神戸の味と神隠しの謎
神戸に到着した俺たち四人は、これから始まる調査について話し合いながら、駅前の道を歩いていた。
今回の目的は、50年前と100年前に起きた神隠し事件の真相を探ることだ。
現地に残された資料を調べ、当時の出来事を知る人たちから話を聞く。
東京で調べられることには限界がある。
だからこそ、実際に現地へ足を運ぶことにしたのだ。
もっとも、神戸に来たからには、調査以外にも楽しみはある。
俺は周囲の景色を眺めながら、ふと思いついたことを口にした。
「なあ、せっかく神戸に来たんだから、お好み焼きを食いに行かないか?」
すると、隣を歩いていた京子が呆れた顔で俺を見た。
「ここには何をしに来たか忘れたのかしら。しっかりしてよね!」
「わ、分かってるよ。ちょっと言ってみただけじゃん」
俺は慌てて言い訳をした。
すると、後ろを歩いていた健三が、待ってましたと言わんばかりに声を上げた。
「おお! 実は近くに有名なお好み焼き屋がありますぞ」
「よし、先ずは腹ごしらえね」
京子があっさりと賛成した。
「賛成!」
佳苗も嬉しそうに頷いた。
「えっ? じゃあ、なんで俺は叱られたの?」
思わず声を上げたが、三人は俺の抗議など聞いていない。
京子と佳苗は健三の案内で歩き始めてしまった。
「おいおい、ちょっと待てよ!」
俺が慌てて追いかけようとすると、佳苗だけが途中で立ち止まり、振り返った。
「知也さん、行こうよ」
佳苗はニッコリと笑っている。
「ああ、今行くよ!」
やっぱり佳苗は優しい。
俺は心の中でそう思いながら、三人の後を追いかけた。
こうして、俺たちの神戸での調査は、思いがけずお好み焼きから始まることになった。
◇◇◇
健三に案内された店は、地元でも評判のお好み焼き屋だった。
店内にはソースの香ばしい匂いが漂い、鉄板の上では何枚ものお好み焼きが焼かれている。
「これは食欲をそそりますな!」
健三は目を輝かせている。
「健三、そんなに興奮しなくても、お好み焼きは逃げないわよ」
京子が笑いながら言った。
「いやいや、拙者は食べ物を前にすると、どうにも気持ちが高ぶってしまうのでござる!」
「それはいつものことでしょ」
俺が突っ込むと、佳苗がクスクスと笑った。
注文したお好み焼きが運ばれてくると、俺たちは早速食べ始めた。
外側は香ばしく、中はふんわりとしている。
ソースの味も絶妙だった。
「うん、これは美味い!」
「本当ね。来てよかったわ」
さっきまで俺を叱っていた京子も、すっかり満足そうだ。
「だから言ったでござる。ここの店は評判が良いのでござるよ」
健三も得意げに胸を張っている。
佳苗も美味しそうにお好み焼きを頬張っていた。
しばらくは調査のことを忘れ、俺たちは食事を楽しんだ。
やがて、追加の注文を終えたところで、俺は改めて今回の目的について話し始めた。
「ところで、食べ終わったら図書館に行こうと思うんだ。古い新聞や郷土資料が残っているかもしれないからな」
「そうね。まずは記録に残っている事実を確認する必要があるわね」
京子も真剣な表情に戻った。
「役場にも行ってみたいでござるな。当時の記録が残っている可能性もありますぞ」
「うん。図書館で資料を調べてから、役場で聞き込みをするのがよさそうね」
佳苗も賛成した。
そのときだった。
「お客さんら、何か調べものでもしてはるんですか?」
カウンターの向こうから、店主らしき男性が声をかけてきた。
俺たちの話が聞こえていたらしい。
「実は、この辺りで昔起きた神隠し事件について調べているんです」
俺がそう答えると、店主の表情が少し変わった。
「神隠し……。ああ、あの話か」
「あの話というのは?」
京子がすぐに反応した。
「昔からこの辺りには、妙な話がいくつか残っとるんですわ。わしも詳しいことまでは知らんけどな」
「昔の神隠し事件をご存じなんですか?」
俺が尋ねると、店主は少し考えてから話し始めた。
「わしの祖父から聞いた話なんやけどな。昔、この辺りで帰り道に行方が分からんようになった若い男がおったそうや」
「それは、いつ頃の話ですか?」
「もう百年くらい前になるんかな。祖父が子供の頃に、年寄りから聞いた話やと言うとった」
俺たちは顔を見合わせた。
100年前の神隠し事件。
まさに、俺たちが調べようとしている出来事だった。
「その人は、どこで行方不明になったんですか?」
俺が尋ねると、店主は首を傾げた。
「詳しい場所までは分からん。ただ、家に帰る途中やったらしいで」
「帰宅途中……」
京子が小さく呟いた。
「それでな、もう一つ妙な話があるんや」
店主は声を少し落とした。
