神隠しの謎
三人で週刊誌を読んだ後、健三は自分のノートパソコンを物置同然になっていたシステムデスクに置き、調べ始めてくれた。
京子は未だに難しい顔をして、週刊誌の記事とにらめっこしている。
リーダーである俺はというと、スマホを使って情報を集めていた。
『小学校の校庭で児童が突然消失! 目撃者多数の謎』
週刊誌の記事は、思わず目を見張る内容だった。
「ねえ、知也。この事件、本当に誘拐じゃないのかな?」
京子が記事から顔を上げて尋ねてきた。
「どうだろうな。でも、小学校の校庭で、しかも平日の昼間だぞ? 友達も先生もいたはずなのに、突然消えたっていうのは不思議だよな」
「確かにね。普通なら誰かが気づきそうなものだけど……」
俺も同じことを考えていた。
誘拐なら、誰かが連れ去るところを目撃していてもおかしくない。ましてや学校の校庭だ。人目につかずに連れ去るなんて、簡単なことじゃないはずだ。
「いやいや、ちょっと待つでござる。まだ神隠しと決めつけるのは早いでござるよ」
パソコンの画面を見つめていた健三が、こちらに顔を向けた。
「週刊誌の記事だけでは情報が少なすぎるでござる。拙者がネットで詳しく調べてみるでござるよ」
「おお! さすが健三。頼りになるな!」
「当然でござる! こういう調査は拙者に任せるでござる!」
「ずいぶん張り切ってるな」
「当たり前でござる! 謎の事件を前にして、黙っているわけにはいかぬでござる!」
健三の妙な自信には、いつもながら感心させられる。
普段は少し変わったところもあるが、パソコンのことになると頼りになる男だ。こういうときは本当に心強い。
そんな俺たちのやり取りを聞きながら、佳苗がお盆にお茶を載せてやってきた。
「皆さん、お茶をどうぞ。少し休憩しませんか?」
「おっ、ありがとう!」
俺は湯呑みを受け取り、一口すすった。
「ふう……。やっぱり佳苗のお茶は落ち着くな」
「ふふっ。ありがとうございます」
佳苗は京子と健三の前にも湯呑みを置いた。
「佳苗さん、いつもありがとうね」
「いえいえ。皆さん、調べ物に夢中みたいですから」
「いやあ、かたじけないでござる。佳苗殿のお茶は格別でござるな」
健三はそう言うと、再びパソコンに向き直った。
その様子を見ていた京子が、ふと思い出したように佳苗に声をかけた。
「ねえ、佳苗さん」
「はい?」
「これからは佳苗ちゃんって呼んでいい?」
「ええ、喜んで」
「ありがとう! じゃあ、これからは佳苗ちゃんね!」
「はい。よろしくお願いします」
佳苗は嬉しそうに微笑んだ。
こういう何気ないやり取りも悪くない。調査に夢中になっていた部屋の空気が、少しだけ和らいだ気がした。
「ところで、知也。事件のあった小学校はどこなの?」
京子に聞かれ、俺はスマホの画面を確認した。
「えーっと、記事によると、神戸市内にある小学校らしい」
「神戸か……。私たちが住んでいる東京からだと、ずいぶん遠いわね」
「そうだな。今すぐ現地に行くわけにもいかないし、まずはネットで調べてみよう」
東京から神戸か……。
さすがに、ちょっと調べてみようというだけで出かける距離じゃない。まずは手元にある情報を集めるしかなさそうだ。
俺たちが話している間も、健三は黙々とキーボードを叩いていた。
「むむっ……。これは少々気になるでござるな」
「何か見つかったのか?」
俺と京子は、健三のパソコン画面を覗き込んだ。
「小学校の防犯カメラでござる。どうやら、校庭や校舎の周辺を撮影していたようでござるな」
「防犯カメラか! それなら何か分かるかもしれないな」
「そうでござる。事件が起きた時間帯の映像を確認できれば、少なくとも外部から不審者が侵入したかどうかは分かるはずでござる」
健三は画面を操作しながら、さらに説明を続けた。
「学校側が公開している情報だけでは限界があるでござる。拙者、映像記録にアクセスできないか調べてみるでござるよ」
「そんなことまでできるのか?」
「ふふふ。拙者の技術力を甘く見てもらっては困るでござる!」
しばらくすると、健三の表情が真剣になった。
「見つけたでござる……」
「本当か!?」
「事件当日の映像でござる。時間を合わせて確認してみるでござるよ」
俺と京子は、健三の背後から画面を覗き込んだ。
そこには、校庭で遊ぶ子どもたちの姿が映っていた。
映像の時間を事件発生時刻に合わせる。
しかし、怪しい人物が校庭に近づいてくる様子はない。校門付近にも、不審な侵入者は確認できなかった。
「どういうことだ? 外から誰かが入ってきた形跡がないぞ」
「まだ分からないでござる。校庭だけではなく、校舎の出入口も確認するでござる」
健三は別の映像に切り替えた。
校舎の出入口や周辺の様子を確認していく。
だが、こちらにも不審な人物は映っていなかった。
「うーん……。これだけじゃ、まだ何とも言えないわね」
京子が腕を組んで考え込む。
「そこで、もう一つ調べてみたでござる」
「もう一つ?」
「学校の近くにあるコインパーキングでござる。もし車を使って連れ去った可能性があるなら、周辺の映像も確認する必要があるでござるよ」
「なるほどな。確かに、それは重要だ」
健三はさらに調査を進めた。
近隣のコインパーキングに設置された防犯カメラの映像も確認する。
しかし、事件の時間帯に不審な車が出入りした様子は見当たらなかった。
「こちらも特に怪しい動きはないでござるな……」
「つまり、誰かが学校に侵入した形跡も、車で連れ去ったような形跡も見つからなかったってことか?」
「現時点で確認できた映像の範囲では、そういうことでござる。ただし、死角や映像に映らない経路がある可能性までは否定できないでござるよ」
健三の言葉に、俺たちは黙り込んだ。
誘拐ではないと断定できるわけじゃない。
それでも、これだけの映像を調べても不審な点が見つからないというのは、どうにも腑に落ちなかった。
いったい、あの少年に何が起きたんだ?
