キミを守りたい
ああ、眠い……。
ちょっと寝不足だ。
警告の件も気になるが、それ以上に佳苗のことが心配だった。
俺と同じ一人暮らし。しかも、若い女性だ。
あんな警告を受けた後だ。何かあってからでは遅い。
昨日、一緒に住もうと提案してみたものの、佳苗からは考える時間が欲しいと言われてしまった。
もちろん、無理強いするつもりはない。
下心だってない。
……いや、正確に言えば、今はない。
けど、芽生える可能性はある。
こればかりは仕方がない。
だって、俺も若い男なんだもん。
それに、佳苗は可愛いし。
そんなことを考えながら、俺は佳苗の部屋の前までやって来た。
今日は、佳苗の様子を確認するために訪ねてきたのだ。
もちろん、一緒に住む提案をしてから、佳苗がどう思っているのかも気になっている。
ところが、いざ玄関の前に立つと、呼び鈴を押すことができない。
指を伸ばしかけては、引っ込める。
これで三度目だ。
……俺は何をやっているんだ。
まるで不審者じゃないか。
隣の部屋に住んでいるのに、呼び鈴一つ押せないとは情けない。
俺は小さく息を吐き、覚悟を決めた。
そして、呼び鈴を押そうと手を伸ばした、その瞬間だった。
ガチャッ。
目の前の玄関ドアが突然開いた。
「わっ!」
思わず声が出た。
「あれ? 知也さん?」
ドアの向こうに立っていたのは、佳苗だった。
「ど、どうしたの? そんなに驚いて」
「いや、ちょっとな……」
まさか、こんなタイミングでドアが開くとは思わなかった。
俺は胸を押さえながら、何とか平静を装った。
「どうしたの? 知也さん」
「いや、ちょっと佳苗の様子が気になってな」
「そっか。心配してくれたんだね。ありがとう」
佳苗は嬉しそうに微笑んだ。
「立ち話もなんだから、中に入って」
「えっ? いいのか?」
「もちろん。どうぞ」
佳苗がドアを大きく開けてくれた。
「あ、ああ。お邪魔します」
俺は一歩、部屋の中へ足を踏み入れた。
……ここが佳苗の部屋か。
当然のことだが、初めて入る場所だ。
隣同士に住んでいるとはいえ、これまで部屋を訪ねたことはなかった。
玄関から室内をそっと見渡す。
きれいに片付いている。
家具や小物も、佳苗らしい落ち着いた雰囲気だ。
なんだろう……。
妙に緊張する。
別にやましいことを考えているわけじゃない。
ただ、好きな女の子の部屋に初めて入るんだ。
そりゃ、多少はドキドキするだろう。
俺は自分にそう言い聞かせながら、佳苗の後についていった。
……落ち着け、俺。
今日は佳苗の様子を確認しに来たんだ。
余計なことを考えるな。
しばらく佳苗と話をしているうちに、俺はトイレを借りることにした。
「佳苗、ちょっとトイレを借りるぞ」
「うん。どうぞ」
用を済ませた俺は、手を洗うために洗面所へ向かった。
「佳苗、手を洗ってくるな」
「えっ!?」
その瞬間だった。
バタバタバタッ!
廊下の向こうから、慌ただしい足音が聞こえてきた。
何事かと思って振り向くと、佳苗が洗濯籠を抱えて駆け寄ってきた。
「ちょ、ちょっと待って!」
佳苗は洗面所の前に立つと、洗濯籠の中を俺から隠すように抱え込んだ。
そして、俺をじろりと睨む。
「まさか、見てないでしょうね?」
「えっ?」
何のことだ?
佳苗の視線が洗濯籠に向いた。
……ああ、なるほど。
「み、見てない! 何も見てないぞ!」
俺は首が取れそうな勢いで、ブンブンと顔を横に振った。
「本当に?」
「本当だ! 俺は佳苗に一言告げてから来たんだからな!」
「それはそうだけど……」
佳苗はまだ疑わしそうな目を向けている。
いやいや、俺は何も悪いことをしていないはずだ。
むしろ、ちゃんと声を掛けた自分を褒めてほしいくらいだ。
「女の子の部屋なんだから、そういうところは気をつけてね」
佳苗は洗濯籠を抱えたまま、少し頬を赤くして言った。
いやいや、だから俺はちゃんと声を掛けたんだって!
