俺の友達
「どうやって調べるのよ。さすがに私の手には負えないわ」
京子は困ったように肩をすくめた。
「拙者も同意でござる。量子力学となると、専門的な知識が必要でござろう」
「えへへ〜」
佳苗は困ったように笑っていた。
笑って誤魔化す佳苗は可愛いな。
俺は芝居がかった仕草で、大げさに両手を広げてみせた。
「何を言ってるんだ。お前たちも知ってるだろ?」
「誰よ? もったいぶらないで、さっさと言いなさいよ」
「徹だよ。及川徹。俺の友人で、大学で物理学の研究をしている」
それを聞いた京子は、何かを思い出したように手のひらをポンと叩いた。
「ああ、徹さんね! 知也にしてはやるじゃない!」
「なんでお前は上からなんだよ!」
佳苗がくすくすと笑った。
「これは心強いでござる! 拙者、俄然興奮してきましたぞ!!」
「まあ、徹なら相談に乗ってくれると思う。まずは話を聞いてみよう」
「そうね。専門家の意見を聞くのが一番だと思うわ」
「私も賛成です」
「某も異存はござらぬ!」
みんなの意見は一致した。
俺は早速、スマホを取り出して徹に連絡を入れた。
量子力学や並行世界について調べたいことがあるので、相談に乗ってもらえないかと伝える。
しばらくすると、徹から返信が届いた。
土曜日なら大学にいるので、研究室に来ても構わないとのことだった。
「よし! 土曜日に大学へ行こう!」
「随分と張り切ってるわね」
「当たり前だろ。ようやく専門家に話を聞けるんだからな」
「知也さん、楽しそうですね」
「そりゃそうだよ。俺たちだけで考えていても、限界があるからな」
こうして俺たちは、土曜日に徹のいる大学を訪ねることになった。
その日は、それぞれの予定もあるので一度解散することにした。
いよいよ、本格的に異世界への道を探るための一歩が始まる。
そう思うと、自然と胸が高鳴った。
◇◇◇
土曜日。
俺たちは約束の時間に大学の正門前で集合した。
大学に来るのは久しぶりだ。俺は学生ではないので、少し場違いな気分になる。
「ここが徹さんのいる大学なんですね」
佳苗が建物を見上げながら言った。
「ああ。俺の友人がここで研究しているんだ」
「大学って、やっぱり広いわね」
京子は周囲を見回している。
「某、大学の研究室というものに興味津々でござる!」
「健三、あまりはしゃぐなよ。今日は遊びに来たわけじゃないんだからな」
「分かっておりますぞ。研究者の邪魔をするつもりはござらぬ!」
そんなやり取りをしていると、スマホにメッセージが届いた。
徹からだった。
正門まで迎えに来てくれるらしい。
しばらく待っていると、見覚えのある男がこちらへ歩いてきた。
「おーい、知也!」
「おう、徹!」
久しぶりに会ったわけではないが、大学で会うといつもと少し違って見える。
「みんな、わざわざ来てくれてありがとう」
「こちらこそ、時間を作ってくれてありがとう」
「いえいえ。知也から連絡が来たときは驚いたけどね。量子力学について相談したいなんて、いったい何があったんだ?」
「まあ、その辺りは研究室でゆっくり話そう」
「分かった。じゃあ、案内するよ」
徹に案内され、俺たちは大学の建物の中へ入っていった。
廊下ですれ違う学生たちは、それぞれの目的に向かって歩いている。掲示板には研究発表や講義に関する案内が貼られていた。
こういう場所に来ると、大学というところが学問を追究する場所なのだと改めて感じる。
俺たちは徹の後について、研究室へと向かった。
◇◇◇
「ここが僕の研究室だよ。どうぞ」
徹がドアを開けてくれた。
室内には机や椅子、パソコンが並んでいる。書棚には専門書らしき本がぎっしりと詰まっていた。
「おお! これが研究室でござるか!」
健三が目を輝かせている。
「健三、落ち着けよ」
「分かっておりますぞ! しかし、こういう場所に来ると胸が躍るのでござる!」
「ふふふ。健三さんらしいですね」
佳苗が笑った。
「適当に座って。飲み物でも用意しようか?」
「いや、気を遣わなくていいよ。今日は相談に来たんだからな」
「そうか。じゃあ、まずは話を聞かせてもらおうかな」
俺たちは徹に勧められた椅子に腰を下ろした。
そのときだった。
「皆さん、コーヒーをどうぞでござる!」
健三が足元に置いていた袋から、缶コーヒーを取り出し始めた。
「おっ、気が利くじゃないか」
「こういう時こそ、気配りが大切でござる!」
健三は嬉しそうに、一人ずつ缶コーヒーを手渡していく。
ところが、最後の一本を取り出そうとした瞬間、缶コーヒーが一本、床に転がり落ちてしまった。
「あっ!」
佳苗がすぐに拾い上げた。
「大丈夫だよ。これ、私がもらうね」
佳苗が何事もなかったように自分の分にしようとしたので、俺はその缶を取り上げた。
「こっちを飲めよ」
俺は自分の缶コーヒーを佳苗に渡し、床に落ちた缶を手に取った。
「ありがとう、知也さん」
佳苗が嬉しそうに微笑んだ。
「ところで健三。予備はあるのか?」
「ご安心くだされ! こういうこともあろうかと、余分に買ってあるでござる!」
健三は得意げに袋から予備の缶コーヒーを取り出した。
「お前、意外と用意周到なんだな」
「意外とは失礼でござる! 準備こそ成功の第一歩でござるぞ!」
「ははは。健三君は頼もしいね」
徹も楽しそうに笑った。
そんな俺たちの様子を見ていた徹が、懐かしそうに口を開いた。
「優しいのは相変わらずだね」
「べ、別に普通のことだろ」
俺は照れ隠しにそう答えると、手にしていた缶コーヒーを一気に飲み干した。
「ぷっ!」
京子が吹き出しそうになっている。