目の前から突然姿を消すなんて、普通に考えればあり得ない。
「ねえ、知也。あなたはどう思う?」
京子が俺の顔を覗き込んできた。
「俺か……?」
「うん。最初から何か考えているように見えるけど」
俺は腕を組み、しばらく考えた。
誰かが連れ去ったわけでもない。
少なくとも、今確認できた映像には、その証拠がない。
そのとき、俺の頭に一つの考えが浮かんだ。
「……もしかして、異世界に転移したんじゃないか?」
「えっ?」
京子が目を丸くした。
「異世界転移でござるか?」
健三もキーボードを叩く手を止めた。
口にした瞬間、自分でも少し驚いた。
こんなことを言えば、二人に笑われるかもしれない。だけど、どうしてもその可能性が頭から離れなかった。
「いや、もちろん今の段階で証拠なんてない。でも、もし本当に誰かに連れ去られたわけじゃないとしたら……。俺たちがずっと探していた異世界転移が関係している可能性だってあるんじゃないか?」
「ちょっと待ってよ。いきなり異世界転移って言われても……」
「分かってる。普通ならそんなこと考えないよな。でも、考えてみてくれよ。目の前から突然人が消えるなんて、普通じゃないだろ?」
俺は二人の反応をうかがった。
本当は、俺だって確信があるわけじゃない。
ただ、これまで何度も考えてきた異世界転移という言葉が、今までになく現実味を帯びて感じられたんだ。
「確かに、不可解な事件ではあるでござる。しかし、映像に映っていないからといって、異世界転移が起きた証拠にはならないでござるよ」
「それはそうだ。でも、可能性の一つとして考えてもいいんじゃないか?」
京子は再び週刊誌の記事に目を落とした。
「もし本当に異世界に行ってしまったのなら、その男の子は今どうしているんだろう……」
その言葉に、俺は返す言葉を失った。
そうだ。
もし異世界転移が起きたのなら、少年は今どこにいるのだろう。
元の世界に戻ることはできるのだろうか。
そして、もし戻れなかったとしたら……。
考えれば考えるほど、胸の奥がざわついてくる。
「拙者としては、まずは事件の詳細をもっと調べるべきだと思うでござる。目撃者の証言や、事件前後の状況も確認したいところでござるな」
「そうだな。まだ分からないことだらけだ」
俺はスマホを手に取り、もう一度記事を読み返した。
これまで、異世界に行く方法ばかりを考えていた。
けれど、もし異世界転移が本当に存在するのなら、すでにこの世界から異世界へ渡ってしまった人がいるのかもしれない。
そして、その人が元の世界に戻れずにいるとしたら……。
「なあ、みんな。俺たち、もっと本気で調べてみないか?」
俺は二人の顔を見た。
「異世界転移が本当にあるのかどうか。今回の事件をきっかけに、徹底的に調べてみたいんだ」
京子は少し驚いた顔をした後、ゆっくりとうなずいた。
「……そうね。ここまで来たら、私も気になるわ」
「拙者も協力するでござる! こういう謎こそ、調べがいがあるというものでござる!」
佳苗は空になった湯呑みを片付けながら、俺たちの様子を見て微笑んでいた。
「皆さん、あまり無理はしないでくださいね」
「ああ、ありがとう。佳苗」
俺はもう一度、週刊誌の記事に目を向けた。
神戸市の小学校で起きた、不可解な失踪事件。
それは、俺たちが追い求めていた異世界への道につながっているのだろうか。
まだ何も分からない。
けれど、俺の胸の中では、これまでにない期待が膨らみ始めていた。
もしかしたら、俺たちは今、とんでもない秘密の入り口に立っているのかもしれない。
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