見えている光、見えない光
あの日の夜、俺は佳苗のありがたいお話を延々と聞かされた。
フローリングの上に正座で。
ラグマットの上ではない。フローリングなんだ。
お陰で足がジンジンと痺れた。
もう調子に乗らない。
……自信はないけど。
今日は、みんなが俺の家に集まることになっている。
これまでの実験で分かったことを整理し、これから何を調べていくのかを話し合うためだ。
京子は美穂を連れてやって来た。両親が外出しているらしく、今日は一緒に過ごすことになったらしい。
「お邪魔しまーす!」
元気よく挨拶しながら、美穂が部屋に入ってくる。
「いらっしゃい。あれ? 美穂、今日はいつもと雰囲気が違うね」
俺がそう言うと、美穂は少し得意げに胸を張った。
「ふふん。気づいた?」
「うん。可愛い服だね」
「でしょ!」
美穂は嬉しそうにくるりと回った。
今日はアイボリーの丸襟ブラウスに、くすみピンクのジャンパースカート。裾には控えめなフリルがあり、クリーム色のカーディガンを羽織っている。
白いハイソックスに、小さなリボンの付いた茶色のストラップシューズ。
髪にもピンクのリボンを付けていた。
少しお姉さんらしく、それでいて美穂らしい可愛らしさがある。
「美穂ちゃん、とっても似合ってるわよ」
京子が笑顔で褒める。
「本当? ありがとう、お姉ちゃん!」
「うん。すごく可愛い」
佳苗も微笑みながら頷いた。
「えへへ。今日は特別なんだからね!」
美穂は満足そうに笑った。
「せっかくだから、写真を撮ってあげようか?」
俺がスマホを取り出すと、美穂の目が輝いた。
「撮って! いっぱい撮って!」
「いっぱいって……」
「だって、今日の服、ちゃんと残しておきたいもん!」
「分かったよ。じゃあ、こっちを向いて」
美穂は少し首を傾け、両手を胸の前で揃えた。
俺がカメラを構える。
「はい、チーズ」
パシャッ。
「もう一枚!」
パシャッ。
「今度はこっち!」
美穂が次々にポーズを変える。
俺もそのたびにシャッターを押した。
ところが、途中で指が画面に触れたらしい。
「ん?」
気づいたときには、連写になっていた。
パシャパシャパシャパシャッ!
「わっ! いっぱい撮れた!」
「ごめん。連写になっちゃった」
「いいよ! いっぱいあるほうが楽しいもん!」
美穂はスマホの画面を覗き込み、撮れた写真を一枚ずつ確認している。
その様子を見て、俺も一緒に画面を覗いた。
「ん……?」
何枚かの写真を見比べていると、少し気になることがあった。
同じ場所で、ほとんど同じポーズをしているのに、写真によって部屋の明るさが違って見えるのだ。
「どうしたの?」
京子が俺の横から画面を覗き込む。
「いや、この写真なんだけどさ。こっちと比べると、少し暗くなっている気がして」
「本当ね。美穂の顔も、こっちのほうが少し暗く見えるわ」
「カメラの自動調整じゃないかな?」
徹が画面を見ながら言った。
「スマホのカメラは、撮影するたびに明るさを自動で調整することがあるからね。これだけで照明がちらついているとは言えないよ」
「なるほど。確かに、それもありそうだな」
「でも、面白い発見ではあるね」
徹はそう言って、写真をもう一度見た。
そのとき、佳苗が少し羨ましそうに美穂の写真を眺めていることに気づいた。
「佳苗も撮ってほしい?」
「えっ?」
佳苗が驚いたように俺を見る。
「佳苗の可愛い姿も写真に撮ろうかな?」
「やだ、知也さんたら」
佳苗は両手を頬に添え、嬉しそうに微笑んだ。
「そういうイチャイチャは二人きりの時にしてね」
京子が俺達をたしなめる。
「将来の為に要観察を希望します」
美穂は真面目な顔で便乗した。
「しなくてよろしい!」
京子がすかさず突っ込む。
健三と徹は、笑いをこらえるように顔をそむけていた。
佳苗は頬を赤くしながら、俺のほうを見た。
「……本当に撮ってくれるんですか?」