「何だよ?」
「別に。知也らしいなと思っただけよ」
「どういう意味だよ!」
「そのままの意味よ」
佳苗も口元を押さえて笑っている。
「知也さん、ありがとう。嬉しかったよ」
「だから、普通のことだって」
俺は空になった缶を机の上に置いた。
「しかし、知也は昔からそういうところがあるんだよ」
徹が俺を見ながら言った。
「昔から?」
京子が興味を持ったように身を乗り出す。
「そう。小学生の頃からね。そういえば、遠足のときにも面白いことがあったな」
「おい、徹!」
俺は慌てて徹を制止した。
「何よ? 何かあったの?」
「いや、別に大したことじゃない」
「そう言われると、余計に気になるじゃない」
京子がニヤリと笑った。
徹は楽しそうに話し始めた。
「小学生の頃、遠足に行ったときのことなんだけどね。知也が弁当を忘れたことがあったんだ」
「えっ! 遠足にお弁当を忘れる人なんて存在するの?」
京子が信じられないという顔で俺を見た。
「うるさい! 俺だって完璧じゃないんだ。仕方ないだろ?」
「知也を完璧な人間なんて思ったことないわよ!」
「同意でござる」
「えへへ〜。私がいるから大丈夫だよ」
「お前ら、酷くないか?」
俺が抗議すると、俺以外の全員が声を上げて笑った。
そんな俺を見て、徹も笑いながら口を開いた。
「まあ、あのときの知也は本当に嬉しそうに食べていたよ」
「……余計なことまで覚えてるな」
「大切な友人のことだからね」
徹は何でもないことのように言った。
あのとき、俺は本当にお腹が空いていた。
弁当を忘れたことが恥ずかしくて、みんなの前ではお腹が空いていないと強がっていた。そんな俺に、徹は何も聞かずに自分のおにぎりを分けてくれた。
あれから何年も経った。
それでも徹は、あの日のことを覚えている。
そんな徹が、ふと思い出したように続けた。
「実は遠足の話には続きがあってね」
「まだ何かあるのかよ?」
俺は嫌な予感がした。
「お昼を食べ終わった後、今度は僕がジュースをこぼして服を汚してしまったんだ」
「ああ、そんなこともあったな」
俺は当時のことを思い出した。
「お気に入りの服だったから、僕はかなり落ち込んでいたんだよ」
徹は懐かしそうに笑った。
「そのとき、知也が自分の上着を貸してくれたんだ。汚れたところが見えないように、腰に巻いておくといいってね」
「えっ! 知也がそんなことを?」
京子が意外そうに俺を見る。
「別に大したことじゃないだろ」
「僕は本当に助かったよ。あのときはありがとう」
「今さら礼なんていいよ」
俺は少し照れくさくなって、視線をそらした。
「なるほどね。二人は昔からお互いに助け合っていたのね」
佳苗が嬉しそうに微笑んだ。
「まさに友情でござるな!」
健三が感心したように頷いた。
「まあ、そういうことかな」
徹は優しく笑った。
昔から、こいつとは不思議と助け合ってきた。
あの頃から、俺たちは大切な友人同士だったんだ。
「徹さんと知也さんって、本当に仲がいいんですね」
佳苗が微笑みながら言った。
「まあ、小学校からの付き合いだからね」
「そういえば、徹さんって知也のことを大切な友人だって言ってたわよね」
京子が俺たちを見比べる。
「ああ。俺にとっても徹は大切な友人だよ」
口にしてから、少し照れくさくなった。
「おや? 知也が素直に認めてくれるとは珍しいね」
「うるさいな。たまにはいいだろ」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
研究室に来た目的を忘れてしまいそうになるほど、和やかな時間だった。
しかし、今日はただ昔話をしに来たわけではない。
俺は空になった缶を置き、改めて徹に向き直った。
「それで徹。今日は相談したいことがあるんだ」
「うん。連絡では量子力学について聞きたいと言っていたね」
「ああ。俺たちは今、並行世界や異世界について調べようとしている」
「異世界?」
徹の表情が少し変わった。
「そう。私たちが暮らしている世界とは別の世界が存在する可能性について考えているの」
京子が補足する。
「人間の目には見えないものがあるように、俺たちが認識している世界がすべてとは限らないんじゃないか。そう考えたんだ」
「なるほど。それで量子力学に興味を持ったわけか」
「そういうことだ」
徹は椅子に座り直し、俺たちの顔を順番に見た。
「面白いテーマだね。ただ、最初に一つ確認しておきたいことがある」
「何だ?」
「君たちは量子力学を使って、具体的に何を実現したいんだい?」
その質問に、俺は一瞬だけ言葉を詰まらせた。
俺が目指しているものは、最初から決まっている。
異世界に行くこと。
それは単なる好奇心でも、現実から逃げたいというだけの理由でもない。
俺は本気で、今いる世界とは違う世界を見てみたいと思っている。
「俺は……異世界に行きたいんだ」
徹の目を見て、はっきりと答えた。
「本気で?」
「ああ。本気だ」
徹はすぐには答えなかった。
やがて、少し考えるように視線を落とし、再び俺を見た。
「分かった。まずは君たちが何を知りたいのか、詳しく聞かせてくれないか」
その言葉に、俺は思わず笑みを浮かべた。
ようやく、次の一歩を踏み出せる。
もちろん、異世界への道が簡単に見つかるとは思っていない。
それでも、専門家である徹の力を借りられるのは心強い。
俺たちの異世界研究は、ここから新しい段階へ進もうとしていた。
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