電波の謎
「さて、今日は何を調べるんだ?」
俺がテーブルの上にノートを広げると、徹が持ってきた機材を並べ始めた。
前回の実験では、地磁気の変化を測定した。
その結果、場所や時間によって数値にわずかな違いがあることが分かった。
ただし、それが何を意味するのかは、まだ分からない。
「今回は、地磁気だけじゃなくて、電波の受信状態も同時に記録してみようと思うんだ」
徹は小型のラジオをテーブルに置いた。
「電波の受信状態?」
京子が興味深そうにラジオを覗き込む。
「そう。地磁気の測定と同じ場所、同じ時間に、ラジオの受信状態を記録する。もし何か関係があるなら、変化が同時に現れる可能性があるからね」
「なるほど。地磁気が変化したときに、電波の受信にも変化が起きるかどうかを調べるわけね」
佳苗がノートを開きながら確認する。
「ただし、最初から関係があると決めつけちゃいけないよ。電波の受信には、いろいろな条件が関係するからね」
徹はそう言って、ラジオのアンテナを伸ばした。
「例えば、送信所からの距離、建物や地形、アンテナの向き。それに、周囲の電気機器から出るノイズも影響する。周波数によっても違うし、遠くから届く電波なら、上空の電離層や太陽活動の影響を受けることもある」
「つまり、地磁気以外にも調べることがたくさんあるってことか」
「そういうこと。だから、条件をできるだけ揃えて記録するんだ」
徹の説明に、俺は頷いた。
「よし。それじゃあ、今回の役割を決めよう」
俺はテーブルの上にメモを置いた。
「京子は時間とラジオの受信状態の記録。健三はラジオや測定機材の設置。佳苗ちゃんは地磁気の測定と記録。徹は実験全体の確認を頼む」
「了解!」
京子が元気よく返事をした。
「拙者にお任せあれ! 機材の準備ならば、慣れたものでござる!」
健三も胸を張る。
「私は地磁気の数値を記録しますね」
佳苗も笑顔で頷いた。
「俺は全体の進行と、記録の確認だな」
「うん。それでいこう」
徹が満足そうに頷いた。
「ところで、知也殿」
健三が突然、俺の方を向いた。
「今日は美穂殿も来るのでござるか?」
「えっ? 美穂?」
「そうでござる。前回、魔女っ子ルルリの話で盛り上がったではござらぬか。また話す約束をしたのでござる!」
健三の目が輝いている。
そういえば、前回、美穂と健三はすっかり意気投合していた。
「京子に聞いてみたらどうだ?」
「すでに連絡してあるでござる!」
「いつの間に……」
俺が呆れていると、京子がスマホを見ながら笑った。
「美穂なら、あと少しで来るって。健三との約束を楽しみにしてたみたいよ」
「おお! それは楽しみでござる!」
健三は嬉しそうに両手を握りしめた。
「まったく。実験よりもそっちが楽しみなんじゃないの?」
京子が呆れた顔をする。
「な、何を申される! 実験ももちろん大切でござる!」
そのとき、玄関のチャイムが鳴った。
「来たみたいね」
京子が立ち上がり、玄関へ向かった。
「お姉ちゃん!」
元気な声とともに、美穂が部屋に入ってきた。
「こんにちは!」
「いらっしゃい、美穂ちゃん」
佳苗が笑顔で迎える。
「今日はよろしくお願いします!」
美穂はみんなに挨拶すると、すぐに健三の方を向いた。
「健三さん! 魔女っ子ルルリの新しい話、見ました?」
「おお! もちろんでござる! あの第七話の変身シーンは、実に素晴らしかったでござるな!」
「そうなんです! あのときのルルリの衣装がすっごく可愛くて!」
二人の会話が一気に盛り上がる。
「……あの二人、もうすっかり仲良しね」
京子が苦笑した。
「共通の趣味があるのはいいことだと思うよ」
徹が微笑む。
「でも、今日は実験を見に来たんでしょ?」
「はい! ちゃんと邪魔しないようにします!」
美穂は元気よく答えた。
「まあ、見ているだけでも面白いと思うよ」
俺がそう言うと、美穂はラジオの方に目を向けた。
「これで何を調べるんですか?」
「ラジオが電波を受信する状態と、地磁気の変化に関係があるかどうかを調べるんだ」
「地磁気とラジオって、関係があるんですか?」
「それを確かめるための実験だよ」
徹が優しく説明した。
「ふーん。なんだか難しそうだけど、面白そう!」