「もちろん。せっかくだしね」
「それなら……お願いします」
佳苗は少し恥ずかしそうに立ち上がった。
最初は控えめに手を前で揃えていたが、俺がカメラを向けると、少しだけ顔を傾けて微笑んだ。
「はい、撮るよ」
パシャッ。
「もう一枚」
パシャッ。
「うん。いい感じだ」
画面を見せると、佳苗は嬉しそうに目を細めた。
「ありがとうございます。大切にしますね」
「じゃあ、次は京子も撮ろう」
「えっ? 私はいいわよ」
京子は少し驚いた顔をした。
「せっかくだし、いいだろ?」
「そこまで言われるなら仕方ないわね」
そう言いながら、京子は自然に髪を整えた。
そして、カメラの前に立つと、さっきまでとは雰囲気が変わった。
背筋を伸ばし、顔の角度を少し変える。
片手を軽く腰に添え、視線をカメラに向けた。
「はい、どうぞ」
「お、おう」
パシャッ。
画面を確認すると、京子はすぐに別のポーズを取った。
「次は少し横向きで。そう、もう少し上から撮って」
「こう?」
「うん、いい感じ!」
パシャッ。
今度は少し笑顔を抑え、落ち着いた表情を見せる。
そのまま自然にポーズを変えていく。
さすが読者モデルをしているだけあって、カメラを向けられてもまったく戸惑わない。
「京子、慣れてるな」
「モデルをしてるんだから、これくらい普通よ」
京子は得意げに笑った。
「もう一枚お願い」
パシャッ。
「今度は少し違う角度で」
パシャッ。
「もう、知也ったら。あと何枚か撮ってよ」
「えっと……。その辺でいいかな?」
困った。
まさかここまで乗ってくるとは。
「まだよ。せっかくなんだから、ちゃんと撮ってもらわないと」
「京子、楽しそうだな」
「当たり前でしょ。写真を撮るなら、いいものを残したいじゃない」
結局、京子の撮影は思った以上に長く続いた。
ようやく満足した京子に写真を見せると、本人も納得したように頷いた。
「うん。なかなかいいんじゃない?」
「それはよかった」
俺はスマホの画面をみんなに見せた。
美穂の写真、佳苗の写真、京子の写真。
それぞれの表情やポーズを見比べていると、また気になることがあった。
「やっぱり、明るさが違う写真があるな」
「さっきの美穂ちゃんの写真だけじゃないの?」
佳苗が画面を覗き込む。
「こっちの写真も、少し明るさが違う気がする」
「確かに。撮影した場所は同じなのにね」
京子も頷いた。
「ただ、カメラの自動露出や、撮影したときの角度の違いも考えられる。写真だけでは判断できないよ」
徹が慎重に言った。
「じゃあ、どうすれば分かるんだ?」
「照明そのものを調べてみよう。もしかすると、LEDのちらつきが関係しているかもしれない」
「LEDって、あの部屋の電気?」
美穂が天井を見上げた。
「そう。LED照明の中には、人間の目では気づかないほど速く明るさが変化しているものがあるんだ」
「えっ? 明るさが変わっているの?」
「うん。短い時間で明るくなったり暗くなったりを繰り返しているんだ。変化が速いから、普段は人間の目ではちらつきを感じにくい」
「でも、写真には写ることがあるの?」
「撮影の条件によってはね。ただし、必ず写るわけじゃないよ」
徹はスマホの画面を指さした。
「動画や写真は、光を取り込む時間やタイミングによって記録のされ方が変わるんだ」
「時間やタイミング?」
「動画の場合、フレームレートというものがある。これは一秒間に何枚の画像を記録するかを表す数字だよ」
「一秒間に何枚も撮っているってこと?」
「そう。例えば一秒間に三十枚なら、三十枚の画像を連続して記録していることになる」
「じゃあ、スローモーションは?」
「スローモーション撮影では、通常より多くの画像を一秒間に記録することがある。再生するときにゆっくり見せることで、普段は気づかない動きも確認できるんだ」
「なるほど!」
美穂が目を輝かせた。
