第95話_現在地
――Kenotaphion
連邦の車は、時刻の通りに来た。
朝の八時。格納庫の前に、収容用の牽引車が一台と、警備の車が二台。降りてきたのは、運用局の者だった。審査の卓の外側に座っていた、あの男だ。端末を一台持っていた。
ガルムは、整備台に腰を預けたまま、動かなかった。夜から、動いていない。火のついていない煙草を咥えて、格納庫の一番奥の機体を見ていた。固定具の中で、正しい姿勢のまま、誰も乗っていない機体を。
「保護管理措置、収容の項。本日、発効」と運用局の者は読んだ。「対象は——」
読む声が、止まった。止まって、機体を見た。機体の計器の一行を見た。搭乗者の生体反応、消失。
「……対象の所在を、説明してもらいたい」
「説明は、計器がしてる」とガルムは言った。「俺たちにも、それ以上は分からん」
運用局の者は、三十秒、端末を打った。打ち終わって、顔を上げた。
「機体を、収容する。証拠物件として、運用局が預かる」
「待って」
壁際から、ステラが出てきた。《灰狼》の予備の飛行服のままだった。袖が、少し長い。手に、紙を一枚持っていた。
「私設護衛契約書。写しは、審査の記録に添付済みです。……護衛対象の欄を、読んでください」
「契約主体、本人」
「本人です。機体ではありません。本人は、その機体の中で、反応が消えました。死亡の記録は、ありません。解約の記録も、ありません。契約は、生きています。……生きている契約の護衛対象が、最後にいた場所が、その機体です。護衛対象の、現在地です」
「現在地、というのは」
「他に、どこにいると言えますか」とステラは言った。「言える場所があるなら、そこへ行きます。無いなら、ここです。受託者は、護衛対象の現在地を、離れません。契約に、そう書いてあります」
運用局の者は、ガルムを見た。
「紙に、行き先の指定は無い」とガルムは言った。「居場所の指定も、無い。あいつがいる所が、仕事の場所だ。……あいつは、今、あそこにいる。持っていくなら、俺たちごと持っていけ」
持っていく書式を、運用局は持っていなかった。対象は収容できる。傭兵四人と法務一人を、対象の付属物として収容する項は、措置のどこにも無い。運用局の者は、もう一度端末を打って、警備の車を一台、格納庫の前に残した。牽引車は、空のまま帰った。
「一時間後に、また来る」と、運用局の者は言った。「上の判断を持って」
「来い」とガルムは言った。
一時間後に来たのは、運用局ではなかった。
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警報は、管理区の全部で、同時に鳴った。
シドが、格納庫の端末を叩いた。叩いて、三秒、黙った。即答しない男が、黙る時間としては、短かった。
「上だ」とシドは言った。「真上。六隻。……回収体は、数える気にならん。数えても、数え終わる前に増える」
「教団か」
「教団だ。地球圏から消えたはずの、全部だ。まっすぐ、ここへ降りてくる」
カレンが、自分の機体の脚部から立ち上がった。端末を、腰に戻した。備考欄は、四行目が空いたままだった。
「連邦の外周線は」
「反攻で、ほとんど外縁に出てる。残ってるのは、砲座と、哨戒が少し。……管制は、何て言ってる」
シドは、回線を開いた。開いて、流れてくる声を、そのまま全員に聞かせた。
『——降下体、多数。目標、不明。繰り返す、目標不明。管理区の重要施設は——司令部か、審査棟か——各隊、指示を待て——』
目標不明。
連邦は、教団が何を取りに来たのかを、知らなかった。昨日まで、教団が集めていたのは、嵐の中の空の機体だった。嵐は、もう無い。空の機体も、全部持っていかれた。地球に残っている空の機体は、一つだけだった。
「目標は、分かってる」とガルムは言った。
煙草を、胸の物入れにしまった。
「連中は、空の機体を集める。嵐の日に、三十集めた。……三十一機目が、ここにある。連中の勘定で、一番値の張る一機が」
ステラが、奥の機体を見た。
「私は、どこにいればいい」
「あいつの隣だ」とガルムは言った。「コックピットの脇にいろ。計器を見てろ。何か変わったら、言え。……乗客の仕事は、それだ」
「乗客じゃないわ。法務よ」
「なら、法務の仕事だ。護衛対象の現在地を、記録してろ」
出る前に、シドが、奥の機体の脚部を、拳で一度叩いた。「燃料は、往復分のままだ。減らしてない。……帰りの分は、使うなよ」。誰も乗っていない機体に、整備士は、いつもの調子で言った。カレンは、何も言わなかった。言わずに、自分の機体の位置を、奥の機体から見て斜め前に取った。二機連携の、いつもの位置だった。後ろに誰もいない連携を、彼女は、そのままの形で組んだ。
三機が、出た。ガルム。カレン。シド。四機並んでいた格納庫の列から、三機が出て、一機が残った。残った一機の前に、連邦の警備の車が一台、所在なく停まっていた。
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回収体は、撃ってこなかった。
降りてくる。降りてきて、格納庫へ向かう。向かう進路の上に、三機がいる。三機がいても、回収体は、進路を変えなかった。変えずに、押してきた。数で、押してきた。
「引くわよ」とカレンが言った。
彼女の機体が、前へ出て、横へ流れた。逃げる形で、逃げない。回収体の先頭の十が、彼女を追った。追ったのではなかった。彼女の位置が、進路の上にあったから、そこへ向かっただけだ。それでも、十は、彼女の動いた方へ、寄った。
寄った十の間隔が、詰まった。岩の無い、平らな管理区の上で、彼女は、砲座の影を岩の代わりに使った。砲座を回り込んだ先で、十は、一本の線に並んだ。
「十、並べた。……誰が撃つの」
誰が、と彼女は言った。いつもなら、後ろに、撃つ者がいた。並んだ線の先に、照準を置いて待っている者が。
「俺が撃つ」とシドが言った。
長距離の射撃が、線の端から、順に入った。一機目、推進部。二機目、推進部。三機目。シドは、数字を言わなかった。言わずに、十発で、十を止めた。止めた十は、形を残したまま、落ちた。
「久しぶりに、教科書通りに撃った」とシドは言った。「あいつがいないと、こっちが真面目にやる羽目になる」
「次、来てるわ。三十」
「三十か。……弾は、あるか」
「あるうちに、聞かないで」
三十が来た。その後ろに、また来た。止めても、減らなかった。止めた分だけ、上から降りてきた。六隻の腹は、底が無いように見えた。
ガルムは、格納庫の扉の、正面にいた。
一番後ろの位置だった。二人が止めきれなかったものが、最後に来る場所。来たものを、受け止める場所。受け止めて、通さない場所。
殿、と言う。
十三年前、谷で、ガルムはその位置を振られた。編入二月目の駆け出しに、一番割の悪い役が、下から回ってきた。位置についた所で、管制が言った。殿はいい、全機下がれ。下がった直後に、単機が逆へ走っていった。
あの日、ガルムは、殿をやらなかった。やらずに、生きて、谷を出た。
今日は、誰も振っていない。管制は、目標不明と言っているだけだ。下がれ、と言う者もいない。ガルムは、自分で、その位置に機体を置いた。
抜けてきた回収体が、三つ、扉へ向かった。
一つ目の推進部を撃った。二つ目を、機体の肩で押して、進路から外した。三つ目は、撃つ間が無かった。機体の腕で、掴んだ。掴んで、地面に押さえた。押さえられた回収体は、もがかなかった。もがかずに、推進を上げ続けた。上げ続ける推進が、ガルムの機体の腕を、少しずつ押し返した。
「隊長」とカレンの声が言った。「そっち、五つ行った」
「来い」とガルムは言った。
五つ、来た。