美穂は目を輝かせた。
「それじゃあ、測定を始めよう」
徹の合図で、健三がラジオの電源を入れた。
スピーカーからは、いつも通りの放送が流れている。
京子は時計を確認し、ノートに時刻を書き込んだ。
「午前十時三十分。受信状態、良好。雑音はほとんどなし」
「地磁気の数値も記録しました」
佳苗が測定器の表示を確認する。
「こちらも安定しているでござる」
健三はラジオの位置とアンテナの向きを確認した。
「よし。まずはこの状態を基準にしよう」
俺は全員の記録を確認した。
しばらくの間、ラジオからは途切れることなく放送が流れていた。
「今のところ、特に変化はないわね」
京子がノートを見ながら言った。
「そうだね。まずは普通の状態を記録することが大切だから」
徹は落ち着いた様子で測定器を確認している。
そのときだった。
ザーッ……。
突然、ラジオから大きな雑音が流れた。
「えっ?」
京子が顔を上げる。
ザーッ……ザザッ……。
さっきまで聞こえていた声が、雑音にかき消されてしまった。
「おや? これはどういうことでござる?」
健三がラジオに近づいた。
「受信状態が悪くなったみたいね」
佳苗も測定器を確認する。
「地磁気の数値は……今のところ、大きな変化はありません」
「時刻は十時四十七分。受信状態が急に悪化したわ」
京子はすぐに記録を取った。
俺は徹の方を見た。
「徹、これはどう考える?」
「まだ何とも言えないね。まずは受信環境を確認しよう」
徹はラジオのアンテナを指差した。
「健三君、アンテナの向きを少し変えてみて」
「承知したでござる」
健三がアンテナの向きを変える。
しかし、雑音は消えない。
「では、ラジオの位置を変えてみよう」
今度はラジオを少し離れた場所に移動させた。
それでも、受信状態は改善しなかった。
「周囲の電気機器も確認しよう。近くでノイズを出しているものがあるかもしれない」
徹の指示で、俺たちは周囲の機器を一つずつ確認した。
電源を切れるものは一時的に切り、ラジオの受信状態を調べる。
それでも雑音は続いた。
「うーん。簡単には直らないでござるな」
健三が腕を組んだ。
「別の場所でも同じようになるか、確認してみよう」
徹の提案で、ラジオを部屋の反対側に移動させた。
すると、少しだけ雑音が弱くなった。
「おっ! 改善したでござる!」
「でも、完全には戻っていないわね」
京子が慎重に記録する。
「場所によって受信状態が違う可能性はあるね。ただ、これだけでは原因を特定できない」
徹はそう言って、測定器の表示を確認した。
「地磁気の数値はどう?」
「こちらは、目立った変化はありません」
佳苗が答える。
「ということは、今の雑音は地磁気とは関係ないのか?」
俺が尋ねると、徹は少し考えてから答えた。
「現時点では、そう判断するのも早いよ。地磁気の変化が小さければ測定器で捉えられない場合もあるし、そもそも別の原因かもしれない。大切なのは、受信状態と測定値を同じ時刻で比較することだね」
「なるほどな」
俺は京子のノートを覗き込んだ。
時刻、受信状態、アンテナの向き、ラジオの位置。
細かく記録されている。
「京子、記録は順調か?」
「もちろん。時刻も受信状態も、ちゃんと書いてるわよ」
京子は真剣な表情でノートに目を落としていた。
俺はその横顔を見ていた。
普段は何かと俺に突っかかってくる京子だが、こうして実験に集中している姿を見ると、つい見入ってしまう。
「知也さん?」
佳苗の声で、俺は我に返った。
振り向くと、佳苗が笑顔を浮かべてこちらを見ている。
「どうした?」
「私の記録も見てくれていいんですよ?」
「えっ?」
「さっきから京子ちゃんのノートばかり見ているようでしたから」
佳苗は笑顔のままだったが、どこか意味ありげな表情だった。
その隣では、美穂が腕を組んで俺を見ている。
「やっぱりダメ男ね」
「な、何だよ、美穂!」
「お姉ちゃんのことばっかり見てるんでしょ?」
「違うって! 実験の記録を確認していただけだ!」
「じゃあ、佳苗さんが記録した数字を言ってみなさいよ!」
「そ、それは……」
「ほらね、答えられないじゃん。やっぱりダメ男だわ」