「もう一つ、シャッタースピードというものも関係する。これは一枚の画像を撮るときに、どれくらいの時間光を取り込むかということなんだ」
「フレームレートとは別なんだね」
京子が確認する。
「そう。フレームレートは一秒間に何枚撮るか。シャッタースピードは一枚ごとにどれくらいの時間光を取り込むか。似ているようで、別のものだよ」
「拙者、写真を撮るにも、なかなか奥が深いのでござるな」
健三が感心したように頷いた。
「それに、スマホのカメラにはローリングシャッター方式を使っているものも多いんだ」
「ローリングシャッター?」
「画像全体を一度に記録するのではなく、センサーの上から下へ、順番に読み取っていく方式だよ。LEDの明るさが変化するタイミングと読み取りのタイミングが重なると、写真や動画に縞模様が出ることもある」
「つまり、目では普通に見えている光でも、カメラを通すと違って見える場合があるんだな」
「そういうこと。もちろん、スマホの機種や撮影設定、照明の種類によって結果は変わるよ」
俺は天井のLED照明を見上げた。
いつも何気なく使っている光。
それが、目に見えない速さで変化しているかもしれない。
「実際に試してみないか?」
俺が提案すると、徹はすぐに頷いた。
「いいね。まずはこの部屋の照明を使って、普通の動画とスローモーション動画を撮ってみよう」
「私もやる!」
美穂が手を挙げた。
「もちろん。みんなで確認しよう」
俺たちはスマホを用意し、LED照明に向けて撮影を始めた。
最初は通常の動画。
次に、スマホのスローモーション機能を使って撮影する。
機種によって設定できるフレームレートや撮影条件は違うため、今回は使える範囲で試してみることにした。
撮影した動画を、みんなで確認する。
「あっ! こっちは少し暗くなった!」
美穂が画面を指さした。
「こっちには、横に線みたいなものが見えるわね」
京子も別の動画を確認する。
「でも、何も変化が見えない動画もあるね」
佳苗が首を傾げた。
「うん。撮影条件によって結果が違うんだ。照明の点灯方式や、カメラの設定、撮影するタイミングも関係していると思う」
徹は動画を何度か再生しながら説明した。
「今回の結果だけで、すべてのLED照明が同じようにちらついているとは言えない。もう少し条件を変えて調べる必要があるね」
「つまり、何かが見えたけど、まだ結論は出せないということでござるな」
健三の言葉に、徹は頷いた。
「その通り。科学の実験では、結果が出たからといって、すぐに答えを決めつけないことが大切なんだ」
「なるほどな」
俺はスマホの画面を見つめた。
肉眼では何も変わっていないように見える光。
しかし、撮影する条件を変えると、そこに違う姿が現れることがある。
耳で聞こえる音に限界があるように、目で見える光にも、俺たちが気づけない変化が存在しているのかもしれない。
「知也」
徹が俺に声をかけた。
「今回の実験は、まだ入り口だね。照明の種類や撮影条件を変えて、もう少し詳しく調べてみよう」
「ああ。目に見えているものが、すべてとは限らないんだな」
「うん。人間の感覚には限界がある。でも、機械を使えば、その限界の外側にあるものを捉えられる場合がある」
俺は、これまでの実験を思い返した。
耳で聞き取れる音。
受信機で捉えた電波。
そして、目には見えないほど速く変化しているかもしれない光。
それぞれは別の現象だ。
だけど、共通していることもある。
人間の感覚だけでは、気づけないものがあるということだ。
「もっと調べてみたいな」
俺がそう呟くと、徹は穏やかに笑った。
「そうだね。まだ分からないことばかりだから」
俺たちの研究は、少しずつ進んでいる。
けれど、目の前にある現象の正体さえ、まだすべて分かっているわけではない。
見えているものの先に、何があるのか。
それを知るために、俺たちはもう少し実験を続けていくことにした。




