研究会、初集合!
ベッド脇の置き時計を確認すると、もうすぐ10時になる。今朝は5時から起きている。
こんな胸の高鳴りを感じるのは、何年ぶりだろう。まるで旅行当日の朝みたいだ。楽しみで仕方がない。
俺は、いや、正しくは俺たちは研究会を立ち上げた。その活動拠点と呼べる場所は、俺の家だ。
何しろ、異世界に関するライトノベルや漫画なら、わんさかある。
……訂正しよう。
あり過ぎて、正直散らかっている。
今日は研究会の初集合だ。みんなが気持ちよく活動できるように、部屋を綺麗にしておこうと思ったのだが、これがなかなか進まない。
片付けている途中で、懐かしい漫画を見つけてしまった。
「おおっ! これ、懐かしいな!」
気がつけば、床に座り込んで漫画を読み始めていた。
一冊だけ……一冊だけ読んだら片付けよう。
そう思っていたのに、いつの間にか二冊目に突入していた。
ピンポーン!
突然、玄関のチャイムが鳴った。
「はーい!」
慌てて漫画を閉じ、玄関へ向かう。
ドアを開けると、そこには京子が立っていた。
「おはよう、知也」
「おう! おはよう!」
京子は俺の顔を見たあと、部屋の中に視線を移した。
そして、数秒間沈黙した。
「……何これ?」
「何って、俺の部屋だけど?」
「そういう意味じゃないわよ!」
京子の目が鋭くなる。
床には漫画や小説が積み重なり、テーブルの上にはゲームのコントローラーや飲みかけのペットボトル。椅子には脱ぎっぱなしの服まで置いてある。
「私、帰るわ。綺麗に片付いたら連絡頂戴」
「ちょ、ちょっと待て! せっかく来たんだから!」
「せっかく来たのに、これを見せられた私の気持ちも考えてよね」
「いや、まだ片付けてる途中なんだって!」
「どこが?」
「……これからだ!」
京子は大きなため息をついた。
そのとき、再び玄関のチャイムが鳴った。
「おや? もう皆さん集まっているのでござるか?」
やって来たのは健三だった。
「おはようでござる!」
「おう、健三! おはよう!」
健三は部屋の中を見渡すと、少し困ったように笑った。
「なるほど……これはなかなかの状態ですな」
「でしょ? 私、帰るところだったの」
「まあまあ、京子殿。三人で片付ければ、すぐに終わるでござるよ」
「……仕方ないわね」
こうして、研究会の初活動は掃除から始まることになった。
俺は床に散らばった漫画を本棚に戻し始めた。
ところが、片付けているうちに、また気になる漫画を見つけてしまった。
「あっ、これ!」
ページを開く。
……面白い。
やっぱり名作は何度読んでも面白いな。
「ちょっと、知也!」
「うわっ!」
京子の声で我に返った。
「何してるのよ! 片付けるんじゃなかったの?」
「いや、これは違うんだ。片付ける前に内容を確認していただけで……」
「言い訳しない!」
京子は呆れた顔で俺を睨んだ。
その横では、健三も本棚の奥を覗き込んでいた。
「おおおっ! これは!」
「どうした、健三?」
「知也殿、これを見てくだされ! まさか、この漫画を持っていたとは!」
健三が手にしていたのは、今ではなかなか手に入らないレアな漫画だった。
「おおっ! それか、初版なんだぜ!」
「そうでござる! いやあ、これは懐かしいですな!」
二人で夢中になってページをめくる。
「この作者の作品は、やっぱり最高だよな!」
「分かっておりますな、知也殿!」
「ちょっと! あんたたち!」
京子の声が響いた。
振り向くと、京子はいつの間にか靴べらを手に持っていた。
そして、その靴べらを自分の掌にパシパシと叩きつけている。
「えっと、……何をしているのかな?」
「見れば分かるでしょ? あんたたちがサボらないように監視しているのよ」
「いや、そんな鬼教官みたいなことしなくても……」
「だったら、さっさと片付けなさい!」
「「はいっ!」」
俺と健三は慌てて作業に戻った。
それからしばらくして、ようやく部屋が片付いた。
「ふぅ……やっと終わった」
俺が大きく息を吐いた、そのときだった。
ピンポーン!
