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異世界好きの本気 ~俺はきっと異世界に行く~  作者: シラ猫
第四部:悲しみの果てに

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仲間を守るために

 男が走り去った後も、俺たちはしばらく窓の外を見つめていた。


 帽子を深く被り、サングラスとマスクで顔を隠した男。あの様子からして、偶然こちらを見ていたとは思えない。


 俺たちと目が合った瞬間、逃げるように走り去った姿が頭から離れなかった。


「もう、いないみたいね……」


 京子が窓の外を確認しながら、小さく呟いた。


「そうだな。どこかに隠れている可能性もある。しばらくは外の様子に注意した方がいい」


 俺がそう答えると、健三が腕を組んだ。


「やはり、あの手紙に書かれていた監視という言葉は、脅しだけではなかったようですな」


「そうかもしれない。問題は、いつから、どこまで俺たちのことを調べているのかということだ」


「私たちの研究内容まで知られているのかな……」


 佳苗が不安そうに尋ねた。


「それは分からない。だけど、異世界の研究をやめろと警告してきた以上、少なくとも俺たちが何かを調べていることは知っているんだろう」


 部屋の中に重苦しい空気が流れた。


 誰もが、今までとは違う状況になったことを理解していた。


 俺は一度、みんなの顔を見渡した。


「……研究は続けたい」


「知也っ!」


 突然、京子が勢いよく立ち上がった。


 そして、俺の服を掴んだ。


「これがどれだけ危険なことか分かっているの? 命の危険があるのよ!」


 京子の目には怒りと不安が入り混じっていた。


 俺を心配してくれているのは分かる。だからこそ、強く言い返すこともできなかった。


「京子ちゃん、落ち着いて」


 佳苗が京子の肩にそっと手を乗せた。


「だからこそ落ち着いて。まずは知也さんの考えを聞こう。ねっ?」


 佳苗の穏やかな声に、京子は少しだけ力を緩めた。


 やがて俺の服から手を離すと、まだ納得できないという表情で俺を見た。


「さあ、説明しなさい、知也!」


 俺は乱れた服を直しながら、改めてみんなに向き直った。


「ああ。このまま研究を辞めたとしても、監視されている恐怖はずっと続く。警察に相談したところで、今の状況では動きようがないだろう。犯人が誰なのかも分からないし、具体的な被害が出ているわけでもないからな」