心の中で反論したものの、口には出せなかった。
「わ、分かった。気をつけるよ」
「うん。よろしくね」
佳苗はようやく安心したように微笑んだ。
……なんだろう。
俺は何もしていないのに、なぜか叱られた気分だ。
◇◇◇
その後、俺たちはリビングに戻った。
佳苗がお茶を用意してくれたので、テーブルを挟んで向かい合って座る。
「はい、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
湯気の立つカップを手に取り、一口飲む。
少し落ち着いたところで、俺は本題を切り出した。
「ところで、昨日の警告のことだけど……怖くなかったか?」
佳苗はカップを置き、少し考えるように視線を落とした。
「うん。やっぱり怖いよ。誰かに見られているかもしれないって思うと、気になっちゃうし」
「そうだよな……」
「でも、みんながいるから大丈夫。知也さんも、京子ちゃんも、健三さんもいるでしょ?」
「そうだな。俺たちは一人じゃない」
「うん」
佳苗は小さく頷いた。
無理に強がっているようには見えなかった。
仲間がいることを、本当に心強く思ってくれているのだろう。
「それで、防衛対策のことなんだけどな」
「うん。どうなっているの?」
「健三がいろいろ準備を進めてくれている」
俺は、今分かっている進捗を説明した。
まず、健三はウェアラブルカメラのテストを進めている。
外出時に身につけて、必要な場面を記録できるかどうか。撮影範囲や映像の確認方法など、実際に使うことを想定して検証しているらしい。
撮影した映像は、健三の専用サーバーに保存する仕組みを考えている。
ただし、何でも自動的に送信するわけではない。
必要な映像を自分で選び、決めたタイミングで共有する方針だ。
「それなら、関係のない映像まで共有されずに済むね」
「ああ。プライバシーの問題もあるからな」
それから、スマートウォッチについても話した。
京子が全員分の購入を申し出てくれたので、健三が機種の選定を進めている。
心拍数などの情報を取得できる機種を選び、今使っている位置共有アプリと連携させる予定だ。
「心拍数も分かるようになるんだ?」
「そうだ。急激な変化があれば、異常を知らせる仕組みも考えている。ただ、それだけで危険だと判断できるわけじゃないけどな」
「なるほどね。体調が悪くなったときにも気づけるかもしれないね」
「そういう使い方もできると思う」
まだ機能の追加はこれからだ。
機種が決まったからといって、すぐに使えるわけではない。
それでも、少しずつ準備は進んでいる。
「マンションの防犯カメラについても、健三が設置場所を検討している。ただ、共用部分に設置するには管理会社や所有者側の許可が必要だから、勝手には取り付けられない」
「そうなんだ。すぐには難しそうだね」
「ああ。だから、まずは設置できる場所や死角を調べているところだ」
「健三さん、頑張ってくれているんだね」
「あいつには感謝しているよ。俺たちだけじゃ、ここまで考えられなかったと思う」
「京子ちゃんも、スマートウォッチを買ってくれるって言っていたよね」
「ああ。みんな、それぞれできることを考えてくれている」
俺たちは研究を続けると決めた。
そのためには、危険に備えることも必要だ。
ただ、機械を揃えれば安心というわけではない。
使い方を理解し、いざというときに役立つようにしておかなければ意味がない。
「それと、しばらくは一人で行動するのをできるだけ避けようと思っている」
「一人で?」
「ああ。外出するときは、できるだけ誰かと一緒に行動する。どうしても一人になる場合は、行き先や帰宅予定を仲間に伝えておく」
「それはいいと思う」
「予定が変わったときも、連絡を入れるようにしよう。何かあったときに、誰も居場所を知らないというのは避けたいからな」
「うん。私もそうするね」
佳苗は素直に頷いた。
「でも、知也さんも気をつけてね」
「俺?」
「うん。私のことばかり心配して、自分のことを後回しにしないでね」
「大丈夫だ。俺だって気をつけるよ」
「本当かな?」
「信用ないな……」
佳苗はくすっと笑った。
「だって、知也さんって、何かあると自分で何とかしようとするところがあるから」
「そんなことはないぞ」
「そうかな?」
「……少しはあるかもしれない」
「やっぱり」
佳苗は楽しそうに笑った。
どうやら、反論できそうにない。
「だから、何かあったら必ず連絡してね。私も知也さんに連絡するから」
「ああ。約束する」
俺は佳苗の目を見て頷いた。
「それから、京子たちとも情報を共有しておく。今日話した内容も、後でグループの連絡に流しておくよ」
「うん。京子ちゃんにも伝えておいてね。私からも、話を聞いたって連絡しておく」
「分かった。健三にも伝えておこう」
誰か一人だけが情報を抱え込むのはよくない。
全員が同じ状況を把握していれば、何かあったときにも対応しやすいはずだ。
佳苗はカップを両手で包み込むように持ちながら、俺を見つめた。
「知也さん」
「ん?」
「心配してくれてありがとう。私も、みんなのためにできることを考えるね」
「無理はするなよ」
「うん。でも、私だってみんなを守りたいから」
その言葉に、俺は少し驚いた。
佳苗は守られるだけでいいとは思っていない。
仲間の一人として、自分にもできることをしようとしているのだ。
「そうだな。みんなで協力していこう」
俺はそう言って、佳苗を見つめた。
「頼りないかもしれないが、俺が佳苗を守るから」
佳苗は一瞬、目を丸くした。
そして、嬉しそうに微笑んだ。
「うん♡」
その笑顔を見ていると、ここに来てよかったと思えた。
俺は佳苗を守りたい。
それは、改めて口にするまでもない気持ちだった。
◇◇◇
佳苗の部屋を出た俺は、自分の部屋に戻った。
話した内容を忘れないうちに、京子と健三がいるグループの連絡に書き込む。
佳苗にも話した防衛対策の方針と、今後の連絡方法についてだ。
しばらくすると、京子から返信が届いた。
『分かったわ。何かあったら、すぐに連絡するね』
続いて健三からも返事が来た。
『承知したでござる。カメラの検証についても、進捗があり次第報告するでござるよ』
ひとまず、これで情報共有はできた。
俺はスマホをテーブルに置き、椅子の背もたれに体を預けた。
少しずつだが、準備は進んでいる。
あとは、みんなが無事に過ごせることを願うばかりだ。
そのとき、スマホが再び震えた。
画面を見ると、徹から個別のメッセージが届いていた。
何だろう?
俺は画面を開いた。
『ごめん、当分は合流出来ない。
理由は今は言えない。
ごめん』
「……徹?」
画面を見つめたまま、俺はしばらく動けなかった。
いつも冷静な徹が、こんなメッセージを送ってくるなんて。
いったい、何があったんだ?
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