再び玄関のチャイムが鳴った。
「誰だろう?」
玄関を開けると、そこには佳苗が立っていた。
「こんにちは、知也さん」
佳苗の手には、大きな鍋と袋があった。
そして、ふわりとカレーのいい香りが漂ってくる。
「佳苗! その鍋、もしかして……」
「うん。今日はカレーを作ってきたの。みなさんにも食べてもらおうと思って」
「おおっ! カレー!」
思わず声が弾んだ。
「それから、こっちはパンね」
佳苗が袋から食パンを取り出した。
「……えっ?」
俺は思わず固まった。
カレーにパン?
いや、もちろんカレーとパンの組み合わせが悪いわけじゃない。
でも、カレーといえばライスだろう!
「佳苗、カレーなのに食パ……」
その瞬間、肩に何かが触れた。
ちょん、ちょん。
振り向くと、京子が靴べらを持って立っていた。
「……もう一回、言ってみなさいよ」
「いえ、何でもありません!」
「佳苗さんがせっかく作ってくれたのよ? 何か文句でもあるのかしら?」
「カレーとパンも、すごくおいしそうだと思います……」
「ふふっ。よかった。たくさん作ってきたから、みんなで食べようね」
佳苗は嬉しそうに笑った。
健三も笑いながら、
「カレーなら何でも大歓迎でござるよ!」
と言っている。
こうして、研究会の初集合は、みんなでカレーを食べることになった。
俺は一応リーダーのはずなのだが、どうやら鬼教官に監視される見習い扱いらしい。
まあ、カレーが美味しければ、それでいいか。
食事が終わり、みんなで一息ついていると、佳苗が尋ねてきた。
「それで、どこまで進んだの?」
「えっ?」
俺は思わず言葉に詰まった。
「研究会のこと。何か進展はあった?」
「…………」
「みんなで掃除しただけよ」
京子があっさり答えた。
「確かにそうでござるな」
健三まで同意する。
「えっ? 嘘? だって先週綺麗に片付けたのに」
佳苗が驚いた顔で俺を見る。
俺は何も言わず、京子の方を見た。
京子は無言で俺を睨んでいる。
……はい。俺が悪かったです。
「ま、まあ、今日は初集合だからな! これから本格的に始めるんだよ!」
「そうね。まずは何を調べるのか、ちゃんと決めないとね」
京子がそう言うと、健三も頷いた。
「情報を集めるにしても、何から手をつけるか決める必要がありますな」
「うん。焦らず、少しずつ進めていこうね」
佳苗も笑顔で応援してくれた。
みんなで話をしていると、俺の中で異世界への期待がどんどん膨らんでいく。
「それにしても、早く異世界に行ってみたいな……」
何気なく口にした言葉だった。
そのとき、佳苗の表情がほんの一瞬だけ曇った。
「佳苗さん? どうかした?」
京子が不思議そうに尋ねる。
「えっ? ううん、何でもないよ」
佳苗はいつもの笑顔に戻し、少しだけ視線を落とした。
「そっか?」
俺は特に気に留めず、話を続けた。
その後も、研究会で何をするかについて、あれこれと話し合った。
そんな中、京子がふと思い出したように声を上げた。
「あっ、そうそう。これを持ってきたんだった」
そう言って、バッグの中から一冊の週刊誌を取り出した。
「何だ、それ?」
「ちょっと気になる記事があったのよ」
京子はページをめくり、ある記事を開いてテーブルの上に置いた。
そこには、大きな見出しが載っていた。
『神隠し――人は忽然と姿を消すのか』
「神隠し……?」
俺はその文字を見つめた。
記事には、昔から各地で語り継がれてきた神隠しの伝承や、突然姿を消した人々について書かれていた。
「これ、面白そうじゃない?」
京子が俺の顔を覗き込む。
「お、おい……これって、もしかして……」
「そう。あなたが調べたいって言っていたことに、関係があるんじゃないかと思って」
健三も記事を覗き込む。
「これは興味深いですな。神隠しと異世界転移……もし何か関係があるのなら、調べてみる価値はありそうですぞ」
「だろ!?」
俺は思わず身を乗り出した。
「これだよ! こういうのを調べたかったんだ!」
ようやく、研究会らしくなってきたじゃないか。
俺たちの異世界転移研究は、まだ始まったばかりだ。
そして、この週刊誌の記事が、俺たちの最初の研究テーマになるのだった。
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