「そうですな。知也殿の言う通りでござる」


 健三が静かに頷いた。


 しかし、京子はまだ納得していないようだった。


「でも、研究を続ければ相手を刺激することになるんじゃないの? 今以上に危険なことをしてくるかもしれないわ」


「それは俺も考えている。だから、今までと同じように研究を続けるつもりはない」


「どういうこと?」


「研究は続ける。ただし、これまで以上に慎重に行動するんだ。外出するときも、研究の情報を扱うときも、今まで以上に注意する。何より、みんなの安全を最優先にする」


 京子は腕を組み、しばらく考え込んでいた。


 佳苗も心配そうに俺を見つめている。


「危険があることは分かっている。でも、俺たちが目指してきた研究を、脅迫状一枚で諦めたくないんだ」


「知也……」


 京子の表情が少しだけ和らいだ。


「分かったわ。ただし、無茶は絶対にしないで。みんなで決めたことなんだから、一人で突っ走るのも禁止よ」


「分かっている。約束する」


「本当でしょうね?」


「ああ」


 京子はようやく小さく息を吐いた。


「それで、これからどうするつもりでござるか?」


 健三の問いに、俺は少し身を乗り出した。


「研究と並行して、相手を迎え撃つ準備をしようと思う」


「迎え撃つ準備……?」


 佳苗が聞き返した。


「ああ。相手の正体も人数も分からない。だからこそ、こちらも何も知らないままでいるわけにはいかない。まずは、俺たちの身を守るための対策を考えたい」


「具体的には、何をするの?」


 京子が尋ねた。


「一つは監視カメラの設置だ。自宅の出入口などを確認できるようにしたい」


「なるほど。それなら、設置する場所も重要でござるな」


 健三が興味を示した。


「そうなんだ。死角ができないようにしたい。健三、設置場所をシミュレーションして、最適な位置を探してくれないか?」


「承知したでござる。建物の構造を確認して、どこに設置すれば効果的なのか考えてみるでござるよ」


「頼むよ」


「監視カメラの費用は、私が出すよ?」


 佳苗が遠慮がちに手を挙げた。


「いや、俺が出すからいいよ」


 俺がすぐに答えると、佳苗は少し首を傾げた。


「大丈夫なの?」


「ああ、もちろんだ!」


「会社辞めたのに?」


「ぐっ……」


 思わず言葉に詰まった。


 確かに、今の俺には以前のような安定した収入はない。勢いで答えてしまったが、佳苗の指摘は正しい。


「カメラは拙者と佳苗殿で出すでござる」


 健三が助け舟を出してくれた。


「うん、それがいいね」


 佳苗も納得したように頷いた。


「みんな……すまない」


 俺が申し訳なさそうに頭を下げると、健三は気にするなと言わんばかりに手を振った。


「何をおっしゃる。こういうときこそ、仲間同士で助け合うものでござる」


「そうだよ、知也さん。一人で全部背負わないでね」


 佳苗の言葉に、俺は小さく頷いた。


 みんなが協力してくれることが、素直にありがたかった。


「それから、もう一つある」


 俺は話を続けた。


「以前、健三が作ってくれた位置情報共有アプリをバージョンアップしたい」


「バージョンアップでござるか?」


「ああ。今の位置情報共有機能に加えて、スマートウォッチから心拍数のデータを取得できるようにしたいんだ」


「心拍数も共有するの?」


 京子が少し驚いた様子で尋ねた。


「そうだ。スマートウォッチから心拍数のデータを送り、アプリで管理して仲間同士で共有する。急激な変化があれば、何か異常が起きている可能性に気づけるかもしれない」


「なるほど……。位置情報だけでなく、健康状態も確認できるようにするのでござるな」


 健三は顎に手を当て、考え込んだ。


「ただし、心拍数が上がったからといって、必ず危険が起きたとは限らない。運動や緊張でも変化するから、一定時間異常が続いたときに通知するなど、仕組みを考える必要がある」


「確かに、そうでござるな。既存のプログラムを確認して、実現できる方法を調べてみるでござる」


「頼むよ、健三」


「スマートウォッチが必要になるのでござるな。全員分となると、それなりの費用がかかりますぞ」


「そうだな。まずは必要な機種と費用を調べてみよう」


「その費用、私に出させて」


 京子が俺の方を見ながら言った。


「京子?」


「さっきはごめんなさい。心配だったから、つい感情的になっちゃった。だから、これは私からのお詫び。それに、みんなを守るために必要なものなら、私も協力したいの」


「いや、そこまでしてもらうわけには……」


「いいの。私がそうしたいんだから」


 京子はいつになく真剣な表情だった。


「京子ちゃん、私も出すよ?」


 佳苗が申し出た。


「今回は全部私に出させて。そうしたいの」


「うん、分かった」


 佳苗は京子の気持ちを尊重するように、優しく微笑んだ。


「京子殿、かたじけないでござる。必要な機種と台数を調べておくでござる」


「よろしくね、健三」


 俺は京子の申し出に、改めて頭を下げた。


「ありがとう。みんなの気持ちに甘えさせてもらうよ」


「それで、健三。もう一つ頼みたいことがある」


「何でござるか?」


 俺は少し考えてから、思いついたことを口にした。


「街の監視カメラをハッキングして、犯人を追ってくれ!」


「拙者、怪しい人物を見ていないでござるぞ」


「マスクに帽子を深く被った奴だ!」


「そんな情報で探せたら、警察なんていらないでござるよ」


「ぐっ……。そうか、無理か」


「知也殿、拙者に犯罪行為を唆すのは止めてくだされ。ハッキングは犯罪ですぞ!」


「ぐっ……、すまない」


 健三は呆れたように俺を見ていた。


 どうやら、少し焦りすぎていたらしい。


「なんか知也さん、格好悪い」


 佳苗がぽつりと呟いた。


「えっ……」


 思いがけない一言だった。


 健三に注意されたことよりも、京子に怒られたことよりも、佳苗の何気ない言葉が胸に突き刺さった。


 俺は予想外に大きな精神的ダメージを受けていた。


「佳苗ちゃん、そんなこと言わなくても……」


 京子が苦笑いを浮かべる。


 健三は口元を押さえていた。笑いをこらえているのかもしれない。


 俺は小さく息を吐いた。


 脅迫状が届き、正体の分からない相手に監視されている。これから先、何が起こるのかも分からない。


 それでも、俺たちは研究を続ける。


 監視カメラを設置し、位置情報共有アプリを改良する。できることから一つずつ準備していく。


 一人では難しくても、みんなとなら前に進める。


 俺は改めて、仲間たちの顔を見渡した。


「みんな、ありがとう。これからもよろしく頼む」


 四人の間に、少しだけ穏やかな空気が戻っていた。


 俺たちは、研究を続ける。


 そして、自分たちの大切なものを守るために、できる限りの準備を始めることにした。

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