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異世界好きの本気 ~俺はきっと異世界に行く~  作者: シラ猫
第三部:科学が開く異世界への扉

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人間の耳に聞こえない世界

「それじゃあ、今日は大学の研究室を使いましょうか」


 徹からそう提案されたのは、異世界の存在について話し合った翌日のことだった。


「研究室?」


「ああ。俺の家には実験に使える機材なんてないからな」


 俺が答えると、徹が頷いた。


「大学なら、音の測定に使える機材があります。もちろん、勝手に使うわけにはいきませんから、担当の先生に許可をいただいておきますね」


「助かるよ。やっぱり専門の設備があるのは心強いな」


「いえ。僕も皆さんと一緒に研究できるのは楽しみですから」


 こうして俺たちは、徹の案内で大学の研究室へ向かうことになった。


 ◇◇◇


「ここが僕の使っている研究室です」


 徹に案内された部屋には、見慣れない測定機器や電子部品が並んでいた。


 机の上にはパソコンが置かれ、その横には大きな画面を備えた測定器がある。


 俺は思わず、その測定器に近づいた。


「おおっ! これがオシロスコープか!」


 画面には何も表示されていないが、たくさんのボタンやつまみが並んでいる。


 仕事で使ったことがあるので、懐かしさもあって、つい手を伸ばした。


「知也、ちょっと待ってください」


「ん?」


「それ、高性能で二百万超えるから、壊したらよろしくね」


「えっ!?」


 俺は慌てて手を引っ込めた。


「ちょっと、知也! 勝手に触っちゃ駄目でしょ!」


 京子が呆れた顔で言う。


「知也さん、気をつけてくださいね」


 佳苗も心配そうに声をかけてきた。


「相変わらずでござるな」


 健三まで笑っている。


「いや、まだ触ってないだろ!」


「ふふっ。大丈夫ですよ。まだ一度も壊れていませんから」


 徹が微笑みながら言った。


「それなら最初から脅かすなよ!」


 俺たちのやり取りを見て、徹は楽しそうに笑っていた。


「さて、今日は音について実験してみましょう」


 徹がパソコンの前に座り、準備を始めた。


「音?」


「はい。人間の耳には聞こえる音と、聞こえない音があります。今日は、それを実際に確かめてみたいんです」


「なるほど。耳で聞こえないものでも、測定器なら確認できるということか」


「そういうことです」


 徹は準備を進めながら説明した。


「まずは、普段耳にしている音から始めましょう」


「では、ラジオの音声を使ってみます」


 徹がラジオの電源を入れると、ニュース番組のアナウンサーの声が流れ始めた。


「この音声をパソコンに取り込みます。音声出力を専用の機器につないで、解析ソフトで表示させるんです」


 しばらくすると、パソコンの画面にグラフが現れた。


 横方向には周波数、縦方向には音の成分の強さが表示されている。


「おおっ! これが音の周波数か?」


「正確には、音声に含まれている周波数成分を表示したものです」


 徹が画面を指さした。


「人間の声は、ひとつの周波数だけでできているわけではありません。いくつもの周波数成分が重なり合っています。それらの組み合わせによって、声の高さや音色が変わるんです」


「同じ言葉でも、人によって声が違うのはそのためか?」


「それも理由のひとつですね。声帯の振動や声道の形など、いろいろな要素が関係しています」


 京子が画面を覗き込んだ。


「じゃあ、この山みたいになっている部分が、それぞれ違う音の成分なの?」


「そうです。声の高さに関係する成分や、その音色を特徴づける成分などがあります」


「なるほど。音を耳で聞くだけじゃなくて、こうして目で見ることもできるんだね」


 佳苗が感心したように言った。


「そうですね。ただし、今見ているのは周波数ごとの強さです。時間とともに音がどう変化しているかを見るには、別の表示方法を使います」


 徹はそう言って、オシロスコープの画面を表示させた。


 そこには、細かく上下する波形が映し出されていた。


「こちらは時間と電圧の関係を表した波形です。音声信号を電気信号に変換して、その変化を見ています」


「さっきのグラフとは違うんだな」


「はい。オシロスコープでは、基本的に時間に対する電圧の変化を観測します。周波数成分を詳しく調べる場合は、FFTなどの解析機能や専用のソフトを使います」


「同じ音でも、見る方法によって違う情報が得られるわけか」


「その通りです」


 俺は二つの画面を見比べた。


 耳で聞いていたアナウンサーの声が、目の前では波形やグラフになっている。


 普段は意識することもない音の中に、これほど多くの情報が含まれていたのか。


「面白いな……」


 思わず声が漏れた。


「耳で聞くだけではなく、声も人によって出せる音域が違うもんな」


 俺がそう言うと、京子がニヤリと笑った。


「知也、ちょっと歌ってみなさいよ!」


「なんでだよ!」


「ふふふ。知也さん、音痴だもんね」


 佳苗まで笑いながら言った。


「音痴ではない! ちょっと個性的なだけだ」


「はいはい、下らないことを言ってないで、ちゃんと説明聞きなさい」


 京子に一蹴され、俺は渋々パソコンの画面に目を戻した。


「ちなみに、声の高さには基本周波数が関係しています。人によって出せる声の高さや音域にも違いがあります。ただ、声の高さと声の音色は別の要素です」


 徹が補足してくれた。


「つまり、俺の歌声が個性的なのも、科学的に説明できるということだな」


「そういう話ではありません」


 徹が苦笑する。


「知也、都合よく解釈しないの!」


 京子の声が研究室に響いた。


「それでは、次の実験に移りましょう」


 徹が別の機材を準備し始めた。


「今度は、実際に人間の耳で聞こえる音の範囲を調べます」


「健康診断でやる聴力検査みたいなものか?」


「そうです。周波数を変えながら音を流して、聞こえたら合図をしてもらいます」


 徹がヘッドホンを用意した。


「ただし、これは医療機関で行う正式な聴力検査ではありません。実験用の機材を使って、聞こえ方の違いを確認するものです」


「なるほど。で、誰がやるんだ?」


 徹がみんなを見回した。


 俺は胸を張って一歩前に出た。


「それはリーダーである俺がやるしかないだろ」


「はいはい、好きにしたら?」


 京子があっさり答える。


「知也さん、頑張って」


 佳苗が笑顔で応援してくれた。


「拙者は誰でもいいでござる」


 健三は腕を組んで、のんびりとした様子だ。


「……リーダーなんだ……けどな」


 思わず小さくつぶやいてしまった。


 すると、佳苗がもう一度声をかけてくれた。


「知也リーダー、頑張って」


「おおっ! 俺に任せとけ。わっはっはー」


「ったく、よくやるわ」


 京子が呆れたようにため息をつく。


「ぷっ、面白すぎでござる」


 健三は笑いをこらえきれない様子だった。


 徹は何も言わず、そんな俺たちを見ながら微笑んでいた。


「よし! いつでも来い!」


 俺はヘッドホンを装着した。


「では、始めますね」


 徹が機材を操作する。


 最初は低めの音だった。


「聞こえますか?」


「聞こえるぞ」


 俺は手を挙げた。


 その後、徹は少しずつ周波数を変えていった。


 音の高さが変わるたびに、俺は聞こえたことを合図で伝える。


 最初は余裕だった。


 しかし、周波数が高くなるにつれて、音は次第に聞き取りにくくなっていった。


「……今のは聞こえたか?」


「どうですか?」


「いや、微妙だな。もう一度頼む」


 徹が同じ条件で確認する。


 今度は、かすかに音を感じた。


「聞こえた!」


 さらに周波数が上がる。


 今度は、何も感じなかった。


「……聞こえない」


 徹は測定結果を記録した。


「ありがとうございます。では、次の人に交代しましょう」


 ヘッドホンを外すと、京子が興味深そうに聞いてきた。


「どうだった?」


「思ったより難しいな。聞こえるか聞こえないか、判断に迷うところもあった」


「人によって聞こえる範囲は違いますからね。年齢や個人差もありますし、音を出す機材や測定環境によっても結果は変わります」


「それじゃあ、私もやってみたい」


 京子が手を挙げた。


「私もお願いします」


 佳苗も続く。


「拙者も参加するでござる」


 健三がヘッドホンを受け取ろうとした、そのときだった。


「ルルリちゃんの愛情が伝わらないのは、他の人に聞こえない周波数かもしれませぬぞ」


「それは気のせいだから!」


 京子が即座に突っ込んだ。


「いや、しかし……」


「健三さん、真面目に実験しましょうね」


 佳苗が穏やかな笑顔でたしなめる。


「は、はい!」


 健三は背筋を伸ばし、素直に返事をした。


「佳苗がリーダーみたいだな」


 俺がそう言うと、京子が小さく笑った。


「知也より向いてるかもね」


「おい!」


 俺の抗議をよそに、健三はヘッドホンを装着した。


 結局、全員が順番に検査を受けることになった。


 結果を並べてみると、聞こえ方にはそれぞれ違いがあった。


「同じ音を流しているのに、聞こえる人と聞こえない人がいるんだね」


 佳苗が記録を見ながら言った。


「そうですね。人間の耳には、それぞれ聞き取れる範囲があります。一般的には約二十ヘルツから二万ヘルツ程度と言われていますが、誰もがその範囲を聞き取れるわけではありません」


「つまり、人間の耳だけを頼りにしていたら、存在に気づけない音もあるということか」


 俺が言うと、徹は頷いた。


「その通りです。では、最後にもうひとつ確認してみましょう」


 徹が別の機材を用意した。


「今度は、人間の耳では聞き取れない超音波を扱います。通常のスピーカーやマイクでは対応できないので、専用の超音波用センサーを使います」


「超音波って、コウモリが使っている音でござるか?」


 健三が尋ねた。


「そうですね。コウモリは超音波を発して、その反射を利用して周囲の状況を把握しています」


「人間には聞こえない音を使って、周りを調べているということか」


「はい。人間の感覚だけでは捉えられない情報を、別の仕組みで受け取っているんです」


 徹が測定器を操作すると、画面に信号が表示された。


「これが超音波の信号です。人間の耳では聞こえませんが、対応した機材を使えば、こうして確認できます」


 俺たちは画面を見つめた。


 確かに、音は聞こえない。


 それでも、測定器にははっきりと信号が現れている。


「すごいな……。聞こえないからといって、そこに何もないとは限らないんだ」


 俺の言葉に、徹が静かに頷いた。


「ええ。ただし、今回の実験で異世界の存在が証明されたわけではありません。確認できたのは、人間の感覚には限界があり、適切な機材を使えば、その限界の外にある現象も観測できるということです」


「分かっているよ。でも、これは大きな発見だと思う」


「僕もそう思います」


 俺は、もう一度画面を見た。


 人間の目や耳に捉えられないものが、この世界には確かに存在している。


 それを観測するために、科学は発展してきたのだろう。


 ならば、俺たちがまだ知らない世界についても、同じように考えられるのではないだろうか。


「なあ、徹」


「はい?」


「さっきのラジオの音声解析なんだけどさ」


「何でしょう?」


「画面には、いろんな周波数の成分が表示されていたよな?」


「そうですね」


「その中から、本当に必要な信号だけを取り出すことはできないのか?」


 徹は少し考えてから答えた。


「できますよ。ただし、必要な信号と不要なノイズを区別する必要があります」


「ノイズ……か」


「ええ。信号の中には、目的とは関係のない成分が混ざることがあります。それをどう見分けるかが重要なんです」


 俺は画面を見つめた。


 人間の耳には聞こえない音を測定できることは分かった。


 だが、測定器に現れたものが、すべて意味のある信号とは限らない。


 本当に必要な情報を見つけ出すには、まだ調べなければならないことがある。


「よし。次は、そのノイズについて調べてみよう」


 俺の言葉に、徹が笑顔で頷いた。


「いいですね。次は信号とノイズの関係を調べてみましょう」


 俺たちの研究は、またひとつ新しい段階へ進もうとしていた。

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