「その男がいなくなる直前、道の先で不思議な光を見たという人がおったらしい」
「光ですか?」
佳苗が尋ねた。
「そうや。夜道に、青白い光が浮かんどったとか。最初は誰かが持っとる明かりやと思ったらしいんやけど、近づいても人の姿はなかったそうや」
俺は思わず身を乗り出した。
「その光を見た後に、男がいなくなったんですか?」
「そう聞いとる。ただ、昔の話やからな。どこまで本当かは分からんで」
店主は苦笑した。
「ほかにも、似たような話はあるんですか?」
京子が尋ねる。
「五十年ほど前にも、この辺りで人がいなくなったという話を聞いたことがあるな。けど、それについてはわしも詳しく知らんのや」
五十年前。
俺たちが調べている、もう一つの事件だ。
「その事件について、詳しいことを知っている人はいませんか?」
「さあなあ。昔のことやし、当時のことを知っとる人も少なくなっとるやろうな。ただ、役場や図書館に行けば、何か記録が残っとるかもしれんで」
「ありがとうございます。とても参考になりました」
俺は店主に礼を言った。
「いやいや、そんな大した話やないで。せっかく神戸まで来たんやから、調査も頑張ってな」
店主は笑顔で答えた。
◇◇◇
店を出た俺たちは、近くの公園のベンチに腰を下ろし、先ほど聞いた話を整理することにした。
「まさか、食事中に最初の手掛かりが見つかるとは思わなかったわね」
京子が感心したように言った。
「本当だな。しかも、100年前の事件に関係する話だ」
「帰宅途中に行方不明になったという点は、資料で確認していた内容とも一致していますな」
健三が腕を組んだ。
「それに、青白い光というのも気になるわね」
佳苗が言った。
「ああ。単なる目撃証言として片付けるには、少し気になる」
俺は考え込んだ。
もし、その光が本当に存在したのなら、一体何だったのだろう。
自然現象なのか。
それとも、人間の目には説明できない何かだったのか。
俺たちが研究している異世界転移と関係があるのだろうか。
もちろん、今の段階では何も分からない。
しかし、少なくとも調べる価値はある。
「まずは図書館で当時の新聞記事を探そう。店主の話と記録を照らし合わせれば、何か分かるかもしれない」
「そうね。証言だけでは事実関係が分からないもの」
京子が頷いた。
「その後は役場ですな。拙者、古い記録を調べるのが楽しみになってきましたぞ」
「健三、あまり期待しすぎないでね。資料が残っているとは限らないんだから」
佳苗が穏やかに笑った。
「承知しているでござる!」
健三は力強く答えた。
俺たちは立ち上がり、図書館へ向かうことにした。
神戸での調査は、まだ始まったばかりだ。
しかし、最初の聞き込みで得られた青白い光の話は、俺の頭から離れなかった。
百年前の夜道に浮かんだという、不思議な光。
そして、その直後に姿を消した一人の男。
それは本当に、ただの偶然だったのだろうか。
俺たちは、まだその答えを知らない。
◇◇◇
ホテルに到着した俺たちは、フロントでチェックインの手続きを済ませた。
今回、予約していたのは二部屋だった。
フロントのスタッフから二つの部屋の鍵を受け取ると、俺はふと思った。
さて、誰と誰が同じ部屋になるのだろう。
「なあ、佳苗。一緒の部屋にしよ」
俺が何気なく声をかけると、佳苗は少し驚いたような表情を見せた。
「えっと、それはちょっと……無理かな」
困ったように笑いながら、佳苗は答えた。
「じゃあ、京子」
「じゃあって何よ! バカにしてるの? アンタと同部屋なんてゴメンだわ!」
京子が即座に拒絶した。
「な、何もしないぞ!」
俺は慌てて弁解した。
すると、京子は冷たい視線を向けてきた。
「当たり前でしょ! そんなこと心配してないわよ!」
俺は思わず言葉に詰まった。
なんだか背筋に寒気が走る。
恐る恐る佳苗の方を見ると、佳苗もまた、とても冷たい目で俺を見ていた。
さっきまでの笑顔はどこへ行ったのだろう。
「知也さん……」
佳苗の声が少し低くなった。
「は、はい!」
思わず背筋が伸びる。
「もう少し、考えて発言した方がいいと思うよ」
「……はい」
俺は素直に返事をするしかなかった。
その横で、健三が肩を震わせて笑いをこらえていた。
「知也殿……。自業自得でござるな」
健三までそんなことを言う。
俺は何も悪いことをしていないはずなのに、どうしてこんな扱いを受けるのだろう。
結局、部屋割りは俺と健三、京子と佳苗という組み合わせに決まった。
こうして、神戸での一日目が終わろうとしていた。
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