閉ざされた地下室
古びたノートを開いた俺は、そこに書かれていた文字をじっと見つめていた。
紙は茶色く変色し、ところどころ破れている。
それでも、書かれている内容は何とか読み取れそうだった。
「これ、かなり古いものみたいね」
京子が俺の隣からノートを覗き込む。
「ああ。神隠しに遭った人が残したものだとしたら、重要な手掛かりになるかもしれない」
「でも、どうしてこんな場所に保管されていたんでしょう?」
佳苗が不思議そうに周囲を見回した。
確かにそうだ。
神社の地下に、これほど古い資料が残されている理由は分からない。
黒川さんは、被害者が残した資料だと言っていた。
ならば、ここにあるものを調べれば、過去の神隠しについて何か分かるかもしれない。
俺たちは棚に並べられた箱やノートを、一つずつ確認していった。
そのときだった。
ガタンッ!
背後から、重い音が響いた。
「えっ?」
振り返ると、俺たちが入ってきた木製の扉が閉まっていた。
「今の音……」
京子が扉へ駆け寄り、取っ手に手をかける。
しかし、扉はびくともしなかった。
「ちょっと! 開かないんだけど!」
「黒川さんが閉めたのか?」
俺も扉に近づき、力を込めて押してみた。
だが、びくともしない。
「おかしいな。黒川さんは上で待っているはずだろ?」
「まさか、閉じ込められたってこと?」
京子の声に不安が混じる。
「落ち着いて。何かの間違いかもしれない」
そう言いながら、俺は扉の周囲を調べた。
外側から固定されているのか、内側に鍵があるのか。
どうやら、扉の隙間に何かが噛ませてあるらしい。
近くに置かれていた古い道具箱を開けると、錆びた金槌や鉄の棒、そして一本のバールが見つかった。
「これを使えば何とかなるかもしれない」
俺はバールを手に取った。
思っていたよりも重い。
「知也、使えるの?」
京子が尋ねる。
「任せておけ。こんな古い木の扉くらい、何とかしてみせる!」
俺は二人に向かって胸を張った。
……とは言ったものの、バールを使うのは初めてだ。
扉と枠の隙間に先端を差し込もうとするが、なかなかうまくいかない。
何度か位置を変えて、ようやく先端が入った。
俺は両手でバールを握り、力を込める。
ギシッ……。
木が軋む音がした。
しかし、扉はわずかに歪んだだけだった。
「くっ……!」
もう一度、力を込める。
だが、バールの先端が滑ってしまった。
おかしい。
古い扉なんだから、もう少し簡単に開いてくれてもいいじゃないか。
「知也さん、大丈夫ですか?」
佳苗が心配そうに声をかけてくる。
「ああ、問題ない。ちょっとコツがいるだけだ」
俺は平静を装って答えた。
まずい……。
全然開かない。
さっきは格好よく啖呵を切ったのに、これでは二人に合わせる顔がない。
「知也、無理してない? 代わろうか?」
今度は京子まで心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫だって! もう少しだから!」
そう答えながら、俺は額に浮かんだ汗を拭った。
頼むから、そろそろ開いてくれ!
「知也、少し場所を変えてみたら?」
京子が扉の下の方を指差した。
「なるほど。そこなら隙間があるかもしれないな」
俺は言われた場所にバールを差し込んだ。
佳苗も鉄の棒を持ち、扉が動くのを支えるように構えてくれた。
京子は金槌を手にして、扉の傷んだ部分を確認している。
「いくぞ!」
俺が力を込めると、今度は扉の一部が大きく軋んだ。
バキッ!
古い木材が割れる音が響く。
「もう少しです!」
佳苗の声に背中を押され、俺はさらに体重をかけた。
バキバキッ!
ついに木枠の一部が崩れ、扉が大きく傾いた。
「開いた!」
京子が声を上げる。
俺は最後にもう一度バールを押し込んだ。
ガタンッ!
木製の扉が内側へ倒れ込む。
「はぁ……。何とか開いたな」
俺は思わずその場に座り込みそうになった。
格好をつけた手前、何とか平静を装っていたが、正直なところ誰よりもホッとしていた。
「知也さん、お疲れさまでした」
佳苗が微笑む。
「まあ、これくらいはな」
俺は何事もなかったように答えた。
京子が呆れた顔でこちらを見る。
「最初の威勢はどこに行ったのよ」
「うるさいな。結果的に開いたんだからいいだろ」
「はいはい」
京子は小さく笑った。
ようやく脱出できる。
そう思った、その直後だった。
ゴゴゴゴゴ……!
背後から地響きのような音が響いた。
「何だ?」
振り返った瞬間、俺たちが通ってきた方向で石の壁が動き始めた。
「嘘でしょ!」
京子が叫ぶ。
巨大な石の壁が、ゆっくりと通路を塞いでいく。
「走れ!」
俺たちは慌てて通路の先へ駆け出した。
ドンッ!
間一髪で通り抜けた直後、石の壁が完全に閉じた。
目の前には、さらに頑丈そうな鉄製の扉があった。
「今度はこっちかよ……」
俺は扉に近づき、取っ手を探した。
しかし、取っ手らしきものはない。
鍵穴も見当たらなかった。
「内側から開けられないようになっているのね」
京子が扉を調べながら言った。
「そんな……。じゃあ、どうやって出ればいいんですか?」
佳苗の声が震える。
俺は扉を押したり、叩いたりしてみた。
だが、鉄製の扉はびくともしない。
「くそっ! 何か仕掛けがあるはずだ」
通路の壁を調べていると、突然、足元から水の音が聞こえた。
ポタ……ポタ……。
「水?」
壁の下部にある配管から、水が流れ出していた。
最初はわずかな量だった。
しかし、すぐに水の勢いが増していく。
「まずい! 水が流れ込んできている!」
俺たちは鉄製の扉を押した。
三人で力を合わせても、扉はまったく動かない。
京子が壁を調べ、佳苗が配管を確認する。
だが、水を止める方法は見つからなかった。
水位は少しずつ上がっていく。
足首を越え、やがて膝の辺りまで達した。
「どうしよう……」
佳苗の表情が青ざめている。
「落ち着け。必ず出口はあるはずだ」
そう言ったものの、俺自身も焦り始めていた。
石の壁は動かない。
鉄の扉も開かない。
水は止まる気配がない。
このままでは、本当に危ない。
「知也、こっちも駄目よ!」
京子が壁を叩いた。
「何かないのか……。何か方法が……」
水はさらに上昇していた。
腰の辺りまで水に浸かり、動くのも難しくなってきた。
俺は必死に考えた。
どうすればいい?
どうすれば二人を助けられる?
そのとき、佳苗が静かに口を開いた。
「知也さん、京子さん……」
「どうした、佳苗?」
佳苗は俺たちを見つめていた。
その表情には、さっきまでの不安とは違う、何かを決意したような強さがあった。
「私に任せてもらえませんか?」
「佳苗に?」
京子が聞き返す。
「はい。二人を助けるためなら、私は……」
佳苗は両手を胸の前で握りしめた。
その様子を見て、俺は違和感を覚えた。
まるで、俺たちにはできない何かをしようとしているようだった。
「佳苗、無理はするな。何か思いついたのか?」
「……はい」
佳苗の声は小さかった。
水は胸元まで迫っている。
もう時間がない。
佳苗が何かをしようとした、その瞬間だった。
「おーい! 知也殿! 京子殿! 佳苗殿!」
聞き覚えのある声が、通路の向こうから響いた。
「えっ……?」
俺たちは一斉に顔を上げた。
「健三!」
京子が叫ぶ。
鉄製の扉の向こう側から、ガチャリと何かが外れる音がした。
次の瞬間、重い扉がゆっくりと開き始めた。
「皆の者、無事でござるか!」
そこに立っていたのは、間違いなく健三だった。
「健三! どうしてここに!」
「話は後でござる! 早く外へ出るのでござる!」
俺たちは水をかき分けながら、必死に扉の向こうへ向かった。
健三が俺の腕を掴み、引き上げてくれる。
続いて京子、佳苗も外へ出た。
三人とも、全身ずぶ濡れだった。
俺は床に座り込み、大きく息を吐いた。
助かった……。
本当に助かった。
「健三、ありがとう。お前が来てくれなかったら、俺たちは……」
「な、何を言うでござる。仲間を助けるのは当然でござるよ」
健三は胸を張った。
しかし、その表情はどこか落ち着かない。
「それにしても、健三。どうしてここが分かったの?」
京子が尋ねた。
「位置情報アプリでござるよ。最後に確認できた場所が、この神社付近だったのでござる」
「そっか。あのアプリね」
京子は納得したように頷いた。
「でも、もっと早く助けに来てくれてもよかったんじゃないの?」
「うっ……」
健三の表情が固まった。
「そうよ。私たち、どれだけ怖い思いをしたと思ってるの!」
「そ、それは……拙者にも、いろいろと事情がございまして……」
「事情?」
京子がじっと健三を見つめる。
「い、いや! とにかく、皆の者が無事で何よりでござる!」
健三は慌てて話を切り上げようとした。
何かを隠しているような気もするが、今はそれどころではない。
俺たちはようやく命拾いしたのだ。
だが、黒川和夫はどこへ行ったのだろう。
そもそも、なぜ俺たちを地下に閉じ込めたのか。
あの老人は、最初から俺たちをここへ誘い込むつもりだったのか。
俺は濡れた服を絞りながら、閉ざされた地下室を振り返った。
あそこには、神隠しの謎を解くための資料が残されている。
そして、俺たちを襲ったこの罠も、決して偶然ではないはずだ。
黒川和夫。
あの穏やかな笑顔の裏に、いったい何が隠されているのだろう。
俺たちの神隠しの調査は、思いもよらない方向へ動き始めていた。
面白いと思って頂けましたら、下の☆マークから評価・リアクション登録などをお願い致します!




