神隠しの謎②
週末の午後。
俺の自宅のリビングには、普段なら見慣れない光景が広がっていた。
テーブルの上には、数冊の雑誌と切り抜いた新聞記事、そしてノートパソコンが並んでいる。
その中でも、俺たちが特に注目しているのは、神戸市内の小学校で起きた児童失踪事件を取り上げた週刊誌の記事だった。
「うーん……。やっぱり、何か引っかかるんだよな」
俺はスマートフォンを片手に、週刊誌の記事を何度も読み返していた。
向かい側では、健三がノートパソコンの画面を見つめながら、キーボードを叩いている。
「知也殿、何度読み返しても、記事に書かれている内容は変わらないでござるよ」
「わかってるよ。でも、どうにも納得できないんだ」
「納得できないとは?」
「だってそうだろ。普通に考えたら、誰かに連れ去られた可能性を疑うよな。でも、今のところ、それらしい証拠が見つかっていないんだ」
隣に座っていた京子も、雑誌を手に取り、記事の写真を眺めていた。
「確かに不思議よね。学校の周辺でも、怪しい人物は確認されていないみたいだし……」
「記事によれば、防犯カメラの映像も確認されたようでござるが、決定的な手掛かりは見つからなかったようでござるよ」
健三は画面から目を離さずに答えた。
そこへ、佳苗がティーポットとカップを乗せたトレーを持ってきた。
「皆さん、少し休憩しませんか? アップルティーを淹れてみました」
「おっ、いい香りだな!」
「佳苗、ありがとう」
俺はカップを受け取り、そっと顔を近づけた。
ふわりとリンゴの優しい香りが広がる。
なんだか、張り詰めていた気持ちが少し和らぐ。こういう香りって、いいものだな。
俺は一口飲むと、思わずほっと息をついた。
「うん、美味しい。こういう休憩も大事だな」
「ふふっ。少しでも気分転換になればと思って」
佳苗は嬉しそうに微笑んだ。
「佳苗ちゃん、ありがとう。私もいただくね」
京子もカップを手に取った。
しばらくの間、俺たちはアップルティーを飲みながら、事件について思いを巡らせていた。
やがて、京子が週刊誌の記事に目を落とし、ぽつりとつぶやいた。
「それにしても、この事件……。本当に今回が初めてなのかな?」
その言葉に、俺は顔を上げた。
「どういう意味だ?」
「だって、神隠しって昔からある話でしょ? もしかしたら、この地域でも過去に似たような事件が起きていたんじゃない?」
健三がカップを置いた。
「なるほど。それは調べてみる価値がありそうでござるな」
確かに、京子の言う通りかもしれない。
もし過去にも同じような事件が起きていたとしたら、何か共通点が見つかる可能性がある。
「それは面白いな! 過去の新聞記事や記録を調べてみようぜ」
「じゃあ、私も調べてみるね」
京子がそう言うと、佳苗も微笑みながら頷いた。
「私もお手伝いします」
こうして俺たちは、現在の事件だけでなく、この地域で過去に起きた神隠しについても調べ始めることになった。
俺はスマートフォンで検索を続けたが、なかなか目ぼしい情報は見つからなかった。
「うーん……。神隠しって言っても、昔の話となると情報が少ないな」
「確かに、最近の事件ならネットにも情報が残っているでござるが、昔の出来事となると難しいでござるな」
健三はパソコンの画面を見つめながら、首をひねった。
京子もスマートフォンを操作しながら、何か手掛かりがないか探している。
「もう少し範囲を広げて調べてみたらどうかな? 神戸市内だけじゃなくて、周辺の地域も含めて」
「そうだな。それも試してみるか」
俺はそう答えたものの、考えれば考えるほど頭の中が混乱してきた。
「うーん……。分からん!」
俺は大きく息を吐くと、ラグマットの上にゴロンと横になった。
「ちょっと! まさか、下着を見てるんじゃないでしょうね?」
京子の声が飛んできた。
「えっ? 知也さん、これはキツイお仕置きが必要ですね」
佳苗はにっこりと微笑んでいる。
……が、なぜか目がまったく笑っていない。
その表情を見た瞬間、俺の背中に冷たいものが走った。
「へっ? いやいや、ち、違うから! ちょっと横になっただけだって!」
俺は慌てて両手を振った。額には、いつの間にか冷や汗が浮かんでいた。
「本当かしらねぇ?」
京子が疑いの目を向けてくる。
「まったく、二人とも勘弁してくれよ……」
俺は天井を見上げながら、思わず苦笑いした。
すると、その様子を見ていた健三が、パソコンの画面を指さした。
「知也殿! ちょっと気になる記事を見つけたでござるよ!」
「えっ? 何か見つかったのか?」
俺は慌てて起き上がり、健三のパソコンを覗き込んだ。
画面には、古い新聞記事の画像が表示されていた。
「これは?」
「過去の新聞記事を検索していたところ、約50年前の失踪事件に関する記事を見つけたでござる」
「50年前……?」
俺は思わず画面に顔を近づけた。
50年前といえば、今の俺が生まれるずっと前の出来事だ。
そんな昔にも、同じような事件が起きていたのだろうか。
記事の日付は、今から約50年前。
見出しには、こう書かれていた。
『神戸市内の小学生、下校途中に行方不明』
「えっ……。これって、まさか」
思わず声が漏れた。
京子も俺の隣にやってきて、画面を覗き込んだ。
「記事によると、当時、小学四年生の男の子が行方不明になったみたいね」
健三が画面をスクロールする。
「この児童は、学校を出たあと、帰宅する途中で消息を絶ったようでござる。警察も周辺を捜索したようでござるが、発見には至らなかったと書かれているでござるよ」
「下校途中に……。それじゃあ、今回の事件と似ているじゃないか」
俺は記事を読み返した。
まさか、50年前にも同じような事件が起きていたなんて……。
偶然なのだろうか。
それとも、俺たちが知らなかっただけで、過去にも同じような出来事が繰り返されていたのだろうか。
胸の奥に、何とも言えないざわつきを感じた。
当時も、誘拐を疑って捜査が行われたらしい。
しかし、犯人につながる手掛かりは見つからず、男の子の行方も分からないまま、事件は未解決となっていた。
「ねえ、健三さん。この子が行方不明になった場所は分かる?」
京子が尋ねた。
「記事には、当時の住所と学校名が記載されているでござる。少し調べれば、現在の地名や場所も確認できると思うでござるよ」
健三はそう言うと、再びキーボードを叩き始めた。
俺は腕を組み、画面を見つめた。
50年前にも、同じ神戸市内で小学生が忽然と姿を消していた。
もちろん、これだけで現在の事件と関係があるとは言い切れない。
だが、偶然にしては気になる。
もし、この地域で過去にも同じような失踪事件が起きていたとしたら……。
今回の事件も、単なる誘拐や事故ではないのかもしれない。
そんな考えが頭をよぎった。
「もし、この二つの事件に何か共通点があるとしたら……」
俺がそうつぶやくと、京子も真剣な表情で頷いた。
「もっと詳しく調べてみる必要がありそうね」
「うむ。まずは、当時の事件が起きた場所を特定するでござる」
健三のキーボードを叩く音が、静かなリビングに響き始めた。
俺たちは、50年前に起きた失踪事件の詳細を調べることにした。
50年前にも起きていた、小学生の失踪事件。
それは、本当に偶然なのだろうか。
俺は画面に映る古い新聞記事を見つめながら、言いようのない不安を感じていた。
まだ、この事件の裏に何が隠されているのか、俺たちには知る由もなかった。




