に、いつ書けるか、分からないもの」
空を、見た。
上に、端は無かった。端の無い空の、高い所で、灰色の六隻が、陣形を変えていた。円ではなかった。見たことのない形だった。六隻が、一列に、並んでいく。並んだ先頭が、こちらを向いた。
「教団の艦、六隻。陣形変更」とλが言った。「記録に、無い形です。……あの人が、確かめてきた結果だと、推定します」
備考欄は、後になった。