「知也さん、私の記録もちゃんと見てくださいね?」
佳苗はにこやかに微笑んでいる。
しかし、俺にはその笑顔が少し怖く感じられた。
「ちょっと、何を騒いでるのよ。ちゃんと実験に集中して!」
京子がノートから顔を上げた。
「いや、俺は何も悪くないだろ!」
「知也、研究対象はラジオだよ」
徹が苦笑しながら口を挟む。
「分かってるよ!」
俺の声が部屋に響いた。
健三だけは、なぜか満足そうに頷いていた。
「いやはや、実に賑やかでござるな」
「健三も、ちゃんと実験して!」
京子の一言で、健三は慌ててラジオの方へ戻った。
その後も、俺たちは測定を続けた。
受信状態が良好な時間。
雑音が発生した時間。
アンテナの向きやラジオの位置を変えたときの変化。
それぞれの条件を記録し、地磁気の測定値と照らし合わせていく。
「一度、受信状態が悪くなった時間帯があったね」
徹がノートを見ながら言った。
「十時四十七分から十時五十五分。場所を変えたら少し改善したけど、完全には戻らなかったわ」
京子が記録を読み上げる。
「地磁気の数値は、その時間帯に大きな変化はありませんでした」
佳苗も測定記録を確認する。
「ということは、今回の現象は地磁気とは無関係なのでござるか?」
健三が尋ねた。
「まだ分からないよ」
徹は首を横に振った。
「今日の結果だけで、関係がないと断定することもできない。逆に、雑音が発生したからといって、地磁気が原因だと考えることもできないんだ」
「結局、もっと調べないといけないってことか」
俺が言うと、徹は頷いた。
「そうだね。今回の結果は、ひとつの観測記録として残しておこう。同じ条件で何度か測定して、同じような変化が繰り返し起きるかを確かめたい」
「繰り返し同じ現象が起きれば、何か手掛かりになるかもしれないな」
「うん。それに、偶然の変化なのか、何らかの規則性があるのかも調べたいところだね」
俺はノートを見つめた。
たった一度の雑音。
それだけなら、どこにでもある普通の現象だ。
だが、もし同じ時間帯や同じ条件で繰り返し起きるなら、話は変わってくる。
「ねえ、知也」
京子が俺の隣に座った。
「今回の実験で、何か分かったと思う?」
「まだ何も分かったとは言えないな。でも、電波の受信状態を地磁気と同時に記録する方法は、続けてみる価値があると思う」
「そうね。今日みたいな変化が、また起きるかもしれないし」
「そのためにも、記録を続けよう」
俺がそう言うと、京子は笑顔で頷いた。
「うん!」
「ところで、健三さん」
美穂がラジオを見ながら言った。
「さっきのザーッていう音、何かの暗号だったりしないんですか?」
「おお! それは面白い発想でござる!」
健三が目を輝かせた。
「もしかすると、異世界からの秘密の通信かもしれぬ!」
「健三君、それは少し飛躍しすぎだよ」
徹が苦笑する。
「まずは普通の電波障害として考えよう。暗号だと判断するには、同じ信号が繰り返し確認できるなど、根拠が必要だからね」
「むむ……確かに、そうでござるな」
健三は残念そうに肩を落とした。
「でも、もし本当に異世界からの通信だったら面白いですね!」
美穂は楽しそうに笑った。
「そうだな。いつか、そんな信号を受信できたら面白いかもしれない」
俺はラジオを見つめた。
今はただの雑音。
けれど、俺たちが目指している異世界への道に、電波が何らかの形で関わっている可能性はないだろうか。
もちろん、今の段階では何の証拠もない。
それでも、ひとつずつ調べていくしかない。
「知也」
徹が俺に声をかけた。
「今日のデータは、次の実験にも使えそうだね」
「ああ。もう少し測定を続けてみよう」
「そうだね。偶然なのか、それとも何か規則性があるのか。そこを見極めたい」
俺はノートを閉じた。
電磁波、地磁気、そして電波。
一見すると、それぞれ別の現象に思える。
だが、俺たちが探している異世界への手掛かりは、こうした身近な現象の中に隠れているのかもしれない。
まだ答えは見えない。
それでも、少しずつ前に進んでいる。
俺はそう信じていた。
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