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異世界好きの本気 ~俺はきっと異世界に行く~  作者: シラ猫
第二部:神戸・再び動き出す神隠し

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追跡者たち

「囲まれてるわ!」


 京子の声が、静かな神社の境内に響いた。


 俺たちが地下室から脱出して、ようやく地上に戻った直後だった。


 境内の周囲には、いつの間にか何人もの人影が立っていた。


 その手には、赤々と燃える篝火が握られている。


 揺れる炎が、木々や石灯籠を不気味に照らし出していた。


 人影は黙ったまま、少しずつ俺たちとの距離を詰めてくる。


「なんと……これは無理かもしれませぬぞ」


 健三が周囲を見回しながら、珍しく弱気な声を漏らした。


「知也さん……」


 佳苗が不安そうに俺の袖をつかむ。


 京子も表情を強張らせていた。


 地下室から脱出できたと思ったら、今度は地上で待ち伏せか。


 いったい、黒川は何を考えているんだ。


 俺たちを閉じ込めただけでは飽き足らず、今度は全員で捕まえるつもりなのか。


「くっ……俺に任せろ。みんな、いくぞ!!」


 俺はリュックの中に手を入れた。


 取り出したのは、念のために用意していた発煙筒だった。


 こういう調査では、万が一の事態も考えておく必要がある。まさか本当に使うことになるとは思っていなかったが、今はこれに賭けるしかない。


「知也、何をする気?」


 京子が尋ねる。


「逃げ道を作る。目を閉じて、俺の合図で走れ!」


 俺は発煙筒を足元から少し離れた場所へ投げた。


 直後、白い煙が勢いよく広がり始めた。


「うわっ、何だこれは!」


「前が見えないぞ!」


 篝火を持った男たちの声が聞こえる。


 煙は風に流されながら境内を覆い、相手の姿を見えにくくしていった。


「今だ! 走れ!」


 俺たちは煙の中を駆け出した。


 どちらへ進めばいいのか、正確には分からない。


 それでも、立ち止まっているわけにはいかなかった。


 背後から怒声が聞こえてくる。


「逃がすな! 追え!」


 やはり、あの連中は俺たちを追ってくるつもりだ。


 俺は先頭を走りながら、時折後ろを振り返った。


 京子と佳苗は、必死に俺についてきている。


 健三も遅れずに走っていた。


「みんな、離れるなよ!」


「分かってるわよ!」


 京子が息を切らしながら答える。


「知也さん、道はこの先で合っていますか?」


 佳苗の問いに、俺は前方を見た。


「たぶん、さっき通ってきた道につながっているはずだ!」


 確信はなかった。


 だが、今は進むしかない。


 ◇◇◇


 神社の敷地を抜け、木々の間に続く細い道を走る。


 足元は暗く、ところどころに木の根や石が飛び出していた。


 何度も転びそうになりながら、俺たちは必死に坂道を下っていく。


 背後からは、追いかけてくる足音が聞こえていた。


 発煙筒の煙で時間は稼げたはずだ。


 しかし、いつまでも相手の目をくらませておくことはできない。


「はあっ、はあっ……もう、少し休ませて……」


 京子が苦しそうに声を漏らす。


「京子、大丈夫か?」


「大丈夫じゃないわよ! 地下室で水浸しになったばかりなのに、今度は山道を全力疾走なんて!」


「文句は後で聞く! 今は走るんだ!」


「分かってるわよ!」


 佳苗もかなり疲れているようだった。


 それでも、俺たちから離れないように懸命に足を動かしている。


「佳苗、無理するなよ!」


「はい。でも、まだ大丈夫です!」


 そのときだった。


「むっ……!」


 後ろから走っていた健三が、突然足を止めた。


「どうした、健三!」


「ま、待たれよ!」


 健三は来た道を振り返っていた。


「拙者のハンカチが……!」


 見ると、健三の手にあったはずのハンカチがなくなっている。


 どうやら、走っている途中で落としてしまったらしい。


 健三は、すぐに来た道を戻ろうとした。


「おい、健三! 何をしている!」


「ハンカチを落としたのでござる! あれは大切な品なのでござるよ!」


「戻るな!」


 俺は健三の腕をつかんだ。


「しかし、あれを置いていくわけには……!」


「今はそんなことを言っている場合じゃない! 命のほうが大切だろ!」


「うっ……!」


 健三は悔しそうに唇をかんだ。


 その目には、明らかに未練が残っていた。


「健三、諦めなさい!」


 京子も振り返って声をかける。


「分かっているでござる……」


 健三はようやくうなずいた。


 それでも、何度も何度も後ろを振り返っている。


 その表情は、まるで長年連れ添った相棒と別れるかのようだった。


 いったい、どれほど大切なハンカチなんだ。


 今は聞いている余裕もない。


「行くぞ!」


 俺たちは再び走り出した。


 健三は最後まで後ろを気にしていたが、やがて諦めたように前を向いた。


 ◇◇◇


 どれくらい走っただろう。


 木々の間を抜けると、ようやく視界が開けた。


 その先には、車が行き交う国道が見えた。


「やった……! 国道だ!」


 俺は思わず声を上げた。


 神社からかなり離れられたはずだ。


 しかし、喜んでいる場合ではなかった。


 全員、体力の限界に近づいていた。


 京子は肩で息をし、佳苗も膝に手をついて呼吸を整えている。


 健三も、さすがにいつもの余裕はない。


「はあ……はあ……何とか、ここまで来られたでござるな」


「ああ。でも、まだ安心するな」


 俺は後ろを振り返った。


 暗い道の向こうに、かすかな明かりが見えた。


 篝火だ。


「うそ……。まだ追ってきてるの?」


 京子の顔が青ざめる。


「どうやら、諦めていないらしいな」


 煙の効果も、もう長くは続かなかったようだ。


「知也さん、どうしましょう……」


 佳苗の声には疲労と不安がにじんでいた。


 俺は国道を見渡した。


 車は何台か通り過ぎていくが、止まってくれる様子はない。


 このままでは、追いつかれる。


 せっかく地下室から脱出したのに、ここで捕まるわけにはいかない。


「誰か……!」


 俺が助けを求めようとした、そのときだった。


「おーい! あんたら!」


 聞き覚えのある声がした。


 国道の向こうから、一台のワゴン車が近づいてくる。


 車は俺たちのそばで速度を落とし、やがて停車した。


 運転席の窓が開く。


「あれ? あんたら、この前うちに来たお客さんやないか!」


 運転していたのは、神戸に来た初日に訪れたお好み焼き屋の店主だった。


「店主さん!」


 俺は思わず声を上げた。


「どうしたんや、そんな格好して。みんなびしょ濡れやないか!」


 店主は俺たちの様子を見て、驚いた表情を浮かべた。


 確かに、地下室で水を浴びたうえに、ここまで走ってきたのだ。


 服は濡れたまま、髪も乱れ、全員が泥だらけだった。


「詳しい話は後でします! お願いです、乗せてください!」


 俺が頼むと、店主はすぐに後部座席のドアを開けた。


「ええから、早よ乗り! 何があったか知らんけど、こんなところで立ち往生してたら危ないで!」


「ありがとうございます!」


 京子、佳苗、健三の順に乗り込み、俺も最後に車へ飛び込んだ。


「全員乗ったな?」


「はい!」


 店主はすぐに車を発進させた。


 その直後、俺は後方の窓から道路の先を見た。


 暗い道から、篝火を持った人影が現れた。


 こちらに気づいたのか、何人かが走り出す。


「おいおい……。あの人ら、何や?」


 店主もバックミラー越しに後方を確認していた。


「店主さん、今はとにかく走ってください!」


「ああ、分かった!」


 ワゴン車は速度を上げ、国道を走り去っていく。


 篝火の明かりは、少しずつ遠ざかっていった。


 やがて、後方の暗闇に消えていく。


 ようやく追跡を振り切れたのだろうか。


 俺はシートに深く身を預けた。


「助かった……」


 京子も大きく息を吐いた。


「本当に、もう駄目かと思ったわ」


 佳苗は胸に手を当て、何度も深呼吸をしている。


 健三も疲れ切った様子で座席に背中を預けていた。


「皆の無事が何よりでござる……」


「ところで、あんたら。本当に何があったんや?」


 運転席から店主の声が聞こえた。


 俺はすぐに答えられなかった。


 地下室に閉じ込められたこと。


 水を流し込まれたこと。


 脱出した直後に、篝火を持った連中に囲まれたこと。


 どこまで話していいのか、判断がつかなかった。


 そもそも、あの連中は何者なのだろう。


 黒川は、いったい何を隠しているのか。


 俺たちは、神隠しの謎を調べに来ただけだった。


 それなのに、いつの間にか命を狙われるような事態に巻き込まれている。


「店主さん……。実は、少し厄介なことに巻き込まれまして」


 俺は慎重に言葉を選んだ。


「厄介なこと、か。まあ、話したくないこともあるやろう。今はゆっくり休み」


 店主は、それ以上深く尋ねなかった。


「ひとまず、うちの店まで連れて行ったる。あそこなら落ち着いて話もできるやろ」


「ありがとうございます。本当に助かります」


 俺は頭を下げた。


 ワゴン車は夜の国道を走り続ける。


 ようやく危機を脱した。


 だが、俺の胸の中には、まだ消えない疑問が残っていた。


 黒川はなぜ俺たちを地下室に閉じ込めたのか。


 あの篝火を持った連中は、いったい何者なのか。


 そして、俺たちが調べている神隠しの事件と、今回の出来事には関係があるのだろうか。


 窓の外を流れていく街灯を眺めながら、俺は考え続けていた。


 この神戸で起きていることは、俺たちが想像していた以上に根深いものなのかもしれない